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ティアスは、数秒の間、放心し、それから、感情を顕にした。
つまり、怒った。
「私を呼んだのは、そのためですか?
帝都の座標を聞き出そうと、そうですね?
侮られたものですね。
私が話すと思っているのですか?」
「つまり、ご存知ということですね?」
「なんと卑劣な!」
感情を逆撫でするとわかっていた。
だが、ソウマは、つい軽口を叩いてしまう。
ティアスの怒る姿は、様になっていた。
それは天性のものか、或いは、慣れているせいか。
感情的でありながらも、威圧的ではない。
とかく、上品であった。
歌劇を演じられているかのようでもあり、微笑ましくもなる。
「私は何をされたとしても――」
気位の高いお嬢様然とした在り方は、嗜虐心をそそる魅力があった。
その気がなくとも、からかいたくもなる。
とは言え、からかい続けて、後に引けなくなるのも問題であった。
ソウマは、なだめるような仕草で、執り成す。
敗北と同義の転進である。
「ご安心ください。既に、帝都の座標は把握しておりますので」
「そのような、虚言を信じると――」
艦橋の正面に、情報窓が展開し、帝都へと至る航路が表示される。
「というか、既に、向かっておりますので」
「え、あの?」
ティアスは、情報窓を凝視し、それから、ソウマに視線をやる。
困ったように微笑むソウマに、返す言葉はない。
否定しがたい現実を突き付けられ、ただ困惑するしかなかった。
知らない間に、一変していた状況を受け入れられない。
「情報は、帝国から得たものではありません。
我々は、帝国が太陽系に近づく以前から、その存在に気付いていました。
帝国の警戒識別圏より、我々の警戒識別圏が広かった。それだけの話しです」
ティアスは、そっとため息をついて、視線を落とした。
それから、ややって復活した。
「失礼をいたしました」
「気になさらないで下さい。微笑ましかったです」
言葉を飲み込みたかったが、うまくはいかなかった。
余計な一言の結果、足を踏まれたが、どうということはない。
「失礼、足がすべりました」
優雅に微笑むティアスは、既に我に返っていた。
とかく、痛みと引き換えに、話が進むのであれば、安いものである。
「それで、帝都へ行って、何をしようと言うのですか?」
「クノスさんを救おうと考えています」
「クノス様を救う? どういうことでしょうか」
「地球への攻撃計画に協力した疑いで拘束されたとのことです。
証拠もあり、処断は免れないとの話です」
「そんな、ありえません」
ティアスは、表情を曇らせる。
ティアスは、クノスと共に、過激派の工作部隊を鎮圧している。
確かめるまでもない嘘に、困惑する他なかった。
「私も信じられません。
しかし、先ほど、アイリス様から通信があり、そのように伝えられました」
「アイリス様が?」
アイリスの意図は揺さぶりであると、ティアスはすぐに察した。
だが、この状況まで、織り込まれているのかは、判断ができない。
できないが、何もしないわけにはいかなかった。
「わかりました。クノス様を心配する気持ちは同じです。
私も協力させて頂きます」
「ありがとうございます。ですが――」
「ご心配は不要です。
既に、死んだ身だと考えれば、どういうということもありません。
帝都への潜入は私が手引します。
私の権限でネットワークに接続すれば、クノス様の所在も掴める筈です」
言葉を遮り、ティアスは、その意気込みと共に、計画の素案を語り始めた。
ティアスの常識で考えれば、潜入を前提に話を進めるのは自然なことであった。
帝国の母船である巨大都市船帝都ファランシェルトの防衛戦力は極めて強大である。
数十万隻にも及ぶ戦闘艦艇と衛星要塞に囲まれており、外敵は近づくことさえ許されない。
帝都の防衛圏は絶対不可侵のものである。
それが帝国臣民の共通認識であり、また、心の拠り所でもあった。
潜入が唯一の打開策であると信じるのは仕方がないことである。
「待って下さい」
だが、ソウマに、その気は全くなかった。
「何でしょうか?」
とても、話しづらいことではあった。
そも、話すべきかも、悩ましい。
だが、話さないわけにもいかず、ソウマは、懊悩した。
「私は、正々堂々、話し合おうと考えています」
気の利いた言葉が出てこなかった。
なので、ソウマは尤もらしい言葉を口にした。
ティアスには、困惑を飛び越えて、愚者を哀れむような視線を向けられたが、どうということはない。
わかっていたことだ。
「とにかく、お任せ下さい。うまくやってみせます」
「妙案があるというのですか?」
「はい」
ティアスは、愚かではない。
ただ、信じきれない。
いや、信じたくなかった。
「答えを求めるだけではなく。
こちらも意志を示し、行動をしなければならない。
そう気づかされました」
「わかりました。ここで見届けることを許して頂けますか?」
「ええ、そのために、お呼びしました」
どうすることもできないことは、わかっている。
それでも、だからこそ、ティアスはそう願った。
全てを記憶し、伝えるために。




