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「報告:帝国艦隊の戦陣が整いました」
「意外と早かったな」
絶えず汲み上げられてくる傍受情報の精査を休止し、ソウマは顔を上げる。
「なるほど、これは見事だ」
視線の先に展開する情報窓には、集結した守都艦隊の様子が映し出されていた。
それは感嘆に値する光景であった。
帝都へと至る航路の上には、十五万隻に及ぶ戦闘艦艇が立ち塞がるように展開していた。
正対すると真円の壁である。だが、回り込むと中央がくぼみ、外周が突出した立体的な陣であることがわかる。
球面の裏には、やや空間が置かれ、さらに進むと、三本の柱が伸びるように、艦艇が隊列を連ねているが、それを窺い知ることはできない。
巨大な凹レンズを連想させる前陣。
直方体が並列するようにしてある後陣。
最奥には、守都艦隊旗艦トラスベイルを伴なう分艦隊が鎮座し、戦域全体を睥睨する。
それは迎え撃たんとする強い意志を感じさせる昂然たる様相であった。
「待っていた甲斐があるというものですね」
隣でソウマを手伝っていたティアスも、その圧倒的な光景に声が出ない。
帝国艦隊の勇壮さに感動している。
それは間違いない。
だが、一方で、その威が向かう先に、己の身があるにも関わらず、怯えはない。
この状況を受け入れている。
惑わざるを得ない。
感情と思考が乖離していた。
帝国の力が強大であることは知っている。信じてもいる。
だが、相対し否応なく思い知らされたソウマの力は、
その一端だけであっても、信仰を揺るがすに足るものであった。
「対象を広く包囲し、全面からの攻撃を行うことを狙いとした陣形です。
こちらからは確認できませんが、包囲の突破を狙った集中攻撃に対する備えとして、
後背にも戦力を残していると考えるべきでしょう」
ティアスは、迷いを払うように、分析を伝える。
敵に塩を送るというわけではない。
犠牲を小さくするためにも、情報を与えておくべきだと考えたためである。
「前陣の包囲を抜けようと突撃すれば、後陣が詰めて阻止するというわけですね。
よく考えられています」
「どうするのですか?」
「言うまでもありません。一点突破です」
「そう、ですか」
ティアスの声に動揺はなかった。
「おや、異論はないのですか?」
「この船が宇宙の塵となるのであれば、帝国の憂いも失われるでしょう」
ティアスは、にこりと笑った。
「それはできません。ティアスさんの安全を保障すると約束していますので」
「その言い方は」
ティアスは、不快感を示すように睨みつける。
自身の存在が、帝国への攻撃を正当化する材料にされるなど、不意討ちでしかない。
詭弁にもなっていない。だが、そう言われれば、棘は刺さり、胸は痛む。
ただ、そんな言葉を口にしたソウマを軽蔑するしかない。
ソウマは、謝らなかった。
ことここに至っては、言葉を連ねるより、結果で示す方が早い。
「待たせるのも悪い。ソラ、はじめよう」
「確認:最終的な行動目標を提示して下さい」
「全天掌握」
「オペレーションオーダーを了解しました」
ソウマに、迷いはなく。
ソラに、惑いはない。
なすべきことをなすために。
共に在る意味を証明するために。
鼓動が重なる感覚に、ソウマとソラは互いの繋がりを強く意識する。
「代理実行開始。仮定演算終了。想定外事象なし。記憶階層を一時解放。
最適化終了。同期開始」
宇宙に一人残された彼女は、死せる運命と出会い、永く永い微睡みから目を醒ました。
管理者となった彼は、彼女に、総称となる識別子を設定した。
先史文明の遺産。
或いは、遺蹟船。
それから、彼は、彼女に、唯一の名を与えた。
生体端末をソラと、そして、船を"天烏"と呼んだ。
「これより侵攻を開始します」
ソラは、宇宙に謳うように、言葉を音として告げた。
白銀の船は、その名を知らしめんとするかのように光の衣を纏い、望む未来へと介入をはじめた。




