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〈17〉王冠《終》

『お勤めご苦労さんでした!』


 今度は妙に運動部の後輩っぽい声に起こされた。


『組の舎弟に労われた気分はどうだ?』

「何を目指してるんですか?」

『我は色々な世界を見られるので、おまえの世界の文化も少し学んできたぞ。ハッハッハ! 立派に使命を果たしたご褒美だ、ありがたく拝聴せよ』

「はぁ……ありがとうございます」


 何の親切なんだろう。親切のつもりかどうかも分からない。


「あれ? 待ってください。『平和を取り戻した国を治めるべき王を選ぶ』って使命がまだ残ってません?」


 確かアラインさんが出会った当初に言っていたはずだ。


『あぁーそれはもう別にいいかなって』

「いいんですか? 適当ですね」

『そんなことはない。初めこそ王位継承権を巡る骨肉の争いが起こる可能性があったが、さほど酷い状況にはならなかったから、当人たちに任せることにしたのだ。聖剣を与えた以上あまり干渉するのはよくないのでな』


 どういう意味? 思わず首をひねると、盛大な咳払いが聞こえた。肉体はないくせに、あるフリをするのが好きみたいだ。


『まず、我ら神格のアーティファクトは基本的に同じ性質を持っている。『世界の境界に干渉する』というものだ。我が作った聖剣は剣の形をしてはいるが能力は盾に似ており、それが存在する世界の境界を強固にすることができる。反対に、もし魔神が作ったアーティファクトがあるならそれは境界を破る能力を持つだろう。他世界を侵略するには都合が良いからな』


 つまり、アーティファクトがどちら寄りの能力を持つかは神様の性質次第ということなのだろう。


『というわけで、聖剣があるあの世界は魔界およびその他の世界からの干渉をほぼ受け付けなくなり平和になった。我の力もほとんど通用しなくなってしまったがな。だが本来、世界とはそういうものだ。他人の家のインテリアを勝手に変えてはならんということだな!』

「ふーん……。じゃあ、魔神を滅ぼすのはやめたんですね」

『色々考えたが、滅するにはあらゆる運命が整っていないため困難だ。ま、天体の運行ではあるまいし運命が最高の状態に整うことなどありえないのだが……だからといってうかつに事は起こせないわけだ』

「そうなんですね」


 ……もう干渉できないんだ。

 わたしの力ももうなくなったみたいだし、いよいよ寂しい。

 膝を抱えて座っていると、目の前に純和風のこたつが現れた。そしてテーブルの上にはみかんが盛られた陶器のボウルが。テーブルの向こうには大画面テレビが。


『元気を出せ。事後処理が終わったらよい場所に連れて行ってやるから』

「……なぜお茶の間なんですか?」

『和むかなって……だ、駄目かな?』

「いえ、別に」


 ぶりっ子の声色にちょっとイラッときた。

 わたしは仕方なくこたつに入ってリモコンでテレビのスイッチを入れた。懐かしい動作だ。でもテレビに映ったのは知ってる番組じゃなくてアストレアの宮殿内の景色だった。


「……王様だ」


 どこかの部屋で聖職者のおじさんとその妻らしき人と話し合っている。大司教家の人かもしれない。夫婦はかなり焦りながら王様に何かを訴えていた。

 リモコンで音量を上げてみると、声が聞こえてきた。


「――私たちは何も知らなかったのです! 魔神の眷属だなんて、まさか我が家門からそんな恐ろしい存在が現れるなんて、まさか……!」

「ブランシュは結婚前から王権を狙っていたようだが、何の前兆もなかったというのか?」

「恐れ多いことです! そんなふうに育てた覚えはありません! なぜそうも増長したのか検討もつきません!」

『あの魔女にはおまえと同様に前世の記憶があったのだ』


 いつの間に戻ってきたのか、声がそう言った。


『おまえの魂が幸運にも我に拾われたように、さまよえる魂は時に悪しき者の手に堕ちることがある。そういう者は相当不運か、死による浄化も効かないほどの悪徳を前世で積んできたかのどちらかだ。だが、もう大丈夫だろう。あの魔女も次は普通の人間になれるはずだ』


 一連の反乱行為は王妃が一人で計画したということだ。

 どんな悪いことをすれば来世でも悪くなれるのか……まあ、もうどうでもいいか。


「……マリュス、おまえには苦労をかけた」


 また別の部屋だ。王様がマリュスとセドリックの肩を抱いている。


「王妃のおかしな部分にも数年前から気づいていた。だからおまえを守りたかったのだが、そうするには私自身から遠ざけるしかなかったのだ」


 王様は審判を待つ緊張の面持ちだった。


「セドリック。私は魔女と戦う力を持たないがゆえに奴を恐れ、おまえを助け出せなかった。二人とも、どうか許してくれ」


 王の二人の賢い子どもたちは頷いて、しばらく父と一緒にいた。

 その後、王様はもう妃を迎えないと宣言した。


 わたしは他にもいろんな場面を見た。王妃に加担していた貴族たちの断罪。宮殿を修復する様子。説明を求める国民たち。アストレアはゆっくりと、着実に元の姿を取り戻していく。魔神を退けたという新たな神話を軸にして。


「これ……どんどん巨大化していきますね」


 もはやわたしの器はみかん入れに留まらなくなった。今は巨大金魚鉢だ。テーブルにはもう収まらないので背後の適当な場所に置いてある。

 中は全て真珠色に満ちていて、流動する液体が時々金魚の形を見せてくる。

 この巨大化は、神子が国を救ったという噂が原因だった。国中からわたしへの感謝が集まっているのだ。


「でも、こっちの器はあまり変化しないですね」


 テーブルの上には新たな器が置いてある。

 ある時突然ポンと現れた美しいティーカップだ。ソーサーもついている。そこにはやはり真珠色の信仰心が満ちているのだけど、わたしはその水面から別の暖かな気持ちを感じていた。


『それは愛さ』

「愛?」

『あぁい……地上に一人で残された我が勇者がおまえを想う気持ちさ。皆まで言わすな!』

「…………」


 頑なに見ないようにしているものがあった。

 アラインさんのことだ。目の前でわたしが消えたことをどう受け止めているのかが分からなかった。

 身勝手だけど……もし「あいつは神子だから」と割り切って前向きになっていたらと思うと、悲しくなる。

 だからといってずっと寂しそうにしていたら「早く幸せになって!」と言いたくなるだろう。


『全く、うじうじしおって我が使者は。ほれ』

「あっ」


 チャンネルが勝手に変えられる。アラインさんが映った。

 アラインさんは聖剣で国を救った勇者として色んな人に名が知られ、歩いているだけで様々な人から声をかけられ、詩人がその名を歌ったり、ティエリーさんに新聞社へ普段の様子をバラされたりしながら自分の仕事を忙しくこなしていた。

 わたしは知らなかったことだけど、アラインさんのお父上は宰相だった。だから二人揃っていつも多忙だ。

 でもちょっと暇になると、アラインさんは糸が切れたように物思いに没頭する。


「あの方のことか、アライン」


 宰相は何を思い悩んでいるのか知っていた。


「……はい」

「諦めるのが最善だとは言わないが、時には叶わない願いもあるものだよ」

「ええ、分かっています。だからせめて、彼女が存在した証をアストレアに残したいのです」

「どうやって?」

「聖剣を奉納するための場所を作って……そこに名を刻みたい。彼女は使命を果たして消えてしまったから、それが墓標ともなるでしょう」


 あ、これ未練断ち切れないやつだ。


「見てられない!」


 テレビを消してこたつに潜り込む。だがまた勝手にテレビが点いた。


『目をそらしてはならない。おまえが理由で彼はこうなっているのだぞ。同時に彼の心はおまえが存在した証だ』

「わたしは祀られたりしたくないです。神話的な存在になりたいわけじゃないし、もう会えないことを悲しまれたくないんです。こんなの望んでない!」

『じゃ、次はただの人間になるか?』


 その一言で、悔しさや悲しさが驚きに変わった。


「できるんですか? もうあの世界にはほぼ干渉できないんじゃないんですか?」

『ただの人間ひとりくらいなら送り込めるぞ。ごくごく平凡なただの人間ならなー』


 とてもつまらなさそうに言うが、わたしにはとても親しみ深いワードに聞こえた。こたつから這い出て立ち上がる。


「それがいいです。ごくごく平凡な人間、ならせてください」


 神様はやがて、おもしろそうにクスクスと笑った。


『なるほど。それが魂の望みであったか』




 神話の時代は終わった。

 わたしは気づくとアラインさんの腕の中にいた。曰く、突然降って湧いたらしい。ピンポイントにアラインさんのところに送り込まれた理由については、本当のことを言うのはまだ恥ずかしいので、彼が聖剣を持つ勇者だからという一点で通させてもらった。

 でもそうこうしてるうちにアラインさんから結婚を申し込まれてしまったので、先を越された悔しさが残ったのだった。


 婚約期間は二年間あった。

 元神子と勇者の結婚は大々的に知らされて、わたしたちは国で一番有名な夫婦になった。

 同時に、わたしはマリュスを次の王に選んだ。

 もう使命を負っていないからそんな責務はなかったのだけど、王様がそうしてほしいと言うので、王太子のマリュスを推させてもらった。

 神子は平和な時代を治める王を選ぶもの。

 わたしはマリュスの治世を思って王冠を作った。このアストレアで収穫された小麦を使った、パンでできた王冠を。


 その後、マリュスは弟のセドリックと協力し合って良き時代を築く。そばにはアストレア最高の騎士と謳われる近衛騎士と妻のわたしがいて、王国は神様が見守る限りいつまでも平和だったとさ。


 めでたし、めでたし。




〈終〉

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