第二十二話 天然少女の秘めたる想い
和人がベランダでタバコを吸っていた時まで遡る。
「お邪魔しまーす!」
「どうぞどうぞ! 何もないがな!」
花子が涼香の部屋へ遊びに来ていた。
「先輩の部屋、意外と普通ですね!」
「意外とは何だ、意外とは」
「こう、ピカピカしたもの多く置いてそうなイメージがありました!」
「あぁ、ゲーマーが愛用している無駄に光る置物か。あんなの置いても何のメリットもないからな……さて」
涼香はライターを取り出す。
「私の部屋だし、タバコ吸っても良いよね?」
「このタバコなら、いいですよ!」
すると花子は、服のポケットから当たり前のようにタバコを取り出した。
そのタバコの銘柄はハイライト。涼香がいつも吸っているタバコとは違う物だ。
「むっ、ハイライトか……中々渋いな。個人的に味は好きではないが、ニコチンを摂取できるなら何でもいいか……」
涼香は花子からハイライトを受け取り、座布団の上に座って吸い始める。
花子も、テーブルを挟んだ涼香の正面にある座布団に座った。
「……というか、これ開封済みだな。もしや……吸ったか!?」
「…………ちょっとだけです。他の皆さんには、内緒でお願いします」
花子は照れくさそうに答えた。
「ほう……その事実がファンにバレたら、発狂ものだろう。まぁ、批判の標的は私になるだろうから、バラす理由はない」
涼香は一度、タバコの灰を灰皿に落としてから、再び口に咥える。
「しかし、ハイライトのレギュラーとは珍しい銘柄を選ぶ。メンソールの方なら、イケイケの大学生も吸っているという噂も耳にするが」
「……聖也くんが吸っていた煙草が、それなんです」
花子は、聖也と再会した際に彼が吸っていた煙草を記憶していた。
パッケージを見たわけではないが、タバコ本体のフィルターに銘柄が印字されているタイプだったため、それを見ていたのだ。
「一口だけ横取りして吸ったとき、スースーしなかったので……」
「なるほど……その時にタバコの味を覚えて、忘れられないと。聖也も罪な男よの~」
「味がいいというよりは……それを吸っていると……聖也くんを思い出せるから……」
「…………前々から気になっていたんだが――」
涼香はついに、花子へ禁断の質問をぶつける。
「花子……お主、聖也のこと好きだろ?」
「…………」
彼女の問いに、花子は黙って頷いた。
「ほうほう、良いことを知ったな! だが正直意外だな。聖也には申し訳ないが、イケメンって言えるほどイケメンじゃない、彼に惹かれるか。学校にも他のイケメンはいたし、アイドル業を通じてたくさんのイケメン俳優や金持ちの社長、神業を持つヤベー奴と出会ったのに、聖也を選ぶのか? 花子は私以上に可憐でモテるのに」
「聖也くんに並ぶ格好いい人とは、出会ってないです」
「言い切るか!?」
「聖也くんは、自分がどれだけ傷ついても、弱音を吐かない強い人なんです。猫を助けた時に怪我をしても、猫が無事なことに安心してて…………迷子の子供助けた時も、親から不審者扱いされ罵られても、聖也くんは怒ることはなかったです。普通の人なら、愚痴を一言零すんですけど……」
「本当に、お人好しだな」
「そうなんです。私の知らないところでも、私を守るために戦っていたみたいで……私の両親が有名人だったのは、知ってますか?」
「あぁ、父がバンドマンで、母がアイドルだったって聞いたことはある」
「それが理由で、私が高校の時からトラオムの人たちに狙われていたんです。その人たちと、聖也くんは当時から戦っているんです。それを知ったのが結構後のことで……私、ちゃんと恩返し出来てないんです」
花子は涼香が持っていたタバコのパッケージから一本奪い取り、コンビニで買ったライターを取り出して吸い始めた。
純粋そうな彼女がタバコを吸う姿は、聖也のような見苦しさはない。むしろそのギャップで、ファンが増えそうだ。
「それだけじゃないんです。私がこうしてアイドル業界――ううん、音楽業界に足を入れられたのは、聖也くんのおかげでもあるんです。高校時代から作曲を始めて、一番最初に作った曲を、一番最初に聞かせたのが、彼なんです。聖也くんは優しいから、仮にダメダメな曲でも褒めてくれるとは思っていました。けれど……聖也くんは…………泣いたんです。私の曲を聞いて」
「……和人から聞いたことある。聖也は音楽好きで、こだわりが強すぎると。その彼が泣くのであれば、相当出来が良かったんだな」
「はい! その曲をアレンジしたものが、『君の隣に咲く花』なんです!」
その曲は、花子がアイドルデビューして、初めて出した曲である。
「聖也くんは……私に夢を与えてくれたんです。……先輩だけに、話しておきます」
「?」
「もう少し経ったら私……アイドルを卒業するつもりです」
「なんと!?」
トップアイドルとして活躍する花子が、早くも卒業を考えていたのだ。
「卒業した後は、アーティスト活動に専念したいと思ってます。拓真さんたちには申し訳ないんですけど……アイドルになったのも、アーティストになるための売名が理由なんです……」
「お、おう…………私も金が欲しいだけだから、気にしなくていいぞ」
(えっ、天然少女がそんな理由でアイドル活動してたの!? こう思っちゃ花子に悪いが、意外と考えて行動してるんだな……)
「アーティストになった後も、護衛が必要になります」
「そうだな。今のご時世、有名人はどんな職業であれ護衛が必要な時代だからな」
「その護衛を……聖也くんにしてもらいたいんです」
「なるほど……だから、今からでも彼を事務所に勧誘しているわけか……というか、そこまで聖也が良かったのなら、最初入るときに指名すれば良かったんじゃないか?」
「当時の社長が許してくれなかったんです。当時から拓真さんが社長だったら、通ったとは思うんですけど……」
「そっか。私の運が良かっただけなのか」
「色々と護衛が変わっていく中で、一番長くいるのが零さんですね。零さんもいい人ではあるんですけど……ずっと傍にいるなら、聖也くんの方がいい。最終的には、ライブをしなくてもいいくらいお金が手に入ったら、聖也くんと静かな場所で穏やかな暮らしをしたいんです」
(そこまで考えているのか花子!? 偉いな!? 私なんて、適当に金稼いで、適当に和人とダラダラしたいとしか考えてなかったぞ!? というか話を聞く限り、根本的に芸能活動している理由、私と一緒なのか!?)
「ここまでしないと、聖也くん無茶を続けちゃうから……彼に長生きしてほしい。幸せになってほしい。だから私は、作曲家として聖也くんを…………養いたいんです!」
「うひょぉ――!? 好きな人をヒモにしたいと言ったぞ!? 恵まれてるなぁ聖也殿!!」
花子の口から放たれた言葉に、涼香は思わず立ち上がる。
「うぉぉ和人ぉ!! 私のこともヒモにしてくれぇ!!」
すると涼香はベランダに行き、隣に住んでいる和人へ向かってそう叫んだ。
この時間帯に、彼がベランダでタバコを吸っている習慣があることを見越しての行動だったが――
「――あれ?」
隣のベランダに、彼の姿はなかった。
「おかしいな……」
「どうかしました?」
「いや、この時間は決まって蛍族してるはずなんだが……」
ちなみに蛍族とは、マンションなどの集合住宅のベランダで喫煙する人のことだ。
換気で戸を開ける他住民のことを考えると迷惑なので、キッチンの換気扇下で吸うのが無難である。それはそれで通気口から外に出た煙の臭いを嫌に思う住民もいるため、喫煙者の肩身は狭い(そもそも吸うなという話は置いといて)
「中でシコッてるのかも。合い鍵があるから覗きに行くか」
「賛成~!」
「証拠写真も撮っておけ。次聖也に会った時、『お前の義兄の自慰動画が拡散されたくなきゃ、護衛に付け』って脅せるからな!」
アホみたいなことを言いながら涼香と花子は、部屋を抜ける。
そして合い鍵を使って、和人の部屋を開けようとした。
「――あれ?」
しかし、扉が開かなかった。鍵を開けたつもりが、逆に閉めていたのだ。
「鍵、開けっ放しでしたね」
「…………妙だ」
涼香は再度鍵を回し、扉を開けた。
「…………」
リビングに入るも、中に和人の姿はない。
念のためトイレと風呂場も確認するが、和人はいなかった。
「和人くーん? ……いない?」
「……この時間に黙って外出するとは思えん…………嫌な予感がするぞ……」




