表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/9

十六夜の月は妖しく照らすのかな

 秋の夜長に空騒ぎは似合わない。

(実りの秋って言うけど。恋のことも含まれているのかしら)

 窓の外では、さらさら、さらさらと、夜風に揺れるススキ林が、青白い月光を浴びて銀色に波打っている。ロメーヌは昨日のことを思い返す。


 国境の大使館裏にあるビアガーデンで、中秋の名月を眺めながら賑やかにジョッキを傾けていた。ジュリヤンカが冗談へ混ぜ込むように喋る。

「綺麗な花っていうのはね、ロメーヌ。君のことなんだよ」

 眼差しが熱く感じられたロメーヌ。

(本気なのかしら。ううん、本当は、私がどう応えるかにかかっているんだよ)

 それでも、サユリが証拠を掴みたい視線を送ってくるし、ツギダヨンも案外陽気で「おお!告白か」と囃し立てる。

(大人の人間関係ってものかしら、この二人は)

 どういうわけか、シノビメとオコンも参加していた。思えば、直接に敵対していたわけじゃないし、ジュリヤンカの知り合いとして来ていた。そして、性別不明な三人の人物たちを連れてきて、オトナの会話を冗談で茶化しながら話していた。その状況で告白みたいなことを言われたわけだ。

(二人っきりならね。ここで言うかしら、普通は)

 笑ってはぐらかす。

「花は嫌だ。すぐ枯れるし」

 それでも、耳たぶは火照る気がして、髪を弄りながら隠す。サユリはツギダヨンと冗談を言い合っていた。ここで、探偵ごっこをやる雰囲気も消えつつあった。

 強がりをジュリヤンカは見透かしてもいたらしい。帰り際に、明日は十六夜の月を二人きりで見るデートを、密かに約束したのだった。


 今まで部屋の窓から漏れていた、わずかなランプの明かりがふっと消えた。月明かりだけが差し込む静かな部屋で、ジュリヤンカが静かに距離を詰めてくる。その低く、かすかに震える声音に、ロメーヌの心臓はドクンドクンと、耳の奥まで響くほどの早鐘を打ち始めた。

「愛してるよ、ロメーヌ。君を、この腕に抱きたい」

(真っ直ぐすぎるよ! こういうのって、もっと段階とか雰囲気ってものがあるでしょ)

「せっかちだね。せっかくのススキと、十六夜の月よ。風流に和歌のひとつでも詠めないのかしら」

(私もそんなに得意なわけじゃないけど。いきなり『抱きたい』なんて、直球すぎて心の準備が追いつかないし)

 もっとじっくりと、心の温度が上がっていくのを楽しみたいのだ。

(まずは落ち着こう)

 トントンと板張りを踏んで窓際へ歩み寄った。月が、こんばんわ、と挨拶したようだ。

「月だな」隣へジュリヤンカも並んだ。

「十六夜ね」

 口をついて出たのは、あまりにも当たり前すぎる言葉。頭の中は、今必死に和歌の言葉を探していた。

「穂先たち ススキは伸びる」

 ジュリヤンカが、横顔を月光に美しくきらめかせながら、真剣な表情で呟いた。

(へえっ。こんなに真面目な顔、初めて見たかも)

 思えば、これほど互いの吐息が触れ合うほどの距離に近づいたことなんて、今まで一度もなかった。

「月と愛でたや。おっと、抜けたか」

(ふふ、独り言まで言っちゃって)

 半分は、ロメーヌへ聞かせるためにわざと口に出しているのだろう。

「よし、これだ」

 ジュリヤンカは少し勿体ぶった口調で朗々とよみあげた。

「穂先たち ススキは伸びて 夜もすがら 月と愛でたや 月見団子。どうだい?」

「素敵ね。だけどちょっと、完全に字足らずじゃない。それに、ここでその結びねぇ」

 せっかく「穂先たち(起ち)」に男としての情熱を引っかけたかもしれないのに、最後の最後で『月見団子』では、あまりにも色気がない。

(でもさ。男の人って、案外こういうところが抜けていて可愛いのかもね)

「さあ、次は君の番だ」

 ジュリヤンカが、期待に満ちた瞳で、じっと見つめてくる。

(あ、そうだった。一応、私も考えてはみたけど)

 返歌なんていう器用な真似はできない。思い浮かんだ秋の風景をそのまま口にした。

「くりひろい」

(うわっ。そんなに覗き込んで見ないで)

「面白いな。君こそ食い気じゃないか」

 ジュリヤンカが顔を近づけて、悪戯っぽく覗き込んでくる。彼の髪から漂うシトラスの香りと体温が間近に迫り、鼓動がさらに跳ね上がる。ちょっと、ぶっきらぼうに言う。

「違うっつーの。ちゃんと繋げるから」

(もう、月を見てよもうっと)

 恥ずかしさを誤魔化すように、月を見上げたまま一気に詠みあげた。

「くり拾い ともに供えし 花ススキ 月影風に 揺れてもさやか。どうよ」

「うん、よくできました」

 笑い合ううちに、二人の距離が完全にゼロになったのは確かだった。

 ジュリヤンカが、愛おしそうにロメーヌの髪を大きな手で撫でてきた。掌のじんわりとした温かさが頭頂部から全身に染み渡る。

(すごく柔らかい。男の人の手って、こんなにも優しく、大切そうに触れてくれるものなのね)

 彼の方に顔を向け、微かに上気した息を漏らした。

「あれ、だね。良い、よね」

(あぁ、もう、私ったら。何を言っているのよ)

 頭が真っ白になって、言葉がうまく紡げない。この時、生まれて初めて、目の前の人を猛烈に「男」として意識していた。

「月が、雲に隠れるかな」

 ジュリヤンカが呟く。空をゆらゆらと流れる薄雲。煌々と輝いていた十六夜の月は覆われておぼろにかすんでいった。

「月はね、俺たちのことを見て、恥ずかしがっているんだよ」

 いくぶんか暗さを増した部屋。カーテンが風に揺れて左腕を撫でた。

「もっと、君の顔を見せて」

 彼の優しく柔かい指に促されるまま、彼女の顎がそっと上を向く。


 やがて、雲の切れ間から、再び眩いばかりの月明かりが部屋に射し込んできた。四畳一間の小さな部屋には、あらかじめ真っ白で清潔な寝具が設えられている。恋人たちが夜を過ごすための、そういう特別な施設なのだ。

(男も、こんなに柔らかく触れるんだ)

 恋というものは、ただ相手に会いたいと願い、触れたいと望み、そして、いつしか境界線をなくして、ひとつに溶け合いたいと願うもの。

(良いよね。私は、ジュリーを信じる)

 彼の胸に顔を埋めると、ドクドクと力強く脈打つ鼓動が直接肌に伝わってきた。相手へすべてを委ねたいという情愛が胸に満ち、身体を強張らせていた最後の緊張が、嘘のように消えていく。身体の緊張も取り払われると、ロメーヌの理性と布団が吹っ飛んだ。


―― 終わり ――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ