王子様は答えを得た。
お久しぶりです。
ごきげんよう。ぼちゃりめボディが魅力的、フランカ・ツヴィッグナーグルです。アーレンス学院に入ってからシスコンの弟に振り回され、儚げ美少女とお友達になり、生意気令嬢をあれこれとやりこめ、王子様も現れて。紆余曲折ありまして、元意地悪な感じのテオドーラ嬢と現れた王子様なクレオ―ンを連れまわしつつ、本日も元気に野生生活を満喫しております。めざせ、私の実家、すてき筋肉パラダイス!
森の朝は白靄が立ち込めています。
無性に寒い。
ぶるりと体を震わせ、意識が急激に現実に戻ってきたのを自覚します。
ああ、せっかくいい夢を見ていたのに。
長い鉄棒を肉の塊に刺し、回転させながらじっくりと焼き上げて。細長い包丁で肉を削ぎ落としていくなんて、美味しいに決まってるよ!
よし、今度試してみよう。
前向きな決意を固めたところでゆっくりと目を開けました。
目に入るのは、さらさらの銀髪に、ガラス細工のように完璧でもろそうな美貌です。けれども男。
おおぅ。
睫毛を数えられそうなぐらいの至近距離にびっくりだよ。しかも、気持ち良さそうに寝てますね!
今度は逆方向に寝返りを打ちました。
すると、目にも鮮やかな赤毛が。すうすうと可愛らしい寝息を立てています。こちらも額がくっつきそうなぐらいに近いです。
あれ、今、火の番をしているのはあなただったはずなのに、なんで私の横でグースカ寝てるのさ、テオよ。
結果的に私は外面美男美女に挟まれたサンドイッチの具となっていました。なんでさ。
私が無言で起き上がったところ、王子さまがもそもそと起き上がって、おはよう、と言いました。
今日も素敵な目覚めだったよ、誰か早くお茶を持っておいで。……そんな感じの顔でした。
「ギルシュのテントでは裸で寝る方が暖かいんだってね。パルノフが言っていたよ」
へえ、あの先生、寝る時は裸族なのね。いやどうでもいいんだけどさ。
「ときめいた?」
「私のこの顔、どう見えてます?」
「全然そう見えないね」
そういうことです。
「あら、もう朝なの……? モニカ、早く顔を洗ってちょうだい……?」
「あなたのモニカは今頃惰眠を貪っているよ。ワガママなご主人様がいないから」
「そ、そんなことはないわっ!」
寝ぼけ眼だった目がくわっと見開かれました。おはよう、テオドーラさん。
「フランカ・ツヴィックナーグル……」
現実を受け入れたお嬢様は諦めたように呟きます。私も応えて、ひらひらー、と手を振って見せました。
「おはよう、テオ嬢。今日はますます野生的だね」
朝からさわやかな王子様が輝く笑顔でした。
テオドーラはさっと顔を赤らめて、鳥の巣になったような髪を押さえます。
そそくさと近くの水場に走っていきました。
なお、テオドーラは王子様への恥じらいを見せたわけではありません。
わたくし、なんてみっともない頭! と思って慌てているだけです。
「ふう」
どうにかこうにか不器用に髪をまとめてきたテオドーラが戻ってくると、三人で昨日の果物の残りを食べました。
「さて、そろそろ行きましょう!」
「……どこに?」
「昨夜にも言いませんでしたか? 明日出発だって」
尋ねてきたテオドーラの顔が強張りました。
「本気だったの?」
「もちろん。合宿は帰るまでが合宿です。したがって、帰り道も自分たちで確保。迎えなんて、用意してません!」
「バカじゃないのっ!」
お嬢様はわめきました。
「早く行くわよっ! さあ、つれていきなさい!」
……そうしてまた一つたくましくなっていきました。
怒りのパワーを原動力に変えてタンガンダの森を進むこと、一週間。
「み、道に出たわ……。人! 私たち以外の人がいる! うわああああんっ!」
遠くの道に荷車を引いた人影を見つけたテオドーラは、滂沱の涙を流しました。
「来た。見た。勝った……」
さらにはどこぞにありそうな名言を言う王子様は膝をついています。
とにかく二人して感動に浸っているのである事実は言わないようにしました。
……本当は、二日もあればこの森を抜けられるんだよね、と。
ツヴィックナーグルの屋敷は二人の見つけた道のさらに奥にあります。領内で一番の町を通り過ぎたさらに奥。小高い丘の上に広大な敷地面積を誇りながら、質実剛健を地でいく無骨な姿の屋敷がそれ。よく見れば、いろんな訓練や戦いでついた傷もあります。
屋敷の周囲には、広い訓練場があります。私の愛してやまないツヴィックナーグル騎士団が本拠地を構えているところ。なつかしの我がパラダイス。
ここまで来ると、うきうきどきどきしてしまって、私は他の二人を置いてきぼりに走り出しました。
「たーだーいーまぁー!」
訓練中の人影たちにひたすらに手を振りました。
彼らはこちらを見極めていたようですが、すぐにこちらにやってきます。
筋肉もりもりの騎士たちです。
「お嬢! お嬢じゃないっすかぁ!」
「そう! みんな元気だった!? 相変わらずいい筋肉を維持しているようでなにより!」
「お嬢こそ相変わらずっすね! 都にいい男はいなかったんすかぁ?」
「都には私より強い男はそうそういないもの! やっぱりみんなが一番だと実感したわ!」
そうこうしていると背後から二人も追いついてきまして、彼らに簡単な事情を伝えます。すぐさま客人として屋敷に通してもらえることになりました。
客間に入ったところに、おじい様とおばあ様がいました。おじい様、身体全体で喜びもあらわに私の身体を脇から持ち上げ、くるくる回します。長年鍛え上げられてきたおじいさまの素晴らしい筋肉は今日の絶好調でした。
「よく帰ってきたぞ、うちの孫! 肉食ってるかぁ!」
「食ってるよ! クマにイノシシに、鹿が食べ放題だったもの!」
「そうかそうか!」
おじい様はくるくる回したからだをそっと下ろします。それを見せつけられたテオドーラは泣きそうな顔になっていました。そりゃ、おじいさまは強面だものね。
「それでどうしたの? 本当は帰ってくるつもりもなかったのに、呼び出されたから何か理由があるの?」
「あるぞ。つい昨日までジャヌが来ていたのだが、そこで面白い話を聞いたものでな。夜の間に伝言してもらえるよう言っておいた」
おじいさまの眼が、私を通り過ぎ、うしろで引き気味になっている王子様に注がれます。おじいさまは彼に跪きました。
「クレオ―ン王子殿下。大きくなられたようで何よりでございます」
「知っているのか、僕を」
「もちろん。母君になるレガーナ・ターク王妃とは、生前に交流がありましてな。ごく駆け出しの頃の女優時代から彼女の援助をしてきましたから、よき相談相手だったのですよ」
おじいさまは胸元からレガーナ・タークのブロマイドを出し、王子様に見せます。彼も自分の母親を見るのははじめてだったのでしょうか、ガラス細工の美貌を歪ませていました。
「似ているね、僕に」
「ええ、よく似ておられます。とても魅力的に笑う方でした。女優としても稀有な才能を持っていました。わたくしたち、夫婦ともに彼女のファンでしたの。我が家のもう一人の娘のように思っておりましたのよ」
おばあさまが穏やかに口を挟みます。
「国王陛下にひそかに見初められて、とても迷った様子でしたが国王の求愛を受け入れた後は、幸せそうでした。息子夫婦もちょうど子どもを身籠った頃で……フランカと同い年の子どもができるかもしれないと楽しそうに……。あんな形で亡くなってしまったのは、今でも悔やまれることですが」
「国王陛下も子どもが生まれることが楽しみで仕方がないように見えたなあ……。一番目の王妃と違って、自分で選んだ女性との子だからそれはもうかわいかったのだろう」
おじいさまがしみじみ言いました。
が。私が初耳の話が多いんですけど!? 後生大事にブロマイド持っていたのはそういうこと!? めちゃくちゃコアなファンだったのね、夫婦そろって!
「陛下は、今でも案じておられる。あなたさまが健やかに暮らされることを」
「ええ、表面上はそう見えないとしても今もきっとそう。殿下は愛されて生まれてきたのですから」
私は王子様の顔をじっと観察しました。せずにはいられなかったのです。
戸惑った顔。疑った顔。そして……安堵の顔。
孤独で生き方もわからなかった王子様の人間らしい表情がそこにありました。だから私は自分の任務を達成できた気がして、この旅を終えることに決めました。
さあ帰ろう。アーレンス学院へ。大空にはばたく前に寄る一時だけの巣へ。




