第二十四話 感情をも焼き尽くす、蒼の炎
約五年前――
「クソォ!! また負けかよ!!」
山の近くにある星守家の屋敷。
その山側の奥にある、学校の校庭かと思うくらい拾い庭で、和人と聖也は試合稽古を行っていた。
能力を使わず、ラバーナイフを三回当てた方が勝者のルールで戦っていた。結果は二対三。負けた和人は脱力で、仰向けに倒れていた。
「和人の動きは、わかりやすいからね」
聖也は和人の隣に座った。
「ったく、同じ体術を使ってるはずなのに、どうしてこうも簡単に捌けるんだ?」
「目線の動きで、ナイフが来る方角が読めるよ。フェイントかどうかは、呼吸の深さで判断できるし」
「なんじゃそりゃ!? 普通、肩とか足とか見るもんだろ!?」
「確かにそうだけど、そこを凝視してたら、次の攻撃への対応が遅れちゃう。音楽ゲームでレーンの手前じゃなくて、奥を見続けるのと同じ原理だよ」
「……音ゲーやらんから分からん」
和人は体を起こし、あぐらを掻く。
「和人、最近になって真面目に特訓するようになったけど……何かあった?」
「まぁ……真面目にやる理由が出来ただけだ。お前と同じようにな」
「えっ、僕が知らない間に、好きな人が出来たの!?」
「まるでずっと一緒にいるみたいな言い方するが、お前しょっちゅう怪我して学校休んでるだろ。……一個上の先輩だ」
「意外だね、和人そういうの興味ないと思ってた」
「俺自身もそう思ってたが、案外コロッと落ちるものなんだなって……ただ、特訓をする理由はそれだけじゃねぇ」
「?」
和人は立ち上がる。
「俺はお前と違って、この戦闘スキルを発揮できる機会が来るとは限らねぇ。何なら、戦わずに生涯を終える可能性の方が高い。だが聖也は……好きになった相手が相手だ。この先もアイドル狩りの連中に絡まれるだろう……その重圧を、お前一人に背負わせるつもりはねぇ。俺も奴らと戦えるように力をつけて、お前を守れるようにしたい。……ただ、それだけだ」
「和人……」
「まっ、そうするにはまず、お前を越えなきゃいけないわけだが……多分無理だな!」
和人が笑ってみせると、聖也がゆっくりと立ち上がる。
「そんなことはないと思う」
「?」
「和人の能力を考えれば、どんな相手でも無力化できる。身体能力を上げれば、僕でも対処が困難になると思ってるよ」
「その身体能力を上げるのがムズいんだろ。それとな聖也……お前、試合稽古で手ぇ抜いてるだろ?」
「えっ!? いや、そんなことは……」
「お前の動体視力と反射神経は人間――いや、全生命を越えているといっても過言じゃねぇ。やろうと思えば、俺の攻撃……全部躱せるよな? なのに、俺に気を遣ってるのか必ずナイフに二回当たりやがる」
「全部は無理だよ!? それが出来れば、今までの戦いで怪我することもないと思うし……」
「今まで戦ってきた敵と俺、どっちが強い?」
「それは…………」
聖也は答える事ができなかった。
「そういうことだ。俺はまだまだ弱い。だからこそ、強くならなきゃいけねぇ。次からは、手を抜くんじゃねぇぞ」
「……わかった」
次の試合稽古から、聖也は攻撃をわざと受けることは無くなった。
その結果、零対三で負け続けることになった、和人である。
◆
物語は現在に戻る。
「これで……勝った気でいるなよ…………聖也!!」
怒りを露わにした和人が、蒼色の炎を身に纏い始めた。
「そこまでして止めるほど、オレが必要なのか?」
「当たりめぇだろうがぁ!!」
和人は炎の剣を生成。
「【エンヴィース】――《スラッシュ・ディストピア》!!」
聖也に向けて振り下ろした。
「【スカー】――《スラッシュ・ユートピア》」
それに対抗して、聖也は血を結晶化させた剣を生み出し、素早く振る。
互いの剣が衝突。先程は聖也の剣が難なく突破していたが――
「やはりか――!」
血の剣に蒼の炎が纏わり始め、炎が自身に届く前に聖也は血の剣を手放し、そのまま振り下ろされる炎の剣を横に躱した。
「聖也ぁ!!」
和人は叫びながら、聖也に急接近。
蒼色の炎を両拳に纏わせ、連打を繰り出す。聖也は攻撃を全て回避してみるも、反撃しようとする動きがなかった。
(蒼の炎を纏われては、こっちは下手に攻撃できない。血は燃やされる上、肉弾戦を挑んでは簡単に火が移る。紫の炎とは訳が違う)
和人の能力の真価である、【エンヴィース】
魂を燃やす【エンビース】の出力を最大限に引き上げることで、相手の能力をも燃やし尽くすことができる。液体である聖也の血も例外に漏れず、無力化できるのだ。
この能力の弱点は、出力を上げることで魂のエネルギーを過剰に消費するだけではない。
「なんで自分を大切にしねぇんだよ!! 心配する奴の気持ちは知らねぇってか!? あぁ!?」
出力を上げるには、感情を高ぶらせる必要がある。それも、負の感情に限定されている。
【エンヴィース】を使い続けるには、嫌でも気性を荒くしないといけないのだ。
「何とか言えよ! 聖也ぁ!!」
「…………」
聖也は何も答えず、黙々と和人の攻撃を躱している。
彼は和人を一撃で沈めるタイミングを狙うことに集中していた。
「花子の気持ちも無下にしやがって! 好きじゃなかったのか!?」
「――っ!? 黙れ!!」
和人の本心かどうかわからない言葉が、聖也の地雷を踏む。
聖也は和人の腹に右足を入れ、蹴り飛ばした。
「ちぃ!!」
和人は両足を地面に引きずらせて、体勢を保った。
「…………」
聖也は平然と立っているが、右足に蒼色の炎が纏わり付いている。
紫の炎よりも熱く鋭い痛みが走っているのだが、彼は体勢を崩さない。
「わからないのか!? オレはトラオム以上の巨悪組織を相手にしている! ただアイドルを食いものにしているクズ連中を殺しているわけではない!! 奴らは裏社会ではなく、表社会をも牛耳っている! これが何意味するのか、わかってるのか!?」
「知るかボケェ!!」
和人は能力の反動で思考停止状態に近い。
「自分たちの不都合な事実は揉み消し、邪魔な存在はありもしない事を並べて社会的にも、物理的にも殺してくる! 壱がトップに立っている中、オレが花子さんの護衛についたらどうなる? オレの弱みを握るために、花子さんを優先的に狙ってくるようになるんだぞ!! 奴はまだオレと花子さんの関係性までは掴めていない。バレる前に奴を殺す!! もうこれ以上邪魔をするな!!」
「お前が無理する必要はねぇだろ!!」
和人は地面を蹴り、聖也との距離を一気に詰め、拳を連続で振り始める。
聖也は拳を躱し続け、反撃の隙を覗う。
「大きなリスクを背負うくらいなら、聖也が出しゃばる必要はねぇだろ!!」
「壱に敵う人は極僅か――いや、下手するといない可能性も高い。瑛土さんですら、奴に勝てるかどうか……もし瑛土さんが戦って死ぬくらいなら、オレが戦って死ぬさ!!」
「簡単に!! 自分が死ぬって言うんじゃねぇ!!」
和人は炎の剣を生成し、渾身の一撃を聖也に当てようと振り下ろす。
(大振りの攻撃――今仕掛ける!)
聖也は剣を紙一重で避けながら、素早く和人の後ろを取る。
「死ぬなら、オレ以外適任はいないだろ」
そして和人のうなじに手刀を当てて、彼の意識を奪おうとした。
しかし、あるものが聖也の目に入り、彼の動きが止まる。
「――――聖也、くん…………?」
公園に、花子が訪れていた。彼女の隣には、涼香の姿もある。
「花子、さん…………!?」
聖也は大きく目を見開き、彼女に集中が逸れる。
「――オラァ!!」
その大きな隙を突かない訳もなく、和人は振り返ると同時に炎の剣を袈裟に落とす。
「ぐッ……!!」
どれだけ動体視力と反射神経が良くても、意識が逸れていれば躱すことはできない。
聖也は、和人の攻撃を直に受けてしまう。
「嫌ぁ――!!」
それを見た花子の悲鳴が、周囲に響き渡る。




