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エンビースターズ ~そのアイドルは残り火でヤニを吸う~  作者: 白沼 雄作
第二章 その偽善者は歩み続ける。聖者の行進を。
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第十三話 ドキドキ♥初ライブ!

 花子のミニライブ当日。


「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」


 花子は来てくれたファンの皆に笑顔で手を振る。それと同時にファンから野太い歓声が響き渡る。

 ライブ会場は、駅前にある公園の野外ステージ。

 ドーム公演などと比較すると集客人数は限られるが、トップアイドルのライブとなると満席は当然。少し離れた場所で見ているファンも少なくなかった。


「花ちゃん! 俺だぁ!!」「俺の子供を生んでほしいぃ!!」「ここからでもいい匂いがするぅ!!」


 ファンの多くは男性。普通の人間が聞いたならばドン引き間違いなしの発言を、花子のファンは連呼していた。

 花子はそれに嫌な顔を一つ見せず、「ありがとう!」と返している。端から見れば思考を止めて営業しているか、ファンをイケメンに置き換えているかと思うだろう。実際のところ、どんな精神でアイドルしているかは、本人にしかわからない。



「聖也がアイドル界隈に入りたくない理由わかった気がする……もしあいつがいたら、あのファンどもが血の海に沈んでそうだ……」


 ファンの狂気染みた歓声を、ステージ裏で聞いていた和人。


「お前はどうなんだ和人?」


 隣でそれを聞いた涼香が訊ねる。


「私に対しファンが『涼香たんの体舐め回したい』って言ってたら」

「全身の皮を舐め回すように剥がす」

「お前もお前で野蛮だな。このライブの後に握手会があるんだが、殺戮会にならないことを願う」

「冗談だ。そもそも、お前が真面目に握手会をする未来が見えねぇし……」


 和人は涼香の方を向く。

 彼女はステージ衣装を身に纏っている。普段の彼女からは考えられないキュートな服装で、フリルが沢山付いたワンピースを着ていた。


「どうした? 興奮してるのか?」

「んなわけ。そんな服はお前に似合わねぇなって思っただけ」

「それは私も思ってる。どうやらこれは、ファルベ所属アイドル共有の衣装みたいだ。専用衣装を獲得するには、もう少し実績を積まないといけないらしい」

「なんだその、ソシャゲみたいな言い回しは」


「涼香さん。そろそろ出番なので、準備をお願いします」


 そう声をかけたのは、花子の護衛兼プロデューサーの零だ。


「さて、行ってくる。嫉妬で()()()()するなよ」

「誰に嫉妬するって? お前の一番近くにいるのは、いつも俺だろ」

「意外にもキザな事言えるんだな。それを聞いて安心した」


 涼香はステージ横の踊り場で待機する。



「今日は私の先輩にも来てもらいました! 涼香先輩!」


 花子が呼びかけると、涼香は表舞台に歩いて登場する。

 その刹那――ファンからの歓声が上がった。


「生の涼香たんだぁー!!」「配信で見るよりメッチャ可愛い!!」「中指立ててぇ!!」


 意外にも涼香を受け入れる歓声も響いていたが――


「クソチビが出しゃばるなぁ!!」「お前のせいで最近の花ちゃん、変なんだぞぉ!!」「私の弟があなたのせいでタバコ吸い始めたのよ!! 責任取りなさい!!」


 日頃の行いが悪かったため、アイドルのライブ会場とは思えない罵声の声も飛んでいる。


「涼香氏に何行ってんだお前!」「あんなんマジになる奴の方がおかしいだろ!」「お前の弟さんの趣味、業が深いんじゃない?」


「は? あのちんちくりんを擁護するの?」「不快なもんは不快って言って何が悪い!」「何よ! 私の弟がロリコンとでも言いたいわけ!?」


 すると、今度はファン同士で言い合いになり始める。


「み、みんな喧嘩しないで……!」


 花子がファンを落ち着かせようとしたが――


「花ちゃん困ってるだろ!」

「先に困らせたのはそっちだぞ!!」


 火に油を注ぐ形となってしまい、状況が悪化してしまう。


(予想以上の地獄絵図が広がってるな……)


 ファン同士の喧嘩が収まらない中、和人は涼香がどう動くのか見守っていた。

 恐らく、彼女の行動がこの後の進行を左右するだろう。



「――――あの、もう帰っていいよ」



 流石は茜宮涼香。炎上地帯に爆弾を投下していく。


「お前ら、入場料は払ったんでしょ? 正直、私は金さえ貰えれば歌なんて聞かれなくていいから。ほら、帰った帰った」


 涼香は払いのける仕草をした。

 挑発的な態度を見せる彼女に、当然ファンは激昂する。


「何偉そうなこと言ってんだ!!」「てかこのライブは花ちゃんのライブだろ!」「お前こそ帰れ! ヤニカスゴミムシがぁ!」


 ファンたちは手に持っていた物を次々と涼香に向けて、投げ始める。

 涼香は涼しい顔をしたまま物を避けつつ、躱すと花子や他のファンに当たりそうな物だけを掴み取り、和人の方へ投げ飛ばす。


「いや俺へ投げる必要はねぇよな!?」

「いてッ!」


 時々狙いを見誤り、和人の隣にいた蓮次郎に当たることもあった。

 それに構うことなく、涼香はファンの方を向く。


「こんな挑発如きでムキになって、チンパンジーかお前ら? ……だが、それでいい」


 涼香が唐突に語り始める。


「お前ら、どうせ人生の鬱憤が溜まってるんだろ? それを他人にぶつけては、その人も鬱憤が溜まってしまう。悪循環が繰り返されるだけだ。そこで、私だ」


 彼女は何気なくタバコに火を点け、吸い始める。


「よくわからない他人でもなく、身近な知り合いにでもなく、私にその鬱憤をぶつけろ!! もちろん、私は私で腹が立つので、中指を立てさせてもらいけどなぁ!!」


 両手の中指を立てたところで、涼香のデビュー曲のイントロが流れ始める。

 ロックバンドもドン引きのMCを終えた涼香は、吸い始めたばかりのタバコを和人の方へ投げ飛ばし、花子からマイクを奪い取る。


「何? 音響の人と打ち合わせしたのか?」


 自然(?)な流れで歌い始めた涼香に、和人はタバコを受け取りながら呟く。

 花子は自然な動きでステージ裏にいる和人たちの元へ合流する。


「流石先輩だね!」

「いや、一歩間違えればボコボコにされてたぞ、あいつ」


 和人はタバコを吸いながら、涼香を見る。

 案の定、物が飛び交う中で歌っているが、彼女は難なく躱しながら、音程を外さずに歌っている。

 彼女のデビュー曲だが、スピード感のある明るい曲調で、伴奏だけ聞いていると普通のアイドルっぽい雰囲気を醸し出している。

 しかし、歌詞が全然アイドルしていない。Fワードが当たり前のように発声され、『頭蓋骨の中がゲロで満たされてそう』『自分の中指でも咥えてろ』と言ったリスナーを挑発するような言葉が散乱しており、夢を与える立場にあるはずのアイドルが歌っていい歌詞ではなかった。

 そして何よりも、これを天然アイドルとして人気の高い、花子が作詞作曲している事実が、最も恐ろしい点である。


「……花子、よくあんな歌詞書けたな」

「正直大変だったよ! あまり聞かないジャンルの音楽漁ったし、FPSゲームの暴言集も参考にしたからね!」

「暴言集で作られてるのか、あの曲…………」


 しばらく涼香のライブを見ていると、零の携帯に着信が入る。


「……結生、さん?」


 着信元を確認すると、紅藤結生の名前が。

 何かあってもいいように、零は事務所内トップの護衛としてアイドル全員と連絡先を交換していたのだ。

 今日、結生は早織と合同で写真撮影を行っている。嫌な予感を覚えながら、零は電話に出た。


「もしもし?」

『零さん! 大変です!! ヘアクラーズの人と戦闘状態になってて!!』

「ヘアクラーズ!?」

「!?」


 その単語を聞いた和人が、零の方を向く。


「早風が戦ってるのか!?」

『はい! それが、白髪の男性が来てから早風さん、押されてるんです!』

「早風が!? ……わかった。待っててくれ」


 零は電話を切ると、和人たちの方を向いた。


「あっちの方で、ヘアクラーズと戦闘になったみたいだ。早風が押されているのなら、僕が行く他ない。……ここを任せてもいいかい? 和人くん」


 零は花子の護衛を離れて、早風たちの方へ向かう決断をしたのだ。

 早風は事務所内で二番目の実力。その彼が負けそうになっているのであれば、彼を打ち負かそうとしている相手に対抗できるのは――理論上、零だけだ。


「……わかった。任せてほしい」

「ありがとう。蓮次郎くん、この後の進行は覚えてる?」

「大丈夫です!」

「僕は多分ライブ終了まで戻れそうにないから、頼んだ。そして……花子ちゃん、ごめん」

「気にしないで! 和人くんもいるし、何より早織ちゃんたちが心配だから、行ってきて!」

「うん、必ず皆を助けるから!」


 零は全速力でその場を離れ、結生たちがいる撮影スタジオへ駆けていく。


「…………」


 零と結生の通話が遠くから聞こえていた和人は、ある人物の特徴に引っかかる。


(白髪の男性……あの大鎌を持った男のことだよな? 何で早風さんと戦う羽目になったんだ……?)

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