第八話 収録後の余韻? そんなもの、ないよ。
「信じられないわ!!」
配信が終わって早々、夏実の怒声がスタジオ内に響き渡る。
夏実は涼香に激怒していた。
「なんであんな視聴者から反感買うような言動しかできないわけ!!」
「意外と反応良かったと思うが? 喜んでる豚――じゃなかった人間もいたし」
「ファンを豚呼ばわりしない!」
「あはは!! 先輩、豚は配信見れないよ……!!」
「花子!! ここだとあなたの方が先輩なんだから、注意しなさい!」
夏実は花子にも矛先を向ける。
「……でも喜んでたファンがいたのも確かだよ。他の子と違った個性が出てて、私は悪くなかったと思うな」
花子は真剣に答えてみせる。
「うぐっ……早織はどうなの――って……」
早織にも確認しようと彼女の方を向く。
彼女は自身のスマホで、ゲームの動画を見ていた。
「何見てるのよ?」
「FSPゲームですわ。最近のゲームはリアルに作られてますわね、死体を撃っても血が出るんですもの」
「よりによってそっち系の動画!?」
早織は、ゲーム実況者が死体撃ちされているされてる映像が流れている。
それに怒った実況者がゲーム内ボイスチャットを入れ、相手に暴言を吐く。
『俺なんか悪いことしたかぁ? あぁ!?』
すると、相手もボイスチャットを入れて話し出す。
その声は、聞き覚えのある女性の声だった。
『角待ちショットガンしてるのが悪いんだろ! 男なら正々堂々戦え短小!』
その声は、明らかに涼香のものである。
『何を根拠に言ってんだこのビッチ!! 尻軽そうな声しやがって!!』
『言ってくれるじゃないか! お前なんかホモに――』
これ以上は聞くに堪えなかったため、夏実は早織のスマホを強引に奪い取り、動画を停止させた。
「すーずーかぁ!!」
「過ぎた話だろ! 文句を言われる筋合いはないぞ!!」
「こういうのはデジタルタトゥーとして刻まれるのよ!! 絶対後で問題になるものよ!!」
夏実がこれまでにないほど声を張り上げていると、スマホで何かを確認していた花子が声を出す。
「涼香先輩、SNSのトレンドに乗ってるよ!」
「ほほう、流石は私!」
「見るまでもないわ、絶対悪い意味でトレンドに乗ってるわよ」
アイドル全員が、スマホでSNSを確認する。
SNSにて、『ファルベ生配信』『茜宮涼香』『花ちゃんの先輩』『ヤベー奴』などのキーワードがトレンド入りしている。
ファンの投稿を見てみると、
『ファルベの新人アイドルヤバすぎるだろ。社長は何を思ってあんな奴入れたんだ?』
『喫煙者を前面に出してるアイドルは珍しくて新鮮。倫理観が死んでそうだから、すぐに辞めさせられそう』
『俺は好きだぞ、涼香ちゃん。変にキャラ作って、裏で俳優とヤリまくってるアイドルに比べて全然信頼できる』
『アイドル業界干されても、個人で配信業すれば全然喰ってけそうなセンスを感じる』
『あれが花ちゃんの先輩ってマ? 仲良さそうに見えたし、もしかして花ちゃんって不良だった説が……』
『花ちゃん不良してても、信号無視くらいの悪さしかしてなさそう』
「あはは! 信号無視くらい今の私でもするよ!」
そういう花子の様子は、涼香の後輩であることを示すのに十分だ。
「日本トレンド一位は普通に凄いことですわ。初配信でここまで話題性が高くなったのは、それこそ花子さん以来かしら」
早織はティーカップに紅茶を注ぎ、それを口に運ぶ。
その際、紅茶が入っていたであろうペットボトルをその場に捨てる。
「あっ、午前の紅茶――」
ラベルを目にした涼香が呟くと同時に、早風が目にも留まらぬ速さで回収する。
「? どうかされました?」
「いや、何でもない……何でもないぞ! 私は何も見ていない!」
これ以上触れてはいけない雰囲気を感じた涼香は、紅茶の正体がコンビニでも売られている、庶民的な紅茶であることを忘れようとした。
「あっ、ネットニュースの記事にもされてるよ!」
花子が声を上げると、空かさず夏実が確認を行う。
◆ファルベの新人アイドル、問題発言連発でファンを困惑させる。
ファルベ・プロダクションに新しく入ったアイドル“茜宮涼香”は、彼女を紹介する生配信で問題発言を複数行った。進行役の“瑠璃川花子”、“宍戸夏実”、“櫨染早織”の三人を前に挑発的な態度を取り、挙げ句の果てには視聴者をも煽る言動を繰り返した。スーパーチャットを送ったファンに対しても感謝を述べず、足りないと言ってくる始末だ。収拾がつかなくなる前に配信が終了。配信時間が五分未満になるという、前代未聞の結果となった。
以上が、記事の内容である。
記事には涼香がダブルピースしている写真が添えられていた。
「最悪の記事じゃない!! この後あんたどうする気!?」
夏実が訊ねると、涼香は平然とした態度で答える。
「どうも何も、この調子で続けるつもりだ」
「このやり方じゃ、どっかで必ず燃え尽きるわよ!」
「そんじゃなんだ? 夏実みたいにぶりっ子を続ければいいのか? そっちの方が早死にすると思うが――」
「誰がぶりっ子よ!!」
「お前」
「先輩にお前って言わない!!」
「お前お前お前ぇ!!」
「キィー!!」
涼香の舐めた態度に、夏実は癇癪を起こしてしまう。
「怒った時にキィーって言う人、初めて見ましたわ」
「夏実ちゃん、面白ーい!」
「あーもう! まともなのはアタシだけなの!?」
「スゲぇ賑わってるな」
アイドル達の様子を遠くで見ていた翔一が、口を開いた。
「あの賑わい方、大丈夫なのか?」
隣にいた和人が困惑する。
「全然マシだぜ。仲が悪いとみんな無言になるからな。収録中とその後の温度差でこっちが風邪ひきそうだ」
「……あぁ、それは気まずいな…………」
無言でスマホを操作するアイドル達を思い浮かべた和人が納得する。
「――なぁ蓮次郎、お前が捕まえたアイドル、ヤバくないか?」
すると、とある男性が蓮次郎に話しかけている声が聞こえてきた。
その男性は、夏実と早織の二人を掛け持ちしているプロディーサーだ。
「まぁ……否定はしません」
「大変になりそうだな。あの子辞めたら、お前のクビも飛ぶだろうし、困ったら俺を頼ってくれよ!」
「ありがとうございます、先輩!」
二人のアイドルを掛け持ちしてる中でも、余裕を見せる先輩プロデューサーは、蓮次郎の肩を叩いた後、事務室へ向かってこの場を去って行く。
(蓮次郎さん、大変そうだな)
そう思っていると、社長の拓真が姿を現し、和人と翔一の方へ歩いてきた。
それに気づいた二人は拓真へ挨拶する。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「あぁ、ご苦労…………本当にご苦労だった」
「すみません、拓真さん……俺の方から叱っておくので――」
「いや、いい。こうなることはわかっていた。あとはこの流れを、彼女がちゃんと活かせるか……だな」
拓真は涼香の問題行動を許していた。
「さて、後片付けはスタッフとプロデューサー側に任せて、お前たちはアイドル達を帰らせてやれ。彼女たちも朝早かったからな。疲れているだろう……」
※
「帰宅ぅ!! 思う存分タバコが吸えるぞ!」
午後四時――社会人としては早い時間に帰宅した涼香と和人。
涼香は点けっぱなしのパソコンの前に座り、早速タバコに火を点けてFPSゲームを始める。
「なんか滅茶苦茶フレ申請来てる! みんな和人と同じでドMなんだなぁ」
「その流れでなんで俺がM判定受けなきゃいけねぇんだよ……」
和人は流れるように布団へ倒れた。
仰向けになった彼は、スマホのチャットアプリを開く。
昼休みの間に、聖也へメッセージを送っていた。
『聖也、今すぐ仕事を辞めろ。花子が所属する事務所にガチで就職できるぞ!』
しかし、彼から返信はおろか既読すら付かなかった。
(やっぱり、何かおかしい……あいつに限って野垂れ死んでることはねぇだろうが……畜生、住所を聞いておくべきだったな。瑛土さんに――聞くのはマズいか。あの人に迷惑をかけたくないのはもちろん、大事になって何もなかったら聖也が一番困るだろうし…………)
「はぁ!? スナイパー外したからって二丁拳銃に切り替えるのはおかしいだろ! 義務教育受けてきたんかお前!! 和人もそう思うだ――あれ?」
涼香が和人の方を向くと、彼はスマホを持ったまま眠っていた。
「寝たか……決闘してたし、下手すると私より疲れてるか。それはそれとして……お楽しみタイムが来たってわけか」
涼香はゲームを中断し、和人の元へ近づいて彼のスマホを奪い取る。
スマホを起動させたまま眠ったため、ロックがかかっていないのだ。
「さてさて……此奴はどんなオカズで抜いているのか……無駄にスタイル良かったら花子に送りつけてやろう」