第010話 転移十六日目 一
農業用ドローンとお酢を使って狼達を森へ撃退した次の日。
虫や野生動物を寄せ付けない透明な壁の安心感もあり、気を抜いて久しぶりに休みにする事にした。
昨日、様子見の為にキャンプ用の椅子を出した際に、落ち着いたら庭でお一人様バーベキューなんか良さそうだと脳内で企画していた。
午前中を使って焼く食材や飲み物等を準備して、昼に掛けて悠悠自適に開催するつもりだ。一人だからコスパが悪いとかは考えない。
お一人様バーベキューの準備を始める。
横置き冷凍庫を開けて思い出したのさ、「俺は何故高いからと言って牛肉を買っていなかったのか」と、後悔したけれど今更何を言った所で変わらないので、この気持ちを豚肉と鶏肉にぶつけることにした。
結果、目の前のトレーに乗った大量に塩コショウ、タレで下拵えしてしまった豚と鳥の肉の山。あと野菜少々。ちなみに櫛には刺さずトングを使って網の上で豪快に焼いていく所存。野菜が少ないのは肉食系男子だからだよ、正直、魔法使いな童貞でも肉は食うんだよって言わせんな恥ずかしい。
一人で食べ切れない量を用意してしまったけれど、食べ物を残すのは我が家の家訓に反するので、肉になった豚や鳥に感謝しつつ時間を掛けてでも食うつもりだ。
なお、肉の解凍中に車庫から、昨日キャンプ用の椅子を置いた場所に、キャンプ用のテーブルとバーベキューセットを持ち出して庭に準備した。気分的にビーチチェアとビーチパラソルも添えてみた。買ってはみた物の使う頻度が少なく埃を被っていた物だ。
そう言えば、庭の南東の椿の生垣。ここに転移してきた時は何故か一部が低くなっていたけれど、この二週間ほどで他と高さが同じくなっていて、今はその状態を維持している。成長が謎な不思議現象。
こうして、正午に近い時間、用意した肉や野菜の食材をテーブルの上に、足元には、ビールや赤ラベルの炭酸飲料なんかが入った、クーラーボックスを置いて準備も万端に、バーベキューコンロに炭火を起こす。
炭火を団扇で扇ぎながら、取り敢えず一杯と言った感じで、お約束の缶ビールを開けて喉を鳴らしながら飲み込み、一気に空にする。
「かぁーっ、昼から酒とか最高ーっ!! ……って、なるんだろうなぁ」
僕、お子様だからビールは……アルコール全般あまり好きじゃないんだ。いや、実際はいい歳のおっさんだけれど、たまに現実逃避で飲むぐらいで、正直、未だにアルコールの美味さが判らない。
飲み会に行くと乾杯はウーロン茶だった。飲み会の始まりは周りもコレに理解を示してくれるけれど、酔いが回ってきた辺りで必ず「人生、三分の一は損している」って言葉を貰う。
余程の理不尽な絡みをしてこなければ、自分達で楽しく美味しくお酒を飲んでいる分に文句は無い。飲めないからって別に羨ましくなんてないんだからね!!
まぁ、お陰で素面で飲み会を過ごすのだけれど、会計を任せるのに最適だとよく幹事っぽいこともやらされた。損しているとはこのことを言っていたのだろうか?
……っと、イカン、イカン。愚痴になってしまった。と云う訳で、気分を変えて赤ラベルの炭酸飲料にシフトする。
炭火も丁度良さげな色合いになったのでトングを使って食材を、肉、肉、ウインナー、ウインナー、ピーマン、輪切りの玉ねぎと次々と投入する。
網の上で肉が程よく焼けた頃合を見計らってひっくり返すと、脂が炭火に落ちてジュッと白い煙を一瞬上げて、辺りに肉の香ばしい匂いを立ち込める。
こうなってくると、フライングして食べちゃってもいいかな? なんて思っちゃう。誰も文句は言わないだろうし、よーし食っちゃおう。ひょい、ぱくっ。
「……んめぇー」
……なんか涙が出てきた。冷凍だけど豚肉でこうだとすると、牛肉だったらどんなだったか、……やっぱ買っておくべきだった。俺の失われた牛肉。ロストビーフ。
赤ラベルの炭酸飲料で、口の中に残った豚肉の脂を、もやっとした気持ちと一緒に、今有る食材で楽しもうと胃袋へ流し込む。げふぅー……。
最初のひと口は先走って食べたけれど、その後は食べた分を補充して、焼き上がる合間に赤ラベルの炭酸飲料でひと息付く、を何度か繰り返した。
調味料を付けず素のまま焼いた肉の幾つかを小皿に置いて冷まして、家の居間で肉が来るのをふんぞり返って、……嘘付きました。行儀よく座って待っているチーカマへと差し入れたもした。
チーカマの前に置くと、皿の上に在る肉をスンスンと匂いを嗅いで噛り付き、ハグハグと食べ始める。普段は缶詰やカリカリ君で我慢して貰ってるからたまの贅沢もいいだろう。
俺は庭先に戻って一旦肉を焼くのを止めて、ビーチパラソルがいい感じの影を作っているビーチチェアに横になる。とても静かな午後のひと時。
連日の、外敵の侵入を阻むつもりだった土木作業に加えて、昨日の狼の襲来。それで判った現状で俺以外の何者も侵入を許さない敷地境界に存在する、とても有り難い不可視の壁。謎のバリヤーさん。ここに来て張り詰めていた緊張感から一気に解放された気分だった。
安心は出来ても、現状で日本に戻る方法も、……戻れるかすら判らない。身体を動かしていないと気が滅入りそうだ。
……そうだな。当面は外敵の侵入の心配も無くなったし、明日から敷地内の作業を始めようか。そんなことを考えながら、心地よい陽気とお腹がいっぱいになった所為か緩やかな眠気が襲ってきた。
食材はまだ残ってるんだけどな。なんて思いながら、昼食後の昼寝、シエスタをする。
俺は夢の中へゆっくりと落ちる。……落ちる。
……ズドガーーーン!! ドンッガラガッチャーンッ、バリバリバリーーーッ!! ズガガガガーーーッ!!! ドーーーン!!!
ギャ、ギャワン! ドタバタバターッ、ドン、ドン、バン。フギャーオ!! フギャーオ!! ンギャーオ!!
……あ、ん? ……なんだチーカマか、こんな朝早くに喧しいなぁ。……飯、か?
…………。
「……れかーっ! だ……か消ぼ……に……ゅう車を呼……でくれーっ!!」
……今度はなんだ、隣ん家の親父か、うるさいなぁ。
「……どぅ……家にー、しどぅーん家にー、ダン……が……っ込んだーっ!!」
……んん、俺ん家にダンプが突っ込んだ? ……なんだそれ夢、か?
「は、早く……防と救……車に連絡をーーーっ!!」
夢現の世界から徐々に思考が浮き上がり、ガバっと身体を起こして辺りを見回した。
中天に有った陽は傾いて、辺りを黄色く染め始めていた。如何やら、結構いい時間寝ていたらしい。
忘れていた記憶を思い起こさせるような夢は意識が覚醒していくにつれて霧散していく。
夢見の悪るい記憶だけが残って億劫な気分だけど、時間的にそろそろバーベキューセットを片付けないといけない。
そう思い行動に移すべくビーチチェアから起き上がり、火の消えて白い燃えカスが残るバーベキューコンロに近付く。底に残っている炭は多少の余熱が残っていて温かい。
ふと、敷地の門の方に目を向けると何かが見えた。目を凝らしてよく見やる。
……何か、じゃない! 人だ。人が倒れている!!
俺はその場に向けて慌てて駆け寄った。
我が妄想……でした。
読んで頂き有り難うございます。




