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解体までが狩猟です。

残酷描写注意です。

 草木の隙間を風が通って、ガサガサと音がします。木の葉が擦れるだけならいいのですが……。


「きゃあ!」


 何度目かの可愛らしい悲鳴を上げたテオドーラは尻餅をつきまして、今度は手についたそれを見て、またもや金切り声を出してしまいます。


「汚いわっ。フランカ、早く取って頂戴!」


 高い枝に止まっていた鳥が驚いて飛び去ってしまいました。何やってるのさ、あの鳥は今夜のおかずだったのに。


「あーあ、もったいない。よく肥えていたのにさぁ……」

「フランカっ!」


 もう見えなくなった鳥の影を追って天を仰いでいると、獣のフンを踏んで尻もちをつき、さらに手をついたところでもフンがあったというドジっ子ぶりを見せたテオドーラがうぅ、とこれまた何度目かになるすすり泣きを始めました。涙、見えないけど。


「獣道なんだからフンぐらいあって当たり前でしょ。ほら立って。私についていきたいと言ったのはテオじゃん。せめてもう少し静かにしないと今日のご飯は抜きになるよ」

「だ、だって……。あの人と二人きりになるのは嫌だったのよ!」

「さすがに森の中では人買いもいないよ」

「わからないわ! 売らなくても平気で動物の餌にするでしょうよ!」


 は、はは……。

 否定できないね。


 と、そこへ。天の光を遮るほどの大きな影が頭上から落ちてきます。

 大熊でした。先ほどからずっと私たちの様子を伺っていたのでしょう。

 歯茎の赤と牙の白。鋭い爪は簡単に私たちの皮膚を破り、肉を抉るに違いないのです。


「テオ!」

「ひいいいぃ!」


 テオドーラが私の言葉に反応し、無我夢中で地面に埋めたロープを引っ張ります。すると木の上に仕掛けられた罠が発動し、拳ほどの石が落ちてきました。


 脳天にぶつかりかけたのをとっさに回避する熊。その余計な動きを見逃す私ではありません。すかさず石を投擲。熊の目を潰します。


 ぎゃあ、と熊が鳴き声を上げて私の方に向かって一直線。


 私は持っていたナイフを抜き放ちながら、もう一つの石を投げ、もう片方の目を潰します。


 視界を閉ざされた熊がその場で棒立ちになったところにその懐に飛び込みます。右脇あたりに熊の爪がかすった気がしますが、気にしてはいけません。


 渾身の力で真横にナイフを滑らせると、切れ味のよろしいそれは、いい具合に熊の首元を切り裂きます。熊から血が派手に吹き上げたところで、とどめに眉間を一突き。


 そのまま体当たりして、仰向きに倒れさせると狩り終了。今夜は熊鍋だぞぉー!


「……何だったの、今のは!」


 震えるテオドーラがそれでも気丈に喚きました。


「私を殺す気!?」

「まさか。生きてるじゃん」

「違うわよ! 仕掛けた罠を私に任せたことよ! 死にかけたわよっ!」


 私は戦うからあなた手伝ってね、とろくな説明もなく罠の作動方法だけ聞かされて、気がつけば熊に襲われていたことを言っているようだ。


「テオならできるでしょ」


 ほら、怒りをパワーに変えるタイプだから。本人が自覚する以上に図太いんだなぁ、これが。


「自分で戦えとはさすがに言わないよ。それは私の仕事だしね。でも生の野生動物と触れ合えるドキドキハラハラ体験になったでしょ。迫力十分の社会勉強だよ」


 と、いうわけで「これ」も手伝ってもらうよ?


 にっこり笑ってナイフで示したのはさっき仕留めた大熊です。


 狩猟は、解体するまでが狩猟なんだよ!




 熊を相手にするのは久しぶりでしたが、幸いにも脇腹は服を裂かれただけですみました。多少服に返り血がついてしまいましたが、これは許容範囲です。


 解体作業は私一人でやった方がダントツに早いわけですが、今回はテオドーラにも手伝ってもらいました。まあ、私が切り取った肉を適当な枝に刺して、熊串にしていくだけですが。


「……これ、全然美味しそうには見えないわ」


 今までの食事に出てきたこともないじゃない。彼女はぶつくさ言っています。その傍らでざっくざっくと皮をはぎつつ、食べられる肉を摘出していきます。胃や腸などを傷つけないようにしなくては。何が入っているかわかったものじゃないからね。


「そんなに味は期待するものじゃないよ。お腹を膨らませるだけの食事だから」


 ぶすっ。テオドーラは無言で串を地面に刺しました。

 さすがに彼女もこの肉を逃したら何も食べられないかもと学習したようです。当たり前か。もう二日目だものね。一日目は鳥を仕留めたのに自分は食べないと意地張ってお腹を空かせていたので懲りたのでしょう。


 一時間ほどかけて軽く解体を完了し、近くに柔らかい土を見つけたので残りは掘った穴に埋めて手を合わせました。


 熊さん熊さん。安らかにお眠りになってください。


 熊の神様に祈ります。いただいた命には感謝をしなければなりません。それが森の掟です。


 テオドーラの手から肉の串を受け取ると、熊の毛皮を背負いつつ根城に向かって歩き始めます。

 私、これでも森の中での方向感覚は抜群なので、まず迷うことはありません。

 すいすい進む私に対し、ひいひいと息を切らしながら後ろをついていくテオドーラ。


「あなた、人間じゃないわ! 普通、熊に立ち向かって勝てると思って!?」


 やだなあ、人間だよ。おじい様のように素手で熊は倒せないし。


「無謀よ、馬鹿なの!?」

「そこは経験があるから」


 おじい様と一緒に熊狩りに出始めたのが九歳で、一人で狩り始めたのが……十歳だっけ? そんな感じだ。


「それに今回は特別だよ。熊肉はどうしても鹿や鳥と比べれば質が落ちるからさ、好き好んで狩ろうとは思ってないよ。ただ、あの熊は今日朝からずっと遠くから私たちを狙っていたんだよね。そうなった熊はもうね、狩るしかないよ」

「どういう意味よ?」

「熊は普通臆病な生き物なんだよ。人の出す音に嫌がって近寄ってこないものなの。でもあの熊は私たちを獲物として認識していた。そうなったらいつ人家に下りて、人を食い殺してしまうかわからないでしょ。人の味を覚えた熊は人間の敵なんだよね」

「……そうなの」


 テオドーラは青ざめた顔で口元を押さえました。事の重大さがわかったようです。ついでにもう一つだけ安心させてあげよう。


「とはいえ、まだ人は食べていないと思うよ。さっき埋めた時、こっそり胃を調べてみたけれど胃の中はからっからだったから」

「そ、そうなの……」


 なぜだろう、ますます彼女はドン引きしている。ここに来てから数えるのも馬鹿らしいぐらいの回数にならないか。


 やがて根城の洞穴に着くと、テオドーラは真っ赤な顔でへたり込みました。もう地面が汚いとか言うこともありません。順応性の高いお嬢様だよ。嫌だ嫌だと言いつつも我が身を守るために何が最善かある程度理解できているんですね。


「おかえり」


 留守番をしていた王子さまがにこにこしながらこちらに来ました。

 この洞穴付近に獣は寄ってこないので、森の中では唯一の安全地帯と言えるでしょう。そして私の秘密基地の一つでもあるのです。


 ちなみにこういった「別荘」は領地のあちこちに点在しています。弟でさえ詳しい場所までは把握できていないでしょう。


「収穫はどうだった?」

「今日は魚が採れたよ。奥にあった釣り針と竿を使わせてもらったよ」


 籠にはすでに腹わたも処理されて綺麗に並べられた魚が三匹。


「あと果物が近くで生っていたからいくつか持ってきたよ。見たことがないやつもあるから食べられるか聞いてもいい?」


 そういってまた別の籠の中には果物が。一つ一つ吟味します。


 ……一個食べられないやつがあるね。食べたら脱水症状を引き起こして下手すれば死ぬやつじゃん。


 クレオーン王子は薄笑いです。なんでちょいちょいトリッキーなやつを仕込んでくるのかなぁ!


 仕方がないので、その果物を手に取り、大きく振りかぶって……天に届け、我が剛球!


 夕方の空に消えていきました。





フランカの真似をしてはいけません

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