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『ただの収納スキルですが、時間は止まるし、生物もしまえます。――さて、邪魔者はどこですか?』  作者: だい


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第20話 八本足の駿馬と、リンゴで落ちた人妻

聖王国での「大掃除」を終え、

俺たちはさらに西へと進んでいた。


次の目的地は、

山岳地帯にある宿場町「ハイランド」。


移動手段は馬車だ。

だが、遅い。


ガタゴトと揺られること数日。

俺のストレスは限界に達していた。


「……効率が悪い」


俺は呟く。


「時速10キロも出てないぞ。

これじゃあ、隣国に着くまで

何日かかるかわからない」


「アツシさん、

お馬さん疲れてますよ」


ミクが窓から顔を出す。

確かに馬は泡を吹いている。


この世界の馬車馬は、

地球の馬よりスタミナがないらしい。


俺は決断した。


「乗り物を変えるぞ」


ハイランドに到着した俺たちは、

すぐに冒険者ギルドへ向かった。


「馬より速い移動手段?

ねえよ、そんなもん」


ギルドの親父が鼻で笑う。


「あるとすれば魔物だ。

『スレイプニル』って知ってるか?」


「スレイプニル?」


「ああ。八本足の馬だ。

山岳地帯に生息する幻獣でな。

風のように走り、

断崖絶壁も駆け上がる」


「だが、気性が荒い。

人間になんか絶対懐かねえよ。

近づけば蹴り殺されて終わりだ」


「……へぇ」


俺の目が怪しく光った。


人間に懐かない?

絶対無理?


それはゲーマーにとって、

「攻略フラグ」以外の何物でもない。


「場所は?」


「西の渓谷だが……

おい、まさか行く気か!?」


「観光だ」


俺たちは地図だけ買って、

街を出た。


西の渓谷。

険しい岩場が続く難所だ。


「いました! アツシさん!」


ミクが指差す。


岩山の上に、

二頭のシルエットがあった。


通常の馬より二回りは大きい。

筋肉質の巨体。

そして、異様な数の脚。


八本足の駿馬、スレイプニルだ。

雄と雌のつがいらしい。


「……美しいな」


俺は感嘆した。

あれなら、

時速100キロ巡航も夢じゃない。


「ミク、俺はあのデカい雄をやる。

お前は雌を抑えてろ」


「了解です!

殺しちゃダメですよね?」


「当たり前だ。

俺たちの愛車バイクにするんだ」


俺は前に出た。


ヒヒィィィンッ!!


雄のスレイプニルが嘶く。

殺気。

八本の脚が地面を掻く。


速い。

瞬きする間に目の前に迫る。


だが。


「……システム、起動」


俺は冷静に地面を見た。


『対象:前足の着地点の土壌(1立方メートル)』

『実行:収納』


ガクッ。


突進してきた雄の脚が、

突如出現した「落とし穴」にハマる。


「ヒヒンッ!?」


体勢を崩した巨体。

俺はその隙に、

背中へと飛び乗った。


ここからが地獄だった。


スレイプニルは暴れ狂う。

ロデオなんて生易しいものじゃない。

断崖絶壁を走り回り、

岩に背中を叩きつけようとする。


「落ちてたまるか……!」


俺は『身体強化』と

『自動回復』をフル稼働させる。


振り落とされそうになれば、

「収納」で手綱を固定する。

スタミナが切れれば、

収納内の水と食料を摂る。


これは「耐久イベント」だ。

相手のスタミナが尽きるか、

俺の心が折れるか。


「俺は……諦めが悪いんだよ!」


丸一日。

二日。

三日。


不眠不休のロデオ。

俺は泥だらけになりながら、

しがみつき続けた。


そして、三日目の朝。


「……ブルルッ」


雄のスレイプニルが、

ついに膝を折った。

荒い息を吐き、

抵抗の意思を失っている。


「……勝った」


俺は勝利を確信した。


「俺の勝ちだ。

今日からお前の名前は『黒王号』だ。

いいな?」


スレイプニルは

観念したように鼻を鳴らし、

俺の頬を舐めた。


屈服させた。

魔物を、力と根性でねじ伏せたのだ。

これぞ男のロマン。


「ふぅ……ミク、終わったぞ」


俺は全身バキバキの体で、

ミクの方を振り返った。


彼女も苦戦しているはずだ。

雌の方が気性が荒いと言うし、

怪我をしてなければいいが……。


「あ、アツシさん!

遅いですよー!」


「……は?」


俺は目を疑った。


そこには、

雌のスレイプニル(白馬)の背中で、

優雅にリンゴを齧るミクの姿があった。


スレイプニルは、

ミクに撫でられて

気持ちよさそうに目を細めている。

まるで飼い猫だ。


「……お前、いつから乗ってた?」


「えっと、初日の昼過ぎには」


「はぁ!?」


「だってお腹空いてそうでしたし」


ミクは笑う。


「『収納』からリンゴ出してあげたら、

すっごく喜んで食べてくれて」


「そのあと背中貸してくれて、

一緒にポカポカお昼寝してました」


「こいつ……魔物だぞ?」


「女の子ですから!

スイーツと恋バナには弱いんです!」


ミクは雌馬の首を抱きしめる。


「この子、人妻なんですって!

旦那さんが暴れん坊で大変ねーって、

意気投合しちゃいました!」


「人妻……だと……」


俺の三日間の死闘は?

男のプライドをかけたロデオは?


リンゴ一個と女子会で解決?


「……解せぬ」


俺はガックリと項垂れた。


黒王号が、

慰めるように俺の肩に顎を乗せる。

『ドンマイ』と言われた気がした。


「さあ、行きましょうアツシさん!

この子たち、速いですよー!」


「……ああ、そうだな」


俺たちはスレイプニルに跨り、

街道を走り出した。


風を切る速度。

景色が飛ぶように流れる。

乗り心地は最高級セダンのように滑らかだ。


「わーい! 速い速い!」


先行するミクと白馬。

その後ろ姿を見ながら、

俺は溜息をついた。


システムハックも、

根性論も。


この「天然タラシ」の前では、

形無しだ。


まあいい。

これで移動手段は確保した。


俺たちの旅は、

ここからさらに加速する。


主に、トラブルへの突入速度が。

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