王子様に夢はない。
夕食は塩をさっと一振りしてから火を通した熊肉の串焼きに、王子様がとってきた果物という素朴なお食事。
洞穴の前で焚火をする。その周りに私、王子様、テオドーラの三人が座る。
テオドーラは嫌々ながらも串焼きを口にして、
「……まずい」
王都のグルメな料理に慣れた舌なら言わずもがなのことをおっしゃる。
さて、もう一人はというと。
「いや。これはこれでなかなか……」
「本当に何でも食べるんですねぇ」
「消化できるなら特に食にこだわりはないよ」
「へえ。芋虫も?」
「問題ない」
へえ、と思っていれば、テオドーラが今にも吐きそうな顔でこちらを見てきた。
「どうしたのさ。あ、テオも食べたい? ちょっと待ってて今探してくるよ?」
「要りません!」
「まあ、冗談なんだけどさ」
「冗談に聞こえません!」
怒りのために顔を赤らめるテオドーラ。
「あなたたちは一体何なの! 常識外れよ! どこの世界に平気な顔してサバイバルする貴族がいるのよ!」
「いやあ、世の中には色んな貴族がいるからー」
とどのつまり、そういうことなのだ。
「確かにね。僕の知るある貴族は、少年を裸にしていじくりまわしておきながら、食事の一つも与えない変態だったしね」
あぁ、そう……。
からりとした口調の中に王子様の狂気を見た。引きずり出したらやばいやつだ、これ。
「爵位はあってもお金がない貴族もいるよね」
私は話題を変えました。
「戦功を立てたら貴族に取り立てられることもあるし、逆に後継がいなくて潰れる家もあるわけ。家の浮沈は政治の世界ではしばしば起こるわけだから、何があっても生き延びられるように、うちでは色々仕込まれてる。サバイバルもその一環だよ」
すると王子様が反応する。
「領地が国境に接しているからだね。攻め込んだ敵が真っ先に狙うのは領地の頭、つまりは領主。だが、領主の子女は有効な人質にもなりえるわけだ」
「そうですよ。だから自衛手段や逃走手段には誰よりも精通していなければならないわけです」
「じゃあ、もしも捕らえられたら?」
「逃げられそうなら自力で逃げます。向こうが情報を得ようと拷問してきそうだったら、その場で一番偉いやつを殺して、自決でしょうか? やりたくないですけど」
自分一人で死ぬ羽目になるの癪だから、じゃあ巻き込んでやろう、というろくでもない最終作戦です。
実際にご先祖さまの中には実行した人がいたりします。割と笑えないやつですよ。
「な、何よ、それ……」
テオドーラは私の顔を見て、ふるふると首を振りました。
「フランカ・ツヴィックナーグルは……死ぬの?」
「場合によっては?」
「だ、だめなんだから!」
「は?」
「わたくしの周りに死人がいるなんて、許しません! それがフランカ・ツヴィックナーグルであろうともっ」
ど、どうしたんだ、テオドーラ!
「よろしいこと!? あなたはわたくしの下僕なのよ!? 下僕が勝手に死ぬことは許しませんっ! 疲れた、もう嫌というまでこき使ってやりますから、覚悟なさいっ!」
ねえ、この子言ってることが一から十までおかしいんだけど!
「……私とテオはただの同級生だよね?」
すると、ぐっと声を詰まらせたテオドーラだが。
「うるさいわ! 下僕よ、下僕! フランカ・ツヴィックナーグルはわたくしの近くでずうっと頭を下げていればいいの! わたくしは絶対王都からは動かないんだから!」
わがままお嬢様らしく、ふん、と顎を上げて、偉そうに言い切る。
いや、だからだなー。
「あはははははっ!」
王子様は腹を抱えて笑い出します。
「面白いなぁ」
何かのツボに入ったご様子でいつまでも笑う王子様。
「言いたいことが本人にまったく通じていないところとか……あなたにもいいところがあったんだな、テオドーラ嬢」
「お、おだまりなさい! 偽王子!」
「これでも本物なのになあ。……試してみる?」
途端にテオドーラ嬢は私の背中に隠れ、後ろから王子さまに向かって人差し指を突き出します。
「フランカ! さあ、あの男をやってしまいなさい!」
「やるって何をさ……?」
ヤダ、もう。ついていけない。
「くちゅん!」
火から離れたせいでくしゃみするテオドーラの腕を軽く引っ張り、元の位置に座らせました。
「いやぁ、いい夜空だ」
王子様はそんなことを嘯いて天を見上げています。
「自分が今、こんなのんびり過ごしているなんて夢みたいだよ。何にも拘束されていない、自由って感じがする」
自由、ねえ。
王子様が言うとなんとなく胡散臭くなってくる。
「……王子様。あなたの本当の望みは何? 一体、『何』になりたいのさ」
いや、それがね、と王子様は指で頰を掻く。
「全然、わかっていないんだよね」
「へえ」
やっぱり今までの行動は全部が全部愉快犯だったわけだな。その場、その場の行き当たりばったり、ってか。それに振り回されてきた人々の苦労やいかに。
さて皆様覚えているだろうか、教師にあるまじき色気をだだもれにしていたパルノフ先生という人を。この件に関してはやつも半分ぐらいは被害者なんだろうな。
「じゃあさ、王子様は王様になりたいの? なりたくないの?」
麗しの王子様は腕を組みます。
「どっちでもいいかな」
にこりとする相手に私は苛々。
王子様のくせにそれぐらい決めとけ! 自分の人生どころか一国がかかった一大事じゃん!
「ウジ虫を見るように顔をしかめないでもらえる? 僕は、僕はさ、これでも君たちが羨ましいんだよ」
「妙なことを言いますね?」
その素振りは欠片も見当たりませんが。
「だって、自分はこうしたいんだ、っていう生き方が定まっているじゃないか。そこにいるテオドーラ嬢も、性格はだいぶあれだが、自分の意思ははっきりしてるし。僕からしたら目を細めたくなるぐらいに羨ましくて、妬ましいね」
クレオーン王子は「妬ましいよ」と繰り返す。カラッとした口調が空々しく聞こえます。彼は星空を見上げました。
「僕は願うべき望みが何もない。生きていけるならそれでいい。そのために王位が必要なら僕は得ようとする。必要でないならそのままでいい。君にはもう一度問いたいな、フランカ・ツヴィックナーグル。……僕は王位を望むべきかな?」
私は、またもむかむか。
「人の答えに依存しようとしないでもらえる? そんなの、自分で勝手に決めればいいよ。甘ったれるな」
ふん、と鼻で笑います。
友達でも家族でもない関係の人間に人生の選択を任せないでほしいですよ。
隣のテオドーラがよくぞ言ってくれた、とうんうん頷いていました。彼女の小者感はさることながら、私にも悪役感が漂いますな。
「いっそ清々しい拒絶だね。そういうところ好きだな」
王子さまは私の返事を予期したように動揺を見せず、こんなところでリップサービス。ねえ何なの君、と小一時間ぐらい問い詰めたくなります。
「だからあいつに気に入られるんだね」
王子さまはにこにこしています。悪意がうっすら透けて見えるよう。それは彼なりの意趣返しか。
「可哀想に」
途端、私の背中に走る悪寒。
「いつか攫われるのを待つばかりの哀れな子羊が、柵の外に出ていると勘違いしたままなんだ」
私は激しく動揺した。
あれだ、たとえが恐ろしすぎる。
私は悪魔の生贄か⁉︎




