20 ヨハナ・バーグマン侯爵令嬢4
登場人物がややこしいので関係図載せときます。
《既存のゲームの組み合わせ》
王太子アラン×婚約者スカーレット
騎士団ロン×幼馴染ヨハナ
化学教師ホアン×再従兄妹アリシア
女たらしシド×義妹ソフィア
???×ヒロイン カレン
《プログラマーがくっつけようとしている組み合わせ》
王太子アラン×アリシア(ホアンの相手)
騎士団ロン×ソフィア(シドの相手)
化学教師ホアン×ヨハナ(ロンの相手)
女たらしシド×スカーレット(アランの相手)
義兄レオルド×カレン
*1部→3部→8部→11部→15部→17部→20部の順番がヨハナルートの時系列です。
この学園の食堂はフードコート形式だ。
広い敷地に食堂専用の巨大な校舎が建てられており、有名店が何店舗も出店している。
ヨハナは好き嫌いはないが食が細い。お昼はサラダかパスタ。大の甘党なのでデザートは絶対に付ける。本日も気に入りのミオーレという店でパスタとチョコレートタルトを注文した。ロンは同じ店で日替わりランチを頼んだ。二人で適当な空いた席に座ろうとしていると、
「ロン! こっち空いているぞ」
と騎士団の集まっている一角に呼び止められる。毎度のことだ。ヨハナが、ロンとカフェテリアに行っても、二人で食事することはない。騎士団の仲間や取り巻きの女の子達が集まってくる。そして、人付き合いの良いロンは「皆で食べた方が美味い」と断ることなく受け入れる。そんなロンにヨハナはがっかりしながらも、隣を死守して、ロンに取り入ろうとする女の子達を牽制してきた。しかし、今日はそんな気が全く起きなかった。
呼ばれたテーブルへ二人で近寄ると、
「ここ空いてますよ」
と騎士団にしょっちゅう差し入れに来る男爵家のクレア・サーガが、自分の隣を指してにこやかに告げる。明らかに一席しかない。二人いるのにどういう神経をしているのか。イラッときたがヨハナはそれを放って、
「こちら宜しいですか?」
とクレアの向いの空席に歩み寄った。
「どうぞ、どうぞ」
騎士団の一人が愛想良く答える。
「ヨハナ、どうした? 席をズレて貰うからここに座れ」
ロンが驚いて声を掛ける。いつもはヨハナ自らロンの隣席を空けてもらうように頼むからだ。わざと一席だけ用意している令嬢の図々しさにも、その意図に気づかないロンに対しても苛々しながら。
「いえ、わざわざ譲って頂かなくてもここが空いていますので」
ヨハナはロンに返すと「失礼します」と隣の騎士団の男に微笑んだ。ヨハナに笑顔を向けられて、男はドギマギした。ヨハナは笑うと目尻が下がり柔らかな雰囲気になる。普段の真面目でお堅い印象がガラリと変わる。これまでロン以外の男性に見せることはない表情だった。
「い、いえ……」
真っ赤な顔で口籠る男をヨハナは不思議な表情で見つめる。ロン以外は眼中になかったため、他の男性が自分をどう思うかは考えたことも気にしたこともない。
「……俺、バーグマン様と同じクラスなんですよ」
意を決したように告げる男に、
「えぇ、知っていますわ。ヨーク男爵家のランドン様」
とヨハナはやはり気安く答えた。
「覚えていてくださったのですか!」
ランドンは頬を紅潮させて興奮気味に言う。クラスメイトの名前くらい覚えていて当然ではないか。
(私ってそんなに非常識な人間に見えているのかしら?)
「えぇ、当然ですわ」
「いやー、嬉しいな! 俺みたいな汚ったない男のことを覚えてくれていて」
「汚ったない男……」
ランドンは十分爽やかな好青年だ。何故そんな風に自分を卑下するのか。冗談なのだろう。ふふっとヨハナは笑った。ランドンがぽーと見惚れる。
「えっと、あ、それ、何処の店のパスタですか? 俺いつもルーティンの店しか行かなくて」
何か共通の話題を、とランドンが尋ねる。
「ミオーレっていう店です。ここのデザートはどれも絶品ですよ」
「バーグマン様は、甘い物がお好きですか?」
テーブルに置かれたヨハナのランチトレイに目を向けてランドンが質問する。
「えぇ。本当はデザートだけ食べたいくらい」
ははっとランドンは笑った。
「じゃあ、このプリンご存じですか?」
飾りのない瓶に入った素朴なプリンだ。
「いえ」
「よろしければどうぞ」
「え?」
「グレゴリールってステーキ店のランチメニューに付いて来るんで、単品では売ってないんですよ。うちはプリン屋じゃないとか店主が変に頑固で。でも、めちゃくちゃ美味いんです」
ランドンがヨハナのトレイにプリンを載せる。昼間からステーキを食べる気にはなれないから、グレゴールという店を選択肢に入れたことはなかった。ランチメニューを注文しないと手に入らないなら自分には食べるチャンスはない。しかし、
「そんなの悪いわ」
残念に思いながらもヨハナが笑って答えた。
「俺、しょっちゅう食べているんで構いませんよ」
にこにこ告げるランドンにどう返してよいのか困惑する。たかがプリン、されどプリン。人の物を奪ってまでも食べたいわけではない。でも、
「だったら、私のデザートと交換して頂けますか?」
クラスメイトが親切にしてくれるのを無下に断る必要もない。仲良くしてくれるなら仲良くしよう、と素直に思った。
「チョコレートはお好きかしら?」
「好きですけど……」
「良かったわ。じゃあ、決まりね」
ヨハナが、再びにっこり笑うとランドンはまた真っ赤になった。ほのぼのとしたよい雰囲気だ。変に断らなくて良かったな、とヨハナは思ったが、
「ランドン様とヨハナ様は仲がよろしいのですね」
と二人のやり取りにクレアが微笑みながら言った。この女は、いつも無邪気な体で自分とロンの間に入ってくる。ロンが自分を妹扱いすることに便乗してマウントも取ってくる。反論すれば「わたしそんなつもりで言ったんじゃないんです」と返す逃げ道を用意したあざといやり方で。
(下手に反論したら思う壺ね)
ヨハナかどう返すべきが思考してる間に、
「バーグマン様に失礼だろう。不用意な発言はやめてくれ」
ランドンが強い口調で言った。男女に対して「仲が良い」とは恋仲関係を示唆するから、ランドンの抗議は常識的といえる。だが、
「ごめんなさい。わたし、そんなつもりで言ったんじゃないの」
案の定のクレアの悲劇のヒロインぶった返しに、ヨハナは「ほらね」としらけた気持ちになった。ここは学校で、社交界ほど厳しくマナーが固められた場所じゃない。ある程度は「ほんの軽い冗談だったの」が通じてしまう。そしてクレアの発言はその範疇に収まる程度。これがクレアのやり口だ。鈍いロンは「まぁ、そんなに怒ることでもないだろう」といつも笑ってその場を流す。だが、ランドンはロンと違い随分敏感らしい。クレアの方が上手なので、か弱い令嬢の冗談も聞き逃せない狭量な男の構図が出来上がってしまったが、クレアの意図に気づいて言い返してくれた。思わず感動してしまう。
「ランドン様、クレア様が不用意に発言をなさるのはいつものことなのよ。私の為に注意してくださったのに、変な空気になってしまったわね。申し訳ないわ」
「バーグマン様はお優しいですね。そんなつもりじゃなかったなんて、ただの言い訳なのに」
ランドンが思いのほか、クレアに辛辣なことにヨハナは驚いた。益々好感度が上がる。
「ひどいわ。そんな言い方……」
クレアが隣のロンに訴えかける。諍いの原因は些細な言葉の行き違い。多勢に無勢。ロンが、この場で更にクレアを追いつめる発言をするはずはない。それは正義感の強いロンの美徳であるが、恋愛面においては愚行以外のなにものでもない。
「ヨハナもランドンも、もうそのくらいにしてやれ」
ロンがいつもの調子で仲裁に入る。別にこちらにも長引かせる意図はないし、正直どうでもよかった。
「えぇ、そうね。もういいわ」
ヨハナは冷静に答えると、クレアは、
「わたし余計な一言が多くて。ごめんなさい」
とヨハナに軽く謝った後、甘ったれた話し方で、
「ロン様はお優しいですね。わたし、いつもヨハナ様を怒らせてしまうから」
とべたべた話し始めた。全然反省していないな、と思うものの関わるのが非常に面倒くさい。クレアのことは無視することに決めた。ロンと二人で勝手にしてほしい。
「ランドン様、有難う」
「いえ、俺は別に何も……」
ランドンはさっきまでの厳しい表情から一転してまたあたふたし始めた。そのギャップがおかしかった。
「そのケーキ召し上がってください。私見ですが、とても美味しいんですよ」
既にランチを食べ終えているランドンに、交換したケーキを勧める。
「はい、じゃあ、遠慮なく頂きます」
ランドンが興味深げに目を輝かせ、ケーキにフォークをさした。豪快に頬張る食べっぷりは見ていて気分が良かった。何分自分は食が細く量が食べられない。
「本当だ。美味いですね。重くなくて。ワンホール食えそう」
「ワンホール? 流石にそれは無理じゃないかしら?」
「俺は割と食いますよ。騎士団の稽古で疲れた時なんか」
「え? 本当ですか?」
ヨハナが思いのほか大きな反応をするのでランドンは笑った。代替行為というのか。ヨハナは食べっぷりのよい人間が好きだ。
「はい、本当です。いきつけのケーキ屋があって。安くて美味いんですよ。月に一回食べ放題なんてのもやっていて」
「食べ放題?」
「あ、はい。その日は、店にある品をいくら食べても一律料金なんです」
「面白いわね。行ってみたいわ」
「本当ですか? じゃあ、是非今度一緒に」
にっこり笑ってランドンが言う、と同時に、
「駄目だ。それこそ本当に変な噂が立つだろう」
とロンが口を挟んだ。ヨハナもランドンもあっけにとられた。冗談で言ったわけではないが本気でもなかった。ただの社交辞令だ。ランドンがヨハナに好意を持っていないといったら嘘になるが、ヨハナがロンに思いを寄せていることは知っている。自分が入り込めるとは思っていないし、わざわざ先輩であるロンの前で口説いたりしない。ヨハナもランドンも何も返せずにいると、
「そんな今時一緒に出掛けたくらいで噂なんて……クラスメイトと遊びに行くくらい皆普通にしていますよ?」
とクレアが鼻にかかった声で言った。さっきは喋っているだけであらぬ関係を疑ってきたのにどの口が言うのか、とヨハナは閉口した。自分達を二人で出掛けさせたいのだろう。ランドンと自分をくっつけたい下衆い思考が透けて見える。適当に上手く遇らおうと考えを巡らせていると、
「君とヨハナは違うだろう。そんなことはヨハナにはまだ早い。俺は彼女の両親から彼女のことを頼まれていて責任がある」
ヨハナより先に、ロンがいつになく強くクレアを否定した。クレアは目を見開いたが、それはヨハナも同じだった。「いや、何も違わないのだが?」という驚きで。
クレアが良くて自分が駄目な理由など何もない。確かに両親はロンに自分の面倒を見てやってくれと頼んだが、それは子供の頃の話だ。これまでロンにべったりしてきたが、幼児が保護者に庇護を求めていたわけじゃない。好きな人に対するアピールだった。だが、ロンはそうは捉えていなかったのだな、とヨハナは腑に落ちた。幼い妹が構って欲しくて甘えているくらいに感じていたのではないか。親にとって幾つになっても子供は子供。それと同じ思考をロンが自分に抱いているならば合点がいく。先ほど、ホアンに腕を掴まれていたところを目撃された為、ロンはホアンを警戒したのかと思ったが、今のロンの口ぶりからしてそれが問題だったのではないようだ。「恋人を作る」と宣言してしまったことが心底悔やまれた。例えば男関係に煩い厳格な父親にそんな宣言をする娘がいるか。色々干渉して難癖つけてくるに決まっている。「私はもう貴方なんてなんとも思っていないのよ?」と溜飲を下げる気持ちで言ったが、浅慮だった。騎士団でも剛腕で有名なロンに睨まれたら、大体の男はきっと逃げ出してしまう。
「……ただの冗談よ。私が行きたいと言ったからランドン様が気を遣って答えてくださっただけでしょ。ロンは心配性なんだから。ランドン様もごめんなさいね。ロンはどうも私をいつまでも幼い妹だと思っているみたいで」
ランドンに迷惑を掛けるわけにはいかない。ヨハナは苦笑いで場を収めた。微妙な空気の中、
「ヨハナ様みたいな可愛い妹がいたら兄として心配なのは当然ですね」
とクレアが言い、続けて、「わたしにも兄がいるんですけど」とペラペラと自分語りを始めた。いつものマウント発言を有難いと感じる日が来るとは夢にも思わなかった。クレア主導で話が進むのをヨハナは微笑んで聞いているふりをしながら、
(厄介なことになったわね)
と溜息が溢れるのを呑み込んだ。
ヨハナは天の声の予言する「運命の人」がホアンだとは認めていない。自分で他の相手を探すつもりだ。だが、ロンがこんな風では学校で相手を見つけるのは難しい気がしていた。
(一層のことお見合いでもしようかしら?)
両親は恋愛結婚である為、ヨハナにも自分の好いた相手を伴侶に選んでもらいたいと願っている。一人娘であるが、婿を取らず他家へ嫁いでも孫に承継できればいい、と貴族として緩い考えを持っていた。そのため、十七歳になるヨハナに婚約者がいないことに焦る様子もなく、むしろヨハナがずっとロンに思いを寄せていることを応援してきた。だが、侯爵家の跡取り娘で、優秀な才女、おまけに人目を引くとびきりの美人であるヨハナに見合い話がこないわけはない。ヨハナも打診がきていることは教えられていた。断りの返事をすると両親が強く勧めてくることはなかったが、もしヨハナが承諾すれば、よりよい見合い相手を選んでくれるに違いない。両親が認める相手ならば、ロンも納得することだろう。見合いも一つの出会いの方法だ。そこから始まる恋愛があっても良いのではないか。ロンと恋人になることを諦めたばかりで、正直すぐに次にいく気は起きなかった。どうやって新しく好きな人を見つけたらいいのかも皆目見当がつかなかったから。
(なんだかお見合いすることが、最善策に思えてきたわ)
ヨハナは目から鱗が落ちたようにわくわくした気持ちになった。というのも、ヨハナの元にはただの政略結婚を超えた熱烈な見合いの打診が何通も届いているのだ。
(帰ったら釣書を見せてもらおう)
ヨハナは心に決めて、クレアがロンに猫なで声で喋り続けるのをにこやかに見守った。