第八・五話 暗躍する『青』
和人が家に到着した頃――。
「あぁ、その件はお前に任せる」
街中に一人の青年。
青髪をした彼は青住聖也。彼は誰かと電話しながら、信号が青になるのを待っていた。
「…………あの事務所はまだやめておけ。もう少し人数を減らしてからだな」
和人と話してた時と違い、威厳のある低い声で通話していた。
口調も強くなっているが、それでもどこか柔らかく安心感を覚える声だ。
「それまでは様子見を――いや待て」
聖也は、少女が何者かから逃げるよう、路地裏へ入る姿を目にした。
その少女に見覚えがあったからだ。
「……予定を早められるかもしれん。すまないが、一旦切る」
聖也は通話を切ると、マスクを取り出して身に着けた。
左目も包帯で大きく巻かれているため、右目だけが露出している状態になる。
青信号に変わると同時――彼は素早くも誰の注目も買わない、不思議な体捌きで横断歩道を渡り、少女が入った路地裏へ足を運ぶ。
奥へ進むと、少女はスーツを着た男に追い詰められていた。
「逃げなくていいじゃないか? あの人たちの相手をしてくれれば、君の出世は間違いないんだぞ?」
「嫌です! そんなことで出世したくないです!」
「……あのね、他のアイドルもみんなやってるんだよ? この業界、何かを売らなきゃやっていけないんだよ」
「それなら私……もう、アイドル辞めます!!」
「……そうかい、それはそれで好都合だ」
「え?」
「ここで俺が手を出しても、偉い人に――」
男が少女の肩へ触れようとする寸前、背後から音も無く聖也が現れ、男の手を掴む。
「あ? 誰だてめぇ!!」
その男は懐から拳銃を取り出し、何の躊躇いも無く聖也に向けて弾丸を放つ。
聖也は限りなく僅かな動きで弾丸をかわす。
「!? どうなってやがる!?」
それ故に男の視界からは弾丸がすり抜けたようにしか見えず、聖也に不気味なものを感じ始める。
「……麦野希美のプロデューサー、小野寺太陽だな」
聖也は、男の素性を知っていた。麦野希美は、男に迫られていた少女の名前だ。
「これまで多くのアイドルに枕営業を行わせ、汚い金を得ていたな」
「だ、だったら何だってんだ!!」
「ここで死にたくなければ、自首してアイドル業界から離れろ」
「こいつのファンか何か知らんが、素人が舐めた口を聞くな!!」
男は再び引き金を引き、弾丸を放った。
聖也は一ミリも動かなかった。その弾丸が、自身の体に当たらないことが、彼には視えていた。
「……この距離で外す奴が、素人を馬鹿にするのか?」
「偶々だ!」
男はもう一度弾丸を放つ。
弾丸は聖也の頭に当たる方へ飛んでいくも、聖也はそれを平然とかわすが――
「なっ!?」
男が驚きの声を上げる。
聖也は頭に当たらないようにかわしたが、弾丸の軌道上に右手の平を向け、わざと弾丸を受けたのだ。彼の右手には穴が空き、血が溢れ始める。
「――【スカー】」
彼が能力を口にすると、外に出た自身の血液が不自然に上に伸びる。
一本の長い棒状になった血液を握ると、彼はそれを剣のように振り下ろす。
「が――ぁ――!!」
振り下ろした勢いで血液の剣が伸び、不意を突かれた男は深い袈裟斬りを受ける。
明らかな致命傷を受けた男は前に倒れ、自身の血液で水溜まりを作り始めた。
「……っ…………っ!!」
目の前で鮮血が舞う光景を目にした少女は、言葉が出せなくなる。
「…………」
聖也は能力を解き、血液の剣が形を崩して地面に零れる。
その血液は一秒も経たたない間に、蒸発するように消えていった。
「この死体は回収する。君は何も見なかったことにすれば、元の生活――こんな男に怯える必要のない生活を送れる。オレたちも、それを望んでいるから」
聖也は右手に包帯を巻きながら、優しい声で少女に伝える。少女は首を大きく縦に振ってからこの場を走り去って行った。
彼女が路地裏を抜けたのを確認すると、聖也は少し前まで通話してた相手に電話をかけ直す。
「オレだ。たった今、小野寺太陽を始末した。回収を手伝ってくれ」
※
「…………」
それから数時間後、聖也は普通に帰宅していた。
まるで仕事帰りで、先程の戦闘も日常であったかのように。
聖也はマンション五階の一室に住んでいるが、部屋の中は意外にもゴミが散乱していた。足の踏み場も少なく、ブラック企業務めで掃除をする時間がなかった和人の部屋の方がマシだ。
聖也はマスクをゴミの山に投げ捨ててから椅子の上に座り、ガスライターでタバコに火を点けた。
「…………和人、花子さん」
正面の机に置いてあるスマホの通知画面を見ながら、聖也は二人の名前を呟く。
聖也はスマホを二台所持しており、それらを使い分けている。『仕事用』と『私用』の二種類に。
私用のスマホの通知画面には和人と花子、二人からきたメッセージと不在着信の通知で埋まっている。聖也は、ある理由から二人のメッセージに反応することができなかった。その理由は、あまりにも自業自得なものではあるが…………
――その目、かっけぇー!! なぁ、どうやったらそんな風になれるんだ!?
――聖也くんの目、綺麗だね! 夜空みたいで、ずっと眺めていたいなぁ。
「…………」
不意に、昔二人から言われた言葉を思い出した。
左目にコンプレックスを抱いた聖也にとって、その言葉は救いそのものであった。
(もう、後戻りはできない。オレがしたことを考えれば、オレは花子さんの敵だ……)
聖也は左目を包帯越しに抑えながら、傷心に浸っていると、私用のスマホに新しい通知がくる。
花子からのチャットメッセージだ。
聖也は既読を付けないよう、通知画面から内容を確認する。
『私の事務所に、和人くんと涼香先輩が入って来たよ!』
「…………は?」
そのメッセージに、聖也の頭が真っ白になる。
それに追い打ちをかけるようなメッセージが、もう一件飛んでくる。
『良かったら・・・良かったらなんだけど、聖也くんも事務所に来てみない? 私のプロデューサー、護衛も兼ねてると大変そうだし、私が社長に掛け合ってみるから、どう?』
「…………」
聖也の中で迷いが生まれる。
今ここで既読を付け、花子の話に乗れば、好きな人と一緒に仕事ができるのだ。
そしてあわよくば――――
「ダメだ!!」
聖也は自分に言い聞かせるように声を上げ、スマホをゴミの山に投げ捨てた。
「今の仲間も裏切れない……勝手についてきただけとはいえ、皆良いやつなんだ……あいつらの気持ちも、無下にしたくない…………」
聖也は胸が苦しくなるほどの葛藤に苛まれる。
「……このまま、行くしかない」
そして聖也は、決断する。
「和人、涼香先輩、花子さん…………皆を不幸にしないためにも、オレはこの道を進み続ける。この足が、止まってしまうまでは」




