第五話 使者
「どういうことだ!!!今までのヘイロネア兵の剣術は我々と同じようなものだったのに!!今まで見たことのない動きをしているぞ!!どうするのだ娘!!」
殺しなんて嫌だと甘っちょろい気持ちだと自分たちがやられてしまう。そんな光景を私は見ていた。戦況が見える比較的安全な部屋にいるが、遠目からでも一人一人の顔まではっきりと見える。
血が飛び散ったりするようなグロテスクなものは本来平気だから問題ないが、目の前で敵味方関係なしに死んでいくのはショックだ。
だけど私はアーシャルバー代理だ。この国の命運を任されている。
敵にも大切なものたちがいるように、私たちにも大切なものがある。それを守らなければならない。
敵は殺す気で来ているのに、戦争は嫌だなんて言ってられない。それ以前に、命の防衛本能が働く。
「黙れ将軍!!!苦境に入った時ほど冷静でなければ判断を誤る。・・・あの動き、どこかで見たことがある。それに、私の国と違う攻め方もあると思っていましたが、私の知っている攻撃ばかりだわ。」
自分に言い聞かせるような口調で言い、頭を落ち着かせた。
「何!?ではどうするつもりだ!!」
「その前に将軍、言葉を改めてもらいましょう。私はアーシャルバー代理。すなわちアーシャルバーと同等の権限を持っているものです。ということはどういうことかわかりますよね、将軍より立場は上です。」
「こ、小娘ごときが私になんて口を!!!」
「何度言わせるつもりですかザーナ将軍。口のきき方には気をつけなさい。・・・それに今はもめている場合ではありません。将軍、貴方ならわかるでしょう。将軍の貴方が代理の私を敬わずに、どうして兵がついてきましょうか。貴方のおっしゃる通り、一給仕使用人ごときがアーシャルバー代理に急になったからと言って、私を信じて付いてきてくれる者は皆無に等しいでしょう。この戦時下、兵の心が割れることは負けを意味します。・・・わかってくださいますよね。」
将軍の目を見て問いかける。
将軍はいわゆる単純明快な一直線攻撃型で、情にもろく、熱血野郎でちょっと頭が残念。だけど単純な分丸めこみやすい。つまりは扱いやすいということだ。だが兵の士気を盛り上げたりするのが上手で、突撃の時などはあまりの恐ろしさに敵は逃げ出すこともあるというほどの扇動能力を持っている。
そこをうまいこと利用すれば、何とか勝てるかもしれない。なにせこちらは圧倒的に不利なんだ。
因みにこの情報源は宰相さんだ。
「・・・お前はそんなことまで考えていたのか。・・・今までのご無礼を許してほしいユーコ殿。私にできることなら何でもしよう。何なりとご命令を。」
感極まったように将軍は言うと、私の前にひざまづいた。
ホントに単純すぎる。百万の布団騙されて買っても、アレは騙されたんじゃなくて欲しかったから買ったんだ。あいつは人をだませるような奴じゃないって、ちょっと優しくされただけで詐欺師をかばうタイプだ。今時の日本じゃ絶滅危惧種だわ。
窓の外を覗きながら私は考えていた。こちらの世界は、兵士はたくさん訓練はするが剣技を追及するという概念はないらしく、試合などは唯の棒ふり合戦のような感じだ。力かスピード勝負で技術はそんなに高くない。お互い今までそうだったらしいが、ヘイロネア兵一人一人がとてつもなく強くなっているらしい。
先ほどから幾度となく城下町の中にはいられそうになっているが、準備のおかげで何とかなっている。向こうもこんなに長引くとは予想外のようだ。
でも一、二人のヘイロネア兵に城壁にのぼられると、私たちの兵士四、五人でかからないと太刀打ちできない。
戦った兵からの報告によると、よくわからないが翻弄されっぱなしで多勢で一気にかからないと敵わなかったほどらしい。しかも剣の形が変わっていたとも言っていた。細いのに折れないと。敵から取り上げたその剣を持ってくるように頼んでおいた。もうそろそろ来るころだろう。
いつ城壁を越されるかと冷や冷やしながらも、ヘイロネア兵が城壁にたどり着いて私たちの兵と戦う様子を見ると、どこかで見たことがある動きなのだ。
「あの立ち方どこかで・・・いやまさか、そんなはずは・・・ありえない」
「失礼しますユーコ様!!!敵兵から没収した剣をお持ちいたしました!!どうぞ。」
「ありがとう。」
兵士にお礼を言って、布に巻かれた剣を見てみると言葉を失った。
なぜありえないと言い切れるだろうか。
私がここにいるように、同じく飛ばされた人間がいてもおかしくないというのに。
剣は日本刀だった。どこからどう見てもだ。恐らく、日本刀や戦争に関する知識と、武術を習得している者が私のように飛ばされてきた。かなり日本人の可能性が高い。
しかも、ヘイロネアがこの戦争をしかけてきた原因の一つかもしれない。少なくともここ2、3年以内の最近にその人が飛ばされてきてヘイロネア国の中枢に関わり、兵士たちを鍛えたのだろうか。
その技術をこの短期間である程度ものにさせることができた。だからヘイロネアは宣戦布告もなしに徹底的につぶしにかかってきたのだろうか。国力が五分五分だった前とは違い、今はその人がいるおかげで勝利を確信した。なによりヘイロネアは自分大好きなお国柄らしいし、野望もある。
中枢である首都をつぶしてしまえばこの国は簡単に手に入る。
いや、憶測で物事を進めるのは危ない。・・・・・でも私の考えが正しかったら?
「そこの貴方!すぐにアーシャルバーと各大臣をこの部屋に呼んでください。」
「はっ!!」
一礼して部屋を出ていく兵士を見送り、ノート片手にこれからどう反撃に出るかを考えた。
兵糧攻めを長期間続けられたら分が悪い。しかも向こうも長期戦がこちらにとって不利なことがわかっているので、五万近くの大軍を率いてるのに一気にかかってこず、五千ほどの兵をけしかけてきてちょこちょこと損失をあたえてくる。
恐らく、チームに分けて順番に攻撃することによって兵士を疲れさせないで、なお且つこちらの気を散らすつもりなのだろう。
急に扉がひらくと、ゾロゾロ連れだっておえらいさんたちがやってきた。
「本当はこちらから伺わなければなりませんが、今回はご勘弁を。実はヘイロネアに使者を遣わそうと考えています。いかがお思いになられますか?」
「なんですと!?それは危険だ。使者は生きて帰ってはこれぬだろう。」
国土大臣が反対の意見を唱える。だが、それくらい私もわかっている。
「和議という可能性にもかけたいのです。・・・かなり低い確率でしょうが。ヘイロネアに派遣することが無理なら、ヘイロネア軍の一番偉い方と話ができればいいです。」
アーシャルバーと大臣たちはひとしきり話し合うと、私に向って訪ねてきた。
「可能性があるならそれにもかけたいと?」
「はい。受け入れられればそれはそれで終わりですが、この和議が受け入れられない場合のことももちろん考えております。」
「受け入れられなかった場合の作戦とは?」
「ゲリラ戦を決行するつもりです。具体的には、敵の補給路や通信網の遮断、妨害などを行い敵を孤立させるつもりです。そのために今、地下トンネルを男以外の女子供にも手伝ってもらっていることは知っていますよね。向こうも長期戦のつもりでしょうが、こちらもそのつもりです。きっと予想以上の長期戦になった場合、応援をを呼ぶはずです。それをゲリラ戦によって阻止します。もし食糧支援などの場合はこちらがそれを頂けばよろしいです。兵たちから不満でも出れば撤退するしかないでしょう。」
この世界の戦争は、大体一日二日で終わる。長期戦といっても数週間分の生活用品しか持ってきていないという情報だ。こちらは三か月は耐えれるほどの食料等を持っている。しかも城下町の外に広がっていた畑は、こちらにも痛手だが焼き払った。
やはり生きているものは空腹には耐えれないだろう。
奇襲も考えていたのに、交替で襲ってくる兵士のせいでこちら側にはそれを行う元気もなし、決行する隙もない。きっと交替で休ませずに襲ってくるだろう。
とにかくトンネルが出来ない限り、こちらは防御に回り続けるしかない。
幸いにも、向こうにはトンネルを掘るという考えはないようだ。
「・・・何人か集めよう。その代り立候補制ということで。立候補するものがいなければこの話は無しだ。良いな、ユーコ。」
「御意。アーシャルバー。」
「これは希望制です。やりたくなければやらなくて結構です。ヘイロネア軍に和議の申し出をするために、使者を遣わすつもりです。」
私の一言に、この部屋に呼ばれた男たちの周りの空気が凍った。
「・・・・・・誰か死ぬ覚悟で行ってくれるものはいないだろうか。こちらもなるべくその方のために、安全確保をするつもりです。」
しばらくみんなが黙ったままでいると、一人の鳥頭が私の前に進み出た。
「その役目、私にやらせてはいただけませんでしょうか。他の者には家族がおりますが、私は三年ほど前に母を亡くしてから天涯孤独でございます。恋人もおりません。友人たちはみな心配してくれるでしょうが、他の者たちに比べると死ねない理由が少ないのです。それにこの国を守るために死ぬのであれば本望です。」
「ほんとによいのですか?後悔していませんか?死ぬかもしれないのですよ?」
「一度決めたことを取り下げるつもりはありません。」
私の目をみてしっかりとした口調で答えた彼にゆっくりとうなずく。
「あなたの名前は?」
「コルトでございます。」
「アーシャルバー代理の命により、コルトをヘイロネア軍への使者に任命する。・・・必ず生きて帰れるように努力します。」
はじめはみんなに聞こえるように大声で、後半はコルトにだけ聞こえるほどの大きさで宣言をした。
すぐさまコルトに準備に移るように命じる。
そして何本かの矢を、攻撃が止まっているわずかな間に敵の本陣に矢文として放った。
「よし、受け取ったのね。」
「はい。最初は攻撃と勘違いしたようですが、矢に付けられた紙に気づきそれを上官と思われるものにすぐさま見せにいきました。」
矢文に書いた内容は要約するとこうだ。
我々には戦意がない。そちらの国と良い関係を築いていきたいのだ。
そのため、そちらに一人使者を遣わす。和議についてその使者と話をしてほしい。
和議についての話合いをそちらが受け入れようが受け入れまいが、使者が帰ってこない、殺してから我々に突き返す、またはけがをして戻ってきたとなれば、貴国の軍を無事で返すつもりはない。
そちらは宣戦布告もなしにこの戦を開始し、新たな戦術等を取得したつもりで我が国を滅ぼしにかかったようだが、貴国にその知識提供者がいるように我が国にもそのような人物がいるというのを伝えておく。それを一番実感しているのは貴国であろう。
くれぐれもご英断を誤らぬように。
「コルト・・・どうか無事に良い結果を持ち帰ってきて。」
祈るように目を閉じた。
こういう戦争ものは、頭悪いので戦略とか考えられません。orz