第6話 アスガルド Asgrad 回顧録 最強魔道士の証明と失踪
ディグバンカー最下層。低レベルの時にトラウマを植え付けられ、中レベルぐらいで「ホワイトエンジェル」を手に入れたあの狂乱の洞窟に、僕はxマジックxリンxと共に立っていた。
相変わらず入り組んだ地形の最下層には、今日もハイランダーを狩ろうとするパーティーがひしめき合っている。壁の「くぼみ」を利用し、前衛が命懸けでドラゴンを誘導して後衛が遠距離から安全に魔法を撃ち込む、あの定石の光景だ。
xマジックxリンxは、そこで狩りをしていた一つのパーティーに近づき、チャットを打った。
「次にハイランダーが湧いたら、俺にソロで狩らせてもらえないか?」
いきなりの提案に、パーティーの面々は一瞬きょとんとして動きを止めた。無理もない。「魔道士のソロでハイランダーを狩る」などというプレイングは、常識的に考えてあり得ないからだ。しかし、彼らは少し悩んだ末に「できるならやってみなよ」と快く順番を譲ってくれた。
「ちょっと後ろをついてきて見てな。俺がソロで狩るから」
xマジックxリンxの言葉に、僕は半信半疑のまま彼の背後へと回った。
やがて、マップの奥底に真っ赤な巨竜——ハイランダーが姿を現した。
通常ならば、ここで前衛がタゲ(ヘイト)を取り、死に物狂いでくぼみへと誘導する。だが、xマジックxリンxはその場から動かず、平地のど真ん中からいきなり上級魔法の詠唱を始めた。
「なっ……」
僕は画面の前で息を呑んだ。
上級魔法が放たれ、着弾と同時に詠唱キャンセル。間髪入れずに二発目の上級魔法が炸裂する。怒り狂ったハイランダーが、恐ろしい巨体でxマジックxリンxへと迫る。
魔術師の紙装甲では、あのぶっとい槍の通常攻撃を何発も耐えることはできない。万が一クリティカルヒットが出れば、一撃で即死する。
槍が振り下ろされる直前。xマジックxリンxのアバターが、滑るように後ろへと下がった。ギリギリで空を切る槍の穂先。彼はそのまま足の速さを生かして距離を取り、立ち止まった瞬間に再び上級魔法を詠唱キャンセルで叩き込む。
「……よくやるな」
僕は呆然とつぶやいた。
一度でも上級魔法の詠唱キャンセルをミスして足が止まれば、即座に槍の餌食になる。時折ハイランダーが放ってくる魔法攻撃は、魔法防御力の高い魔術師ならそこまでの威力ではないが、問題は物理攻撃である「槍の即死リスク」だ。
一歩間違えれば即座に終わる、完全な自己責任のヒヤヒヤする綱渡り。
見ているこちらの寿命が縮むような極限のヒット&アウェイを繰り返し、やがて彼は時折マップの角に敵を引っかけながら距離をコントロールし、遂にノーダメージでハイランダーを撃破してみせた。
「おめでとう」
僕がチャットを打つと、場所を譲ってくれたパーティーの人たちからも「すごいね!」という称賛の嵐が湧き起こった。
そして驚くべきことに、xマジックxリンxはハイランダーが落とした貴重なドロップアイテムを一切拾わず、「場所を譲ってくれたお礼だから」と快くパーティーへプレゼントしてしまったのだ。
圧倒的なプレイスキルと、余裕のある強者の美学。
(……かっこいいな。自分もいつか、こんな風に一回やってみたいな)
モニターの前で、僕は自身の挑戦欲が静かに、しかし熱く燃え上がり始めるのを感じていた。
そんな強烈なドラゴン狩りの見学イベントを挟みつつも、普段の僕の日常は変わらず、サラセンの森で彼と一緒にスレシャーパンプキンを狩る日々だった。
ある日、絶え間なく湧き続ける敵を処理する合間に、xマジックxリンxがいきなり口を開いた。
「今までいろんな魔術師と組んで狩りをしてきたけど、君がこのサーバーのナンバー2だ」
唐突な評価に、僕はキーボードの上で指を止めた。
「狩りも快適だし、ミスも少ない。素晴らしいよ」
彼は続けた。
「もし僕がいなくなっても、君なら僕の後継者になれるよ」
正直、胸がすいた。
僕はアスガルドのサービスが始まってから、一ヶ月近くも遅れてこのサーバーにやってきた。それなのに、セトア鯖のトップランカーの一人と言って過言ではない彼から「ナンバー2になれる」と認められたのだ。純粋に、とても嬉しかった。
しかし、その言葉の意味を本当に理解したのは、もう少し後のことだった。
その数日後から、ある日急にxマジックxリンxはログインしなくなった。
最初の何日かは「たまたまリアルの都合が合わないのだろう」と思っていた。「もし僕がいなくなっても」という数日前の不吉な言葉を思い出しながらも、「もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれない」という期待もあった。
だが、何日待っても彼の名前がフレンドリストで光ることはなかった。
その時になって初めて、僕はあの言葉が彼なりの引退の挨拶だったのだと悟った。彼が何の前触れもなく急に引退してしまったことを、僕は静かに受け入れた。
思えば、僕はセトア鯖へリアルの仲間たちとやってきたわけではなかったし、何か特定のギルドに強い未練があるわけでもなかった。ちょうどその頃、メインでやっていた別の対戦ゲームでランカー級に差し掛かっており、ゲームに割ける時間も限られ始めていた。
xマジックxリンxという強大な存在がいなくなった今、ダラダラとレベル上げだけを続ける理由はない。
「そうだ……やってやろう」
僕は決意した。
彼がディグバンカーの最下層で見せてくれた、あのハイランダーのソロ狩り。
そして、そのハイランダーすら凌駕するさらに上位の存在、『デスペラードワード』のソロ狩り。それをたった一人で達成して、僕もこのセトアサーバーを引退しよう。
魔術師のソロによるドラゴン討伐という、誰もが無謀だと笑うであろう悲願。己に後継者の称号を授けた最強の魔法使いの背中を超えるため、僕はその完全単独でのドラゴン狩りの準備を静かに開始したのだった。




