第40話
「ぜはー、ぜはー……!」
「大丈夫かヴァンニャ?」
「だ、大丈夫じゃ……!」
内部になんとか到着はできたが、ヴァンニャはそれはもう全力疾走した後のような声を上げていた。
全身で呼吸をしているようで、俺の背中でかなり揺れている。
一度ヴァンニャを背中からおろす。かなり彼女が熱を持っていたからだ。
それでも、アサシンの効果がきれないように彼女の肩には触れたままだ。
「ありがとな、ヴァンニャ」
「う、うぬ……」
「とりあえず、呼吸整うまで休んでいてくれ」
ヴァンニャはぺたりと座り込み、俺も彼女に合わせて腰を下ろす。
「私の栄養ドリンクあげるわよ?」
スフィーが顔だけを作り、ヴァンニャの方を見た。
ヴァンニャはべーっと舌を出す。
「嫌じゃ、口から出すんじゃろうが」
「味はいいわよ? 口移しであげてもいいわよ?」
「嫌に決まっておろう! ほれ、しっしっじゃ!」
ヴァンニャが払うように手を振る。
スフィーは残念そうな声を上げてから、俺の方を見てきた。
「それなら、クレストはどうかしら?」
「俺も別に喉は乾いてないから大丈夫だ」
スフィーから顔をそらしながら、村内を見回す。
村の構造自体は、特筆すべきものはない。
外壁に守られてこそいるが、内部は普通の村だ。
ただ、村自体の質はかなりのものだ。
ゴブリン、ワーウルフ、スライムの村を見てきた俺としては、
「立派な村だな」
「ええ、そうね」
その感想に尽きる。スフィーも同意し、周囲を見てく。
外壁はもちろん、家々もすべてしっかりと作られている。
夜ということもあり、出歩いているオーガたちの数は少ない。
ただ、村内には魔道具の明かりが設置されているため、夜であっても視覚的に困るということはない。
おかげで、俺たちも移動しやすいのは助かるが。
「すべて、ドリアードに作らせているからじゃよ。彼女らは木々の扱いに長けておるからの」
確かにヴァンニャの言う通りだな。
しばらく休んだ後、ヴァンニャの体力が回復したので、俺たちは立ち上がった。
ちょうど、その時だった。
感知術を発動していた俺はいち早くオーガの反応に気付いた。
こちらへ一体のオーガが近づいてきている。
ちらと見ると、顔を赤くしたオーガがふらふらとした動きでこちらへと近づいてきていた。
「……っ」
ヴァンニャの体はかなり震えていた。
捕まっていたときのことを思いだしてしまったのだろう。
「大丈夫だ、安心しろ。まったく気づかれてないから」
彼女の両肩を掴むようにして、そう声をかける。はっきりと聞こえるように少し耳元に顔を近づけながら。
そうすると、ヴァンニャはゆっくりとだが首を縦に動かす。
オーガは家の陰へと向かうと、そのまま小便を始めた。
「ふひー」
気持ちよさそうな声を上げていた彼は、俺たちに気付くことなく再び歩いてどこかへと消えていった。
「ヴァンニャ、奴隷の亜人たちがいる場所はどこだ?」
「……あ、あっちじゃ」
オーガの姿が見えなくなる頃には、ヴァンニャの様子も少しは戻っていた。
ヴァンニャに案内されるままに歩くと、大きな家の前へとついた。
「ここにみんながいるのか?」
「そうじゃ。三つの部屋があってまとめて入れられているんじゃよ」
「一か所に集めるなんて、オーガたちも随分と余裕なんだな」
「奴隷の首輪があるし、この入口にある扉もオーガたちしか開けられないんじゃ」
ヴァンニャが指さした玄関の扉は、かんぬきなどの簡素なものではないようだ。
鍵術で問題なく開けられるようだが、恐らく魔力式の鍵だ。
「でも、ヴァンニャは逃げられたんだろ?」
「その時はまだ奴隷の首輪をつけられてはいなかったからの。製作中に、うまく逃げて来たんじゃよ」
「……なるほどな」
俺は周囲を眺めたが、特に見張りなども置かれていない。
近くにオーガの反応もない。
これなら、いくらでも内部に侵入できるな。
「見張りは誰もいないのか?」
「みたい……じゃな」
「奴隷の首輪を作ったことで、見張りの必要がないと判断したのかもな。とりあえず、扉を開けて中に入ろう」
「そう、じゃな」
ヴァンニャはきょろきょろと周囲を見回している。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ねえ、クレスト?」
スフィーの問いかけに、俺は頷いて返す。
「そうだな。感知術には反応してないからな。何かあったらすぐ教えるよ」
「う、うむ」
俺の感知術には、建物の中内にいくつもの反応があった。
全部で三種族の魔力が感じられる。一つはヴァンニャに似た反応なので、恐らくヴァンパイア種のものなんだろう。
俺は、ゆっくりと扉を開き、中へと踏み込んだ。