第十二話 姉に尽くす神速の弟
「帰ってきたか和人……浮気か?」
「んなわけあるか」
花子を連れて事務所に戻ってきた和人が受けた第一声が、涼香の冗談であった。
(冗談でも花子を取ろうなんて考えねぇよ。ちょっといい感じに喋っただけで聖也が捻くれるんだぞ)
和人から得られる聖也の情報は、相変わらずマイナスなものが多い。
共有スペースには涼香たちアイドルの他に、蓮次郎の姿もあった。
「あれ……花子さん、零さんはどちらへ?」
「不審者を捕まえたから、警察に行ってるよ!」
「そうでしたか。では、私の方から明後日の行動スケジュールを確認するので、涼香さんも聞いて欲しいです」
「あい~」
涼香と花子は蓮次郎の前に立ち、スケジュールの確認を行う。
その間、和人は早風にあることを訊ねる。
「早風さん、確か早織さんと結生さんの写真撮影も明後日にあるんだよな?」
「うん、そうだね……僕一人だけど、心配しないで……」
「事務所内№2だから安心感あるし、結生さんのプロデューサーも格闘術を学んでるって聞いたから――」
「えっ、そうなの?」
和人の言葉に、早風は疑問を浮かべる。
「わ、私も初耳です!」
「えっ?」
結生もその事を知らなかったようだ。
これについて早織も口を開く。
「私も初めて聞きましたわ。プロデューサーで格闘術の経験があるのなら、噂で耳に入ってもおかしくありませんし、何より社長が人件費削減のため、そのまま護衛を兼任させるはずですわ。確か今、社長は新しい護衛候補を集めているところですし……」
「そう、なんですね……」
和人の中の違和感が大きくなる。
普通ならここで、本人からそういう話があったから、社長にもそれを伝えてみる――という流れになるだろう。しかし、ラジオ現場の襲撃があった際の妙な落ち着きを見ていた和人は、ある可能性が頭の中に浮かぶ。
「…………」
和人は周囲を見渡し、結生のプロデューサーがいないことを確認した。
「和人くん……どうかしたの……?」
「早風さん、念のため伝えておくことが――――」
※
「今日もすみません。私なんかと一緒で……」
「構いませんわ。同じ社宅ですもの」
時刻は午後五時過ぎ――
今日の予定を全て終えた結生と早織、そして護衛の早風が帰路を歩いていた。
三人は涼香たちとは別のマンションの部屋に社宅として住んでいたのだ。
「しかし、間違っても早風に惚れるような真似はしませんように!」
「姉さん……僕、今年で二十五歳だから……年齢的にそう見られることはないよ……」
「だ、大丈夫ですよ早織さん! 一応、その…………」
結生は答えを詰まらせる。
「もしや、気になる方が既にいらっしゃる?」
「は、はい……すみません、駆け出しのアイドルなのに……」
「何も問題ありません。私は新人の頃からこのスタンスを通してますわ!」
早織は早風の腕に抱きつく。
「一昔のアイドルは恋愛禁止の風習が強かった。それが今も根強く残っています。ですが、徐々にアイドルの見られ方が変わっている今、アイドルの恋愛を祝福してくださるファンが増えたのも事実ですわ。いい例として、入ったばかりの涼香さんは護衛の和人くんとイチャイチャしていますが、それを批判する声は少ないです」
(あ、あれをイチャイチャって言っていいのかな……?)
そう思った結生だが、口に出すのはやめておいた。
「ファンが受け入れるかどうかは、普段の立ち回りも関係しているかと思います。涼香さんとは対照的に、花子さんは天然故にファンサービスの刺激が強く、ガチ恋してしまう人が続出しています。彼女が彼氏を作った日には、大炎上間違いなしでしょう。結生さんは現時点では虫好きを全面に出して、同じ趣味を持つファンを増やしているので、ファンが恋愛感情を持つことが少ないかと、考えてますわ」
「な、なるほど……」
「私の場合、最初から早風とイチャイチャしているので、そんな感情を抱かせる隙を与えさせてません! もちろん、早風に恋愛感情を抱こうとしているメス――失礼、淑女方にも隙を与えておりませんわ! どのくらい徹底しているか……チャンネル凍結してでも、ディープキス耐久配信を行ったくらいですわ!!」
「そのせいで……社長に死ぬほど怒られたけどね…………」
「あ、あはは……」
涼香の配信が可愛いものに思えるほど、とんでもないことをやっていた櫨染姉弟に、結生はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「!? ――何か来る」
刹那――強い殺気を感じ取った早風は、背後を振り向く。
建物の影から、ナイフを持った男が飛び出し、結生に襲いかかってくる。
早風は素早く姉の腕を解き、目にも留まらぬ速度の回し蹴りで男の手を蹴った。
「んなッ!? 馬鹿な……!」
蹴られた事で男はナイフを地面に落とす。
この音で結生と早織は、背後に迫っていた男の存在に気づいた。
「ひっ!?」
「あら、ファンかしら?」
驚く結生に対し、早織は慣れたような態度を見せる。
「それとも組織の方ですの? 今引けば、命までは取らせませんわ」
「舐めやがって……この人数差でも同じことが言えるか!?」
男が予備のナイフを懐から取り出すと同時に、物陰に潜んでいた彼の仲間が一斉に姿を現す。
男も含めてその数、十人。
「余裕で言えますわ。あなた方が誰を相手にしているのか、わかってますの?」
「姉さん、どうする? 生け捕り? それとも……殺す?」
早風は男を睨みながら、早織に訊ねる。
男を睨むその顔は、普段の穏やかな早風が見せるとは思えない、男気溢れる表情だった。
「今は結生さんもいらっしゃいますし……万が一があってはなりませんわ。殺してくださいませ」
「承知……姉さんの、仰せのままに」
「てめぇ、本気で言ってんのか!? やっちまえ!!」
男達が一斉に早風に襲いかかる。
三人同時に振りかぶるナイフを、早風は一度の回し蹴りで全て宙に浮かせる。その間、最初に男が地面に落としたナイフを拾い、宙に浮いた三つのナイフが地に着く前に、三人の首を斬る。
「がッ…………!」
三人の男は悲鳴を上げることも出来ず、三つのナイフが落ちると同時に倒れた。
「っ!」
「結生さん、無理して見る必要はないのですよ?」
目の前で血飛沫が飛び、人の命がなくなっていく様を見るのは、耐性のない人には辛いもの。
慣れている早織に対し、戦場を見た経験が浅い結生は吐き気を催していた。
しかし、彼女は目を背けない。
「大丈夫、です……今後アイドルを続けるためにも、慣れておきたいんです……」
「無理はしないでくださいね。本来、アイドルが血生臭い現場を見る必要なんてありませんの。それを強要させている、現代が狂ってるだけなのですから……」
「あいつ、速ぇ!!」
「接近戦に持ち込むな! 銃を使え!」
残り七人となった男達は、芸もなく一斉に拳銃を取り出す。
「全部裁くのは無理だ……姉さん、結生さんをお願い」
「もちろんですわ」
早織の声を聞くと同時に、早風は風の如く駆けだした。
男達は早風に向けて弾丸を放つ。早風は可能な限り弾をナイフで弾き、防げないと判断した少数を躱した。躱した弾丸の中には、結生に向かって飛んでしまうものもあった。
「きゃっ!」
弾が当たる金属音に、思わず悲鳴を上げる結生。金属音が響いたように、弾丸は彼女の体に命中することはなかった。
彼女の体に当たる前に、早織が紅茶の入ったティーカップで弾丸を防いだのだ。
信じられない光景だが、早織のティーカップは防弾仕様となっていた。特注品という訳ではないのだが、正確な理由は追々。
「私も長年アイドルを続けている身。弾丸を見ることなんて、朝飯前ですわ」
「えぇ……」
結生は安心よりも先に、困惑が来てしまった。
その間にも、早風は男の懐に入り、左胸をナイフで貫く。
それとほぼ同時に男から拳銃を奪い、男三人の頭を撃ち抜いた。
「クソ! 化け物かよ!!」
「《アインスター》じゃねぇんだろ!? 何だよあいつ!!」
残り三人。二人の男が拳銃の引き金を引こうとするが――
「――遅すぎる」
それよりも速く早風が二人の間合いを侵略。一人の左胸にナイフを突き刺し、その男の懐からドスを奪い、もう一人の男の首を飛ばした。
「ひ、ひぃ……!!」
最後の一人は情けない声を上げ、早風から逃げようとする。
「姉さんたちを狙おうとしたんだ――」
だが早風は情けをかけることなく、最後の一人の正面に立ち、
「――あなたは、死ぬべきだ」
ドスを左胸に突き刺し、男たちを一人残らず殺した。
「…………」
「お疲れ様です。家に帰ったら……グヘヘ」
「何を興奮してるんですか!?」
褒美を与えようとしてるのは分かるが、何故か早織の方が興奮していることに、結生は戸惑うしかなかった。
「姉さん、その前に警察に通報しないと。人数が多いから……今日は家に帰れるかどうか……」
「それは困りますわね! 知り合いの方に死体処理してもらった方が早いかもしれません!」
「相手が悪くても、証拠隠滅はマズいですって!」
「……あれが櫨染早風…………正面から勝てる気がしねぇ」
三人の姿を、遠くの建物から見ている謎の男がいた。
「ただの構成員だけだったとはいえ、俺の部下をあんなにあっさりと全滅に追い込むか……内通者から情報を貰わなかったら、勝てなかったかもしれねぇな」




