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連絡艇は、静かに飛び立つと、緩やかに加速し、地球の重力の存在など、まるで問題にすることもなく、大気圏を突破した。
轟音も、振動もない。
その飛行は、気球が空へと舞い上がっていくかのように、なめらかだった。
「外を観ていなければ、宇宙に上がったことに気づけなかったかもしれません。
地球人類の船では、こうはいきません」
ソウマは、案内された船室で、ソファに座り、グラスを傾けていた。
注がれた水は、自然な動きで、揺れている。
それは宇宙では不自然なことであり、重力の制御がなされていることの証明であった。
「お褒めに預かり光栄です」
傍らに、控える女官がソウマに応じる。
三人いた女官はのうち、彼女一人が残り、二人は室外で待機している。
「帝国の船は、どれも、このようなつくりなのでしょうか?」
ソウマは、室内に視線を配り、確かめるまでもないことを尋ねてみせる。
連絡艇の内装は、高級ヨットを連想させる豪奢なつくりとなっていた。
そう広くはないが、
「いえ、そのようなことはありません。この連絡艇は、母艦と同様に、特別な仕様となっております」
「やはり、そうでしたか、貴国のご好意に感謝します」
女官は、何も言わず、恭しく頭をさげることで応えた。
だが、ヴェールの奥に透けて視える微笑みは微動だにせず、その瞳は氷の如く冷たい。
心を許すことはしない。
仕えるべき主は唯一人であることを誓っている。
ソウマとしては、情報収集などをするつもりは、はじめからなかった。
だが、ここまで機械的な対応をされると、寂しくもなった。
ソウマは、共にいる予定だった者について、考えを巡らせる。
クノスは、扱いやすかった。
いや、扱いやすすぎた。
親しくなりすぎた。
誰かと親しくなれば、それだけ面倒が増えるのと同義である。
異論もあろうが、ソウマはそう定義している。
「過ぎたるは及ばざるが如しか」
「何か?」
「いえ、何でもありません。水を、もう一杯頂けますか?」
「承知しました」
女官は水差しを取り、ソウマに近づくと、グラスに水を注ぐため身を屈めた。
そこで、ふと、ソウマは、女官のベールに手を伸ばしていた。
が、指先は、虚空へとすり抜けた。
女官は、優雅な体捌きで躱していた。
「お戯れを」
「好奇心を抑えられませんでした」
一瞬、ベールの奥の能面が、軽蔑と侮蔑に歪んだように視えた。
ソウマは、感情のある表情に、悠然と微笑みを返した。
「あまり狼藉を働くべきではないと具申します」
ソウマの頭に、ソラの言葉が響く。
ソウマとソラのリンクは変わらずに維持されている。
地球であっても宇宙だっても関係なく繋がり、意思疎通、情報伝達が可能である。
「お行儀がよいだけのつまらない存在と侮られているより、
手癖の悪い蛮人として警戒されておいた方が都合がいい」
何もできないのと、何もしないのとでは、大きく意味が違う。
それを示す狙いが、ソウマにはあった。




