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帝都防衛の中枢をになう守都艦隊旗艦の艦橋に警報が鳴り響いた。
「司令、警報です」
「わかっている」
守都艦隊を統率するシャルケ司令は、参謀の言葉にやれやれと応じた。
艦橋に緊迫感はなかった。
帝都の予定進路となる宙域には、分艦隊が派遣され調査と警戒にあたっている。
危険が想定されれば報告がなされ、進路の修正が検討される。
つまり、帝都、及び、守都艦隊が航行する宙域は、一定以上の安全性が約束されていた。
即応すべき事態に直面するなど、ありえないことであり、あってはならないことであった。
事実、警報が鳴ったとして、誤報か、或いは、些末な報告であることが殆どであり、
あわてる必要はないというのが、艦橋にいる者の共通認識であった。
帝国は建国以来、外敵からの襲来に備え、軍事力を強化してきた。
一方で、守都艦隊が、その職責を全うする機会が訪れることはなく、存在が形骸化して久しい。
守都艦隊司令という役職も、一線を退いた者が就く名誉職として捉えられるのが常であった。
それでも、シャルケは、その地位に誇りを持っており、日々粛々と任務をこなしていた。
「報告」
シャルケは、艦橋の空気を引き締めるように声を張ってみせるが、
如何せん、空回りしている感は否めない。
「前衛艦隊から入電。予定進路上に重力異常が感知されたとのことです」
艦橋の前面に情報窓が展開され、宙域図が表示される。
異常が認められた地点は、帝国の基準で近からず、遠からずといった距離にあった。
帝都の歩みは慎重であり、数日で到達できる距離にはない。
だが、時間があるとは言いがたい。
進路変更はすぐにできるものではない。
「浮遊惑星か、或いは、黒色矮星か。
何であろうと、事前調査が十分でなかったのであれば問題だな。
映像を出せるか」
「観測映像入ります」
映像に艦橋がにわかにざわめく。
「なんだこれは?」
その光景に、シャルケは、言葉を失う。
暗闇の空間と、彼方で輝く星々。
あるべきものがそこにはあった。
他に、何かがあったわけではない。
ただ、歪んでいた。
レンズ、水鏡、或いは、透明な何か。
そこには巨大な円形の歪みが揺れていた。
ゆっくりと波を打つように、音を刻むように、光を捻り佇んでいた。
「これを説明できるものは?」
「データベースを検索。該当がありません」
答えを持つ者はいない。
それは帝国が初めて遭遇する未知の現象であった。
「対象に動き!」
映像が変化を捉える。
穏やかであった表層の波紋が、大きく、速く、鼓動を刻み始めた。
球面はその歪みを強くし、やがて、解くようにして、それが現出をはじめる。
宇宙が同期していく。
暗闇が裂かれていく。
白銀の輝きが放たれていく。
歪みの膜を抜け、錐形の構造物が、ゆっくりと、その姿を顕わにしていく。
その輪郭は、鋭角であり、左右対称であった。
その姿は、硬質であり、人工的なものであった。
それは、船を連想させるものだった。
「守都艦隊司令本部の名をもって、旗下全艦隊に特別警戒警報を発令。
敵性存在の現出を想定し、速やかに迎撃態勢へと移行。
指示に即応できるように備えよ」
シャルケは、凛然と告げる。
その姿は、帝国最強の戦力である、守都艦隊を統率する者としての威厳に相応しいものであった。
「重ねて、命じる。戦闘に備えよ!」
艦橋に詰める士官を奮い立たせるように声は響いた。
その気勢を笑う者は、既にいない。




