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第4話:首席の特権と、黒の狂宴

入学試験で衝撃的な『測定不能(エラー)』を叩き出し、全校生徒の度肝を抜いてから三日。

王都グランベル魔導皇立学園の敷地中央に聳え立つ、重厚な石造りの本館長官室。その一角にある豪華なソファーで、マリアは優雅に紅茶のカップを傾けていた。

「——で、総長。これが『入学総合筆頭(トップ)』に与えられる権利の全て、ということでよろしいですね?」

テーブルの上に提示された一枚の羊皮紙。そこには学園長官の公印とともに、特待生として与えられる莫大な権限が並べ立てられていた。

一、学園内におけるあらゆる研究施設・禁書庫への無制限立ち入り許可。

二、専用個室および個別の予算受給権。

三、学園内における貴族階級間の身分差の強制免除(筆頭特権による不可侵権)。

長官デスクに腰掛ける学園総長・グランベル公爵は、髭を撫でながら苦笑いを浮かべた。

「ふむ。規則通りだ、マリア君。君がどれほど身分の低い侯爵家の三男(あるいは無能)と蔑まれていようと、この学園において『筆頭』の言葉は公爵位に匹敵する重みを持つ。教職員ですら君の研究や行動に口出しすることは許されん」

「感謝いたします、総長。……これで、誰にも邪魔されずに『勉強』に専念できます」

マリアは可憐に微笑んだ。伏せられた瞳の奥で、冷酷な計算が瞬時に弾き出される。

(……完璧だ。学園の不可侵権さえ手に入れれば、エレノアババアが公的に俺へ圧力をかける手段は完全に塞がれる。それに、この世界の『禁書庫』にある古代魔導書……『思創』のイメージ精度をさらに跳ね上げる知識の宝庫だ)

◆ ◆ ◆

総長室を辞し、静まり返った石造りの回廊を歩くマリア。その背後から、荒々しい足音とともに怒号が響いた。

「待ちやがれ、マリアァッ!!」

振り返ると、そこには肩を怒らせ、顔を真っ赤に腫れ上がらせた異母兄レオンの姿があった。その背後には、いかにも取り巻きといった数人の貴族生徒が連なっている。

「何でしょうか、レオン兄様。廊下で大声を出すのは、ソノリア侯爵家の品位を損ねますよ?」

「ほざくなゴミが!!」

レオンは激昂して腰の聖剣の柄に手をかけた。激しい殺意と屈辱で、その瞳は血走っている。

「き、貴様が何か卑怯な仕掛け(インチキ)をしたのは分かっているんだ! 魔力ゼロの無能が、ダイヤモンドゴーレムを粉砕などできるはずがない! 母上……エレノア様からも連絡があった。『あのような化け物、即刻処分しろ』とな!」

「あら、エレノア様が? 相変わらずお元気そうで何よりです」

マリアのどこまでも他人事のような態度が、レオンの理性の一線を完全に吹き飛ばした。

「死ねぇっ! 『聖剣技・光華一閃』!」

学園内での私闘は厳禁。しかし、長年の特権意識と屈辱に狂ったレオンは、躊躇なく聖剣を抜き放ち、眩い光の刃をマリアの首元へ向けて振り下ろした。

取り巻きの生徒たちが「ひっ」と悲鳴を上げる。S級の素質を持つレオンの一撃。並の魔導士なら一瞬で胴体が真っ二つになる威光。

だが。

「——愚かですね」

マリアは一歩も動かなかった。

ただ、右手の親指と中指を、パチンと鳴らした。

——【思創:局所空間位相変移・運動ベクトル反転】

瞬間。

レオンが放った黄金の光華が、マリアの目の前・わずか数センチの空間で『真逆』へと折れ曲がった。

「なっ——!?」

ズドンッ!!

レオン自身が解き放った絶大な斬撃のエネルギーが、そのまま全量、レオン自身の右腕と右肩へと跳ね返った。

「ぐあああああぁぁぁぁっ!??!?」

鮮血が豪快に舞い散る。右肩の骨が砕ける不吉な音とともに、聖剣が手元から吹き飛び、床にカラカラと虚しい音を立てて転がった。レオンは右腕を抱えて床に転がり、劇痛に悶絶して叫び声を上げる。

「ヒッ……!? ひ、光の斬撃が……跳ね返った……!?」

「何もしてない……手が触れてすらいないのに!?」

取り巻きの貴族たちが腰を抜かし、壁際まで後ずさった。恐怖で歯の根が合わず、ガチガチと音を立てている。

マリアはトコトコと可憐な足取りで歩み寄ると、床で血を流し苦悶するレオンの頭元で見下ろした。

「いかがですか、レオン兄様。ご自身の自慢の『聖剣』の味は?」

「ひ……ひぃっ……! 化け物……お前は……お前は一体……っ!」

マリアは優しく腰を落とし、レオンの耳元へ口を寄せた。その声は、甘く、そして地獄の底から響くように冷たかった。

「教えてあげます。俺はね、あの別館で母さんを殺されたあの日……お前たち全員を地獄へ送ると決めたんです」

「な……母上の、毒……絶絶(ぜつ)……知って……!?」

「ええ。ですが、一瞬で殺してはつまらない。お前たちが大事にしている『侯爵家の誇り』も、『地位』も、『力』も……こうして一つずつ、見苦しく奪い去ってから叩き潰す。——まずは、そのご自慢の右腕からですね」

——【思創:細胞組織壊死・概念定着】

マリアがレオンの傷口にそっと触れる。

その瞬間、レオンの右腕の神経回路と魔力経路が、治癒魔法では二度と再生できないレベルで完全破壊(定着)された。

「あ……あ……腕の……感覚が……魔力が通わない……!?」

「ふふ。これでレオン兄様は、二度と剣を握れない『無能の片腕』ですね。……僕とお揃いです」

マリアは立ち上がると、ハンカチで指先の血を丁寧に拭い取った。絶望と恐怖で白目を剥きかけるレオンを放置し、静かに取り巻きたちへと視線の向ける。

「これをご本家のエレノアババアに伝えてください。『10年前の刺客の礼は、まず長男の右腕で受け取った。次はあなたの首だ』と」

「ひいいいいぃぃぃっ!!」

取り巻きたちはレオンを引きずりながら、脱兎のごとく悲鳴を上げて逃げ去っていった。

◆ ◆ ◆

静寂を取り戻した廊下の影から、すっと黒い影が姿を現した。ヴォルクだ。

「お見事な手際です、マリア様。これでソノリア本家は本格的に狂い出しましょう」

「ああ。焦ったババアは、次によりなりふり構わない刺客を送ってくるはずだ。……学園の私設軍か、あるいは裏社会の暗殺ギルドか」

マリアは窓の外、王都の美しい街並みを見下ろした。その瞳には、すでに次の爪弾きを計算する冷徹な光が宿っている。

「来れば来るほど、奴らの手札が減り、尻尾を掴みやすくなる。……ヴォルク、裏の暗殺ギルドへの接触準備を進めてくれ。ソノリア侯爵家を根底から腐らせる『毒』を仕込む時間だ」

「御意に、我が主(ロード)」

ヴォルクが深く首を垂れる。

10年間隠し続けた牙が、ついに復讐の対象へと突き刺さり始めた。王都グランベルを舞台に、無能と蔑まれた少年の凄絶なる『王国顛覆』のシナリオが、加速しながら動き出していくのだった。


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