運命という言葉は薄っぺらい。
劇で言えば道化役。人を楽しませるために、おどけたり、失敗したりする。観客にとっては道化が分厚い化粧の下で何を考えているかなんてどうでもいい。楽しませてもらえるなら、それで。
けれどもこれは現実なのだから、正体隠してこちらを振り回されてはたまらないのですよ。
「王子様。わたし、フランカ・ツヴィックナーグルが面白い出し物をご用意させていただきました。先生よりお聞きになられたと思います。もう色々めんどくさくなってきたので、おとなしく私の提案に乗っていただけますよね。……だって、見つけ出してしまったのですもの」
ご令嬢モードの私はぐっと声に色気を込めてそう囁きました。この見た目詐欺な美少女ボイスをこの時をのぞいていつ使う。今でしょ!
おい、そこのお守役はくすくす笑うのはやめてだまっておきなさい。
「ばれちゃったか」
ガラス細工の男はもじゃもじゃカツラを取りました。零れ落ちる銀髪。少し汗ばんでいるものの、それでもなお世の女性たちが放っておかないような美貌をさらしながら、クレオーン王子はこともなげに笑ってみせました。くえないやつめ。
「僕の負けだよ、フランカ嬢。これでもぼろを出さなかったつもりだったんだけれどね。『ハンス』は渾身の出来だったのに。どうしてわかったのかな?」
「確かに演技力は抜群だったんじゃありません? 誰もあやしんでいないようでしたし。ドジも多い若手の使用人見習いなんていい隠れ場所を見つけたものですね。王子様は学院のどこかにいる——それは学生とは限らなかった。学生たちが探そうとしてもまずは同じ学生を疑いますからね」
「だったら、君は視野が広いってこと?」
「いえ、どちらかというと勘ですよ」
むしろそれだけしかないけどね! 理屈をこねまわすのは好きじゃないんだ。むしろ、結果のために理屈をこねまわして、つじつまを合わせると言ってもよろしい。
横にいるパルノフ先生がとうとう大口を開けて笑いだした。きっと正しく私の発言を理解しているに違いない。けれどもちょっと静かにしていてください。
クレオーン王子は視線でパルノフ先生を黙らせてから、嬉しそうに、
「やっぱり君っていいね。フランカ・ツヴィックナーグル。僕は君のことが好きだよ」
「残念ですが、私は好きじゃありません。……でも、チャンスはあげますよ。あなたが世に出た時、後ろ盾になるツヴィックナーグル家を置けるかどうかを」
「今のところ勝率はどのくらいかな」
さあ、と私は首を傾げます。
「私だけで決められることではありませんよ。少なくとも、私の判断で次期当主の弟は釣れませんよ。私に懐いていると言っても、頭のいい子ですからね」
ヴィルはできる子だ。必要とあらばちゃんと私を切り捨ててくれる。もしそうじゃなかったらどつきまわすところだよ。
「ちなみにあなたをツヴィックナーグルの現当主に会わせるつもりはありません。自分自身の力で頑張って私のお墨付きを得てください。私からさしあたって申し上げることはそれだけです」
ここまで言い切ってから、もう一つ付け加えました。
「あとは、できればその銀髪は染めてください。どうにも目立って仕方がありません」
反射率何パーだよ、と私はツッコミたい。
王子様はくすくすと笑って、こちらに手を差し伸べてきました。
「わかったよ。しばらくお世話になりそうだ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
互いに握手。……馬鹿みたいだと思いました。胡散臭すぎる。私も、相手も。
「あんたら、全然友好的って感じじゃないよなぁ」
パルノフ先生がのんきな発言をしていましたが、結構的を射ていました。
※
「うふふふふ……」
カティアはとてもご機嫌な様子で、私の肩にもたれかかっています。
そして、私と二人、ベンチに座って、花を眺めています。
「うふふふふ……」
腕を組んだ上で、手までばっちりつないでいます。
私の右肩にかかっているカティアの頭の感触が、なんだかむずむずしました。
そして。
「むむむむ……」
後方の木立に隠れた我が弟が、殺気を飛ばしてきている。正直言って、邪魔でした。
「カティア。そろそろサロンでお茶が用意されているころかも。行ってみない?」
「そうですね……」
カティアはゆるゆると小さな頭を持ち上げかけて、
「……やっぱり、もうちょっとだけ待ちたいです。もう少しだけ、二人っきりで……」
うるうるとした眼で見上げられたら、何だかいいか、ってなります。これはあれだ。もう少しご飯多くして、と訴えているうちのミーチャ(雄狼)と同じです。
後方のヴィルはいまにも石を持って振りかぶろうとしています。おい、どこへ投げる気だ、弟。
視線を投げて、やめさせました。
さわさわ、と木々を揺らす風の音が辺りに響きます。その風は、冬を呼び込む冷たさも含んでいました。
ああ、早くしなければ。……私には、自由にできる時間がもうないのだから。そんなことを考えます。
「フランカ」
「ん? 何?」
気づけばカティアが私の顔を覗き込んでいました。その頬は赤く染まっていました。
「ずうっと、わたくしとお友達でいてくださいね。どこへ行っても、何をやっても、一生のお友達なのです。約束ですよ?」
可愛らしい子が可愛らしいことを言ってくれました。それを見て、可愛らしいと思わないはずがありませんよね。
「うん、わかった。約束する」
私も頷きました。
これは、私が学院を出るほんの二三日前の出来事でした。
Q フランカはいつハンスが王子様の変装だと気づいたのか
A ついさっき。ルディガーと話そうと思ったら、なんだかピンと来た。




