序章2
日直という役職はいったい誰が考えたものなのだろうか。
いかんせん、やることが多いし、その一つ一つが面倒くさすぎる。
俺が首相になったらまず間違いなく日直という文化を世界中から消し去るだろう。
それぐらいには日直という仕事は嫌いだ。
理由なんてまだまだある。
さっき言った仕事が面倒というもの一つだが、それ以外に。
例えば、男女のあれこれや。
例えば、人間関係のいざこざとか。
普段のクラスでは分からない、複雑な関係が露呈するこの時間が心の底から嫌いだ。
俺は教室のドアを開ける。
中は無人ではなかった。
すでに時刻は17時近くに迫り、もう少しでカラスと一緒に帰る時間だ。
もちろん、授業などはとっくに終わっている。
この教室は部活動で使われているわけでもないため、こんな時間にまだ生徒が残っているというのはなかなかに珍しいことだ。
……まあ、俺が寝坊するのと同じくらいには……。
だからクラスの女子3人がまだ残っていたことに俺は面食らった。
面食らって、立ちすくむ。
たとえ、同じクラスメイトであろうとなかろうと、俺が他人、特に女性とまともに話せないのは当たり前である。
故に、声が出ることもないし、変な奇声が上がることもない。
誰もいないと思っていたがゆえに、人がいたことに驚きすぎてただ立ちすくむ事しかできない。
「だれ」
なんとなく冷たい感じの声がかかる。
ドアの音で俺に気づいた女子の一人が俺を見て問いかけた。
ショートヘアで鋭い眼差しを向ける一人の女子。
俺はその女子を知っている。
確か、苗字は姫川だったはず。下の名前は、知らん。
先輩の男子からも人気らしく、他校の先輩彼氏がいるらしい。
全部又聞きした話だし、何しろ自分から何か情報収集したことでもないので曖昧だ。
だが、その少し鋭い目つきと強気な姿勢から俺は「絶対に関わりたくないリスト」に今しがた追加しておいた。
そんなラスボス(俺の勝手なイメージ)を前にして、勇者、勇柚はどう動くのか。
「に、日直の仕事で……」
楽勝に、余裕できょどりながら用件を伝える。
何が勇者だ。そんな大層な勇気なんてあるわけないだろ。
「あっそ。あたしたち邪魔ってこと?」
まあ、正直言って。
うん、邪魔。
だって、気まずいし。普通に嫌だ。
ただ、そういうことは言わないでおくというのがマナーというものだ。
心にとどめておく。余計なことは起こさない。
いつもやってることだろ。だからいつも通りにすれば……。
「そうかな……」(そんなことないよ)
「……は?」
「え?」
変な時間が流れる。妙に静かな空気を吸い込むと少し突き刺すような痛みが胸に走った気がする。
おっかしいな。俺は確かにちゃんとそうかなって言ったんだけど。何か……。
ん。
そうかなって言った?
つまりはあれか。
邪魔か? って問いに対してそうだよって答えたって。
つまりそういうことか。
なるほどなるほど、……なるほどなぁ。
え、あれ? するってーと?
これってもしかしなくとも……。
ミスったってやつか?
なるほど、俺は他人とかかわるのをやめていたら、いつの間にか会話が下手になっていたらしい。
「あっと、えっと、そういう意味ではなくてですね邪魔というか俺自身が邪魔だったかなっていうか場違いなのは確実なんですけど口にするつもりがなかったといいますか反対になったといいますか本当に他意はないんですよええ全く本当に」
あ、俺ってこんな早口で喋れたんだ。
よくもまあこんなつらつらと。
そんな今どうでもいいことが浮かぶくらいには冷静さを保って、保って……いられるかよ。どうすんだよ、これマジで。
でもおかしいな、さっきより空気が悪くなってる気がする。
また余計なこと言ったか、俺。
俺の弁解を聞いてさらに視線が険しくなったが、その鋭さはすぐに元に戻る。
戻るっていったって元から睨まれているようなものだが。
それでも何とか窮地を脱したって感じか?
「まあ、いいよ。もうやることないし。いくよ」
姫川は座っていた机から降りると、他の二人に声をかけて教室のドアへ足を向ける。
何とかやり過ごしたと、胸をなでおろそうとしたその瞬間。
「あと童貞丸出し感あってきもいから一生喋んな」
…………………………………。……………………………………。
バタン、というドアの閉まる音を聞いてようやく自分が尻もちをついていることに気が付く。
人が安心したときに不意に話しかけてくるなよ。
びっくりして尻もちつくんだから。
あと童貞は余計だろ。
別にいいけどね。ちょっと気になる一言はあったけどそれよりもやらなきゃいけない日直という仕事があるんだ。
でもまあ、気になることがあるのなら、解消しておくのが吉というものだな。
さっき、姫川は言った。「もうやることないし」、と。
つまりは俺が来る前、もしくは教室に入った段階ではあったわけだ。
謎のやることというものが。
「ごめんなさい。変な意味はないから少し見させてください」
取りあえず断りを入れて、心の中でセルフOKをもらってから机の中をのぞく。
大体の机は置き勉してある教科書やノートでぎっちぎちになるはずであるが、その机はとある事情からそんな悲惨とも呼べる事態にはなっていなかった。
むしろ、綺麗に整頓されていて、無駄な物は一つもない。
俺はその中で、一番上に置かれていた教科書を引っ張り出した。
なんの変哲もない、ただの数学の教科書だ。勿論、タネも仕掛けもあるわけがない。
俺はそれとなく教科書をひっくり返して裏面を見た。
名前が書いてある。当たり前だ。俺だって教科書の裏には自分の名前を書いている。誰だってそうだ。
だけどこの場合は当たり前であって当たり前じゃなかった。
それは確かにおかしいものだ。
俺はそれが確かに異変だと気づきながらそっと元に戻す。
しわ一つ変えないようにきっちりと。
なんだか悪いことをしている様で少しだけ罪悪感が湧いたが仕方がない。気になっちゃったんだもの。
取り敢えずは見なかったことにしておくけど。
おそらく、無視はできそうにない。
今更見るんじゃなかったと後悔したがもう遅い。
どうしたものか。
カラスが帰ろうと誘ってくる音が聞こえる。
いつの間にか時間は過ぎていた。
帰ろう。
いや、その前に、日直の仕事を終わらすべきだ。




