第26話 飢えた玉座と、紅き契約の杯
魔王城。
それは大陸の中央にそびえ立つ、
黒曜石で造られた難攻不落の要塞だ。
だが、俺たちにとっては
ただの「少し大きい散歩コース」でしかなかった。
「止まれ! 貴様ら人間か!」
「なぜここまで……侵入者だ!」
立ち塞がる近衛兵たちの槍は、
俺が視線を向けた瞬間に『収納』され、
ただの棒切れへと変わる。
呆然とする彼らの間を、
ワインレッドと漆黒のペアルックコートが
風のように駆け抜けた。
「どいてくださーい!」
ミクが邪魔な城門を素手で殴り飛ばす。
蝶番ごと吹き飛んだ分厚い鉄の扉が、
轟音を立てて廊下を転がっていった。
罠も、魔法障壁も、精鋭の兵士も。
俺のシステムハックとミクの暴力の前では、
ティッシュペーパーと同義だ。
数分後。
俺たちはあっさりと、
最上階にある「玉座の間」へと到達していた。
「……何者だ、貴様ら」
玉座に座っていたのは、
禍々しい漆黒の重鎧に身を包んだ巨漢だった。
兜の奥から、赤い双眸がこちらを睨みつけている。
魔王だ。
「食事の邪魔をされたクレームを言いに来た」
俺はスタスタと玉座に歩み寄る。
「我の城を土足で踏み荒らし、
戯言を抜かすか、下等な人間め……!」
魔王が立ち上がり、巨大な大剣を振り上げた。
だが、その動きはひどく鈍かった。
威圧感はあるが、中身が伴っていない。
「遅いですね」
俺より先に動いたミクが、
軽く跳躍して魔王の胸当てに掌底を打ち込む。
殺意のない、ただの「ノック」。
だが、ビキィッ!と亀裂が走り、
魔王の重鎧が粉々に砕け散った。
「きゃあっ……!?」
中から現れたのは、
屈強な怪物などではなかった。
床に崩れ落ちたのは、
透けるように白い肌と銀糸の髪を持つ、
ひどく痩せ細った吸血鬼の少女だった。
「……おい。なんだこのガリガリは」
俺は眉をひそめた。
ミクも目を丸くしている。
「ええっ? 魔王って女の子だったんですか?
しかも、すっごくお腹空いてそう……」
少女は震える手で身を隠すように抱きしめ、
俺たちを睨み上げた。
「……殺すがいいわ、人間。
今の私には、抗う力など残っていない」
「話が見えないな。説明しろ」
俺が冷たく見下ろすと、
彼女は自嘲気味に笑い、ぽつぽつと語り始めた。
彼女は先代の魔王の娘であり、
正統な吸血鬼の女王だった。
かつては人間の商人から、
金貨や貴重な物資と引き換えに
「殺さない程度の血」を買い取って生きていたらしい。
だが、王位を継いだ彼女は、
人間との無用な諍いを避けるため、
「人間の血を吸うこと」を自ら禁じた。
「長年の断食で、私の力は底を尽きたわ……」
彼女が悔しげに唇を噛む。
「私が弱体化したせいで、
力で押さえつけていた一部の好戦的な魔族が
暴走を始めてしまった」
「そして、それを口実に聖王国が
『勇者』を使って侵略戦争を仕掛けてきた。
……もう、私にはどちらも止める力がないのよ」
なるほど。
事情は完全に理解した。
ただの「不器用な平和主義者」の末路だ。
立派な心がけだが、
力が伴わなければ誰もついてこない。
「アツシさん、この子可哀想ですね」
ミクがしゃがみ込み、
女王の頭を撫でようとする。
「気安く触るな!
私を哀れむつもりか!」
「いや、哀れんじゃいない」
俺はコートの袖をまくり、
自分の腕を蟷螂族の鉈で軽く傷つけた。
赤い血がツーッと滴り落ちる。
途端に、女王の喉がゴクリと鳴った。
本能が血を求めている。
「飲め」
俺は血の滲む腕を、女王の口元に突き出した。
「なっ……人間の血など、私は……!」
「いいから飲め。これは命令だ」
俺は女王の顎を掴み、
半ば強引に自らの血を飲ませた。
「んっ……!?
こ、これは……なんて濃厚な魔力……!
それに、この甘さは……!」
一度味わってしまえば、
飢餓状態の吸血鬼が抗えるはずもない。
女王は俺の腕にしがみつき、
夢中で血を貪り始めた。
「アツシさん! 貧血になりますよ!」
「問題ない」
俺の『自動回復』スキルが発動し、
失われた血液は瞬時に生成・補充されていく。
無限の血液タンクだ。
数分後。
満足したように口を離した女王の姿は、
劇的に変化していた。
痩せ細っていた体は健康的な肉付きを取り戻し、
圧倒的な魔力のオーラが
玉座の間を満たしている。
これぞ、真の魔王の威圧感だ。
「……どうして、血をくれたの?」
力を取り戻した女王が、
戸惑ったように俺を見上げる。
俺の腕の傷は、すでに跡形もなく消えていた。
「取引だ」
俺は漆黒のコートを翻し、
玉座に背を向けた。
「人間が憎くて戦争をしているなら、
ここでお前を殺していた」
「だが、お前が戦争を終わらせたいなら、
力を貸してやる。
その力で、暴走している魔族をまとめ上げろ。
言うことを聞かない奴は殺してでも止めろ」
「そして、聖王国のバカ共は……俺が黙らせる」
女王は目を見開き、
そして、深く、深く頭を下げた。
「……承知したわ。
理不尽なる強者よ。
魔族の王として、我が同胞は必ず鎮圧してみせる」
「頼んだぞ。
終わったら、また美味い魚を食わせろ」
俺たちは玉座の間を後にした。
「さあ、ミク。
忙しくなるぞ」
「はいっ!
次はバカな勇者さんたちのお掃除ですね!」
魔王城から飛び降り、
俺たちは待たせていたスレイプニルに跨った。
目指すは、再びの聖王国。
くだらない戦争ごっこに、
極上の理不尽で終止符を打ってやる。




