若きルディガーの悩み。
三人称です
ルディガー・ネリウスはコプランツでも片手で数えるほどしか存在しない公爵家の嫡子である。
実り豊かな広大な領土、派手ではないが手堅い経営手腕を持った領主が続き、コプランツ宮廷でも大きな力を握っている。
もちろん、ルディガーも恵まれた環境で育った。ただ、不幸なことに父親には王都で過ごすことが多く、ルディガーは領地でのびのびと……のびのびすぎるほど、甘やかされて育ち、さらには父親の前ではそれなりに行儀よくしていたため、彼の貧相な中身については領地にいた者以外知ることはなかった。
すべてはアーレンス学院入学以降に発覚した。外聞をわきまえず、女とべったりくっつき、授業にも出ない。成績も悪い。父親は息子の単位のため、何度も学院に寄付金を送った。
だが、彼は自分に向けられる失望しきった父親の眼差しに気づかずに、楽な方へ、楽しい方へと流れていく。
ルディガー・ネリウス。生まれてからこのかた、人生の春しか知らない男である。
だからここで人生の苦さを体験できたのは、彼にとっての幸いだった。世の中には決して手に入らぬものがあるのだと、知ることができたのだから。
でも、それが本人にとって何の慰めになるというのだろう。
ルディガー・ネリウスはまるで自分とは違う道を選んでいる人を遠くから眺めることしかできなかった。
彼が抱いたのはどこか甘いものが滲む感情だった。今だけしか共にいられないのなら、できる限り近くに、と切望する気持ち。
正直言って、その人はまったくルディガーの好みではなかったし、美人でもなかった。むしろちょっと太っていたから、さぞだらしない生活をしているのだろうと蔑む気持ちもあった。
けれども体型はともかく。近づいてわかるその香りや声は魅力的だった。一度気づけばそればかり気になる。視線で追うようになって、体型も、それはそれでいいんじゃないか、と思うようになった。
人はそれを初恋と呼ぶ。
ルディガー・ネリウスは恋に落ちたのだ。けれど、初恋を自覚した時、同じく気づいてしまったのだ。あまりにも立ち位置が違うのだと。ただ単純に、公爵家と伯爵家だからというのではない。模範的な貴族らしい貴族、政治にも深く関わる公爵家と、武門として名高く、政治的にはどこまでも中立を保つ特殊な伯爵家。そもそもの家の在り方が違い、求められるものが違う。どこまでも交わることのない人生の道筋だった。
彼が彼女を手に入れるなら、本当に彼女が言う通り、彼女に家を捨てさせ、彼も廃嫡されることも覚悟しなくてはならない。けれども、それも互いの合意があってこそ成り立つものだ。だからきっと、今この時、近くにいられることが彼の限界なのだと思った。
だが。
……ルディガー・ネリウスは、成績発表の掲示板の上から二番目に書かれた名前を見て、驚いた。そして、思いもよらない機会が巡ってきたことに戸惑う。あまりに戸惑い過ぎて、しばらくぼうっと突っ立っていたほどだ。そこへ通りがかったのは、彼の元婚約者である。彼女は、彼の視線の行方を辿り、わなわなと唇を震わせた。
「フ、フランカはあなたにも渡しませんから!」
こちらが何か言う前に捨て台詞を残して逃げていった。
元婚約者の珍妙な言動にようやく我に返り、その足でなんとなく寮へと帰る。
玄関先で、もじゃもじゃ頭の使用人見習いが彼に駆け寄ってきた。
「こ、こちらを届けるように……と、ある方から預かりました」
びくびくおどおどとしている。ルディガーは使用人見習いの名前がハンスだったことを思いだす。以前助けてやったことはあるが、それはルディガーにとって大した出来事ではない。
自室に行ったルディガーは何気なく受け取った手紙を開き、そして絶句する。
——君の秘密はフランカ・ツヴィックナーグル。
——手に入れたいのなら、君に協力してあげてもいいよ。見返りは必要だけれど。
——学院にいる王子より。
彼の心臓が、嫌な感じに跳ねた。
サブタイ。「若きウェルテルの悩み」みたいな。




