陸弐話 解ってほしいから話す。話したいからそばにいる。
俺、夜、千代、キノサキ(ヘルメス)は、今後この世界についてどうしていくか話し合った。
俺や千代は夜の情報通り、獣人族の連中が人間を捕らえていることが本当である以上確認に向かう必要があるが、それ以前に俺の刀が必要だから何とか土精族の所に行こうかという事になった。
しかし、ラネットとか会いたい人がいるし、まだ休養が必要だからと一旦風精族に戻ることにした。
夜は俺達について行くことになった。今さら火蛇族の里には戻れないし、一応負けは認めているから俺について行くことになった。
元の世界に帰らないのかどうかも一応聞いたが、今は俺の隣がいいと言ったので、しばらくついてくるようだ。
キノサキ達は自ら千代について行っているらしく、今後も千代に同行していくこととなるようだ。
つまり、俺たち四人ともまずは風精族の里に行くという事になった。
そして、日は沈み、夜空が完全に暗くなった頃。
キノサキとヘルメスは、早いうちに休憩に入るとのことで、この部屋から出ていった。
千代も今ここにはいない。看病したいところではあるようだけど、気になることがあるようなのでこの部屋から出た。
そして今、この部屋にいるのは当然、病み上がりの俺と夜だ。相変わらずベッドは一つのままだけど、事情を知った以上文句は言えない。
体も動かせないならこのまま静かに眠りにでもつこうとしたが……
「ねえ、白零君」
「ん?」
同じベッドの中、隣で横たわっている夜が話しかけてきた。
さっきからずっと沈黙しており、背中を向けているため様子は解らなかったが、声の調子からして穏やかに感じられる。
相手を見ないまま話すのは失礼だが、なぜか振り向いてはいけないような気がして、俺は背中を向けたまま応える。
「なんだ、夜」
「昼江」
「…………」
……面倒くさい。久々に女が面倒くさいと思った。
けど、いちいち逆らったら話が進まない。大人しくしよう。
「……なんだ、昼江」
「…………」
俺が返事をするが、夜はすぐに言葉を発しない。
それを俺は特に苛立ちはしない。沈黙も含めて俺は夜の言葉を聴く。
次に夜が話し出したのは一分ほどだった。
「白零君……どうしてあなたは自ら危険を冒してまで誰かを守ろうとするの?」
「え?」
夜の言葉に、俺は不思議に思った。
さんざん否定してきたそれを、夜は疑問として俺に問いかけてきたのだ。
「ましてやどうして、救いようのない悪人のあたしまで、あなたは諦めずに守ろうとするの?」
「…………」
夜の言葉に、嘲りはない。
本当に意味が解らず、訳が分からないことに……理不尽に問いかけているように聞こえる。
「誰だって自分が一番で、自分に危機が及ばない程度なら人助けができて、本気で自分が危ない時には誰かに頼って、犠牲にしてまで動くには二の足を踏んで…………それなのに自分を傷つけてまで他人を助けるために動く白零君が…………」
「信じられないって?」
「…………どうしてもっと利己的に…………そうじゃなくても、もっと安全で簡単な事でもしようとしないの?」
俺は今、用心棒として生きている。
それが夜にとって危険なことで、危険なことをする俺がわからなくて、それが理不尽だから詰っているように聞こえる。
お前も殺し屋なのに……
そう一瞬思えてしまったけど、こいつはこいつで自分で自分のやっていることを分かった上で、自分自身に見切りをつけていて、いつ自分がどうなっても構わないという諦めと、覚悟を持っている。
それは、他の誰かの言葉を知ったことじゃないと突っぱねり、自分自身の行動を信じて疑っていない。
「……そうだな」
思い返せば、俺が今に至るまで結構波乱万丈な人生を歩んでいたもんだ。
「……そうなった転機は、全部で三つだ」
「三つ……」
「俺は最初、親父に護られながら育った」
「白零君の……」
初めに、護ることが何かを教えられたのは、親父の存在だった。
「実は昼江…………俺には母親がいないんだ」
「え…………?」
「事故で命を落とした」
「!?」
顔も声も暖かさも知らない、俺の母親。
いったいどういう人だったのか、覚える以前に全く知らない。
だから話を聞いても、哀しいって実感を沸くことが……できなかった。
「詳しいことは知らないが、土砂崩れ……つまりは自然災害で、仕事に行った親父を迎えに行く母親と俺はその災害に巻き込まれた」
俺はその災害について全く記憶がない。
傷跡らしきものもない。だけど、事実として母親はいないんだ。
「母親は俺を庇う形で死んで…………俺は助かったんだ」
「…………白零君」
最初に物心のついた時の親父の顔は、少し悲しそうな笑顔だった。
母親が死んでも、一生懸命俺の事を育てようと大切にしていたんだ。
「だけどそのことで俺は、母親の両親から責められた」
「! どうして……!?」
そうだよな。まさしくあれも『理不尽』だった。
「そもそも、母親の両親は親父との結婚に反対だった」
「どうして?」
「昼江。親父の実家が道場をやっているって話は覚えているか」
「え? ……中学の時、白零君から聞いた」
あの時は親父に半ば無理矢理に剣術とか格闘とかを叩き込まれていたから、愚痴と言うか話のタネとして昼江と夜によく話していた。
もっとも、その頃の道場はある程度安泰してはいるが……
「俺がまだ物心もついていない頃、親父の実家の道場は全く盛り上がりのない、廃れそうなほどだった」
新居を建てる金もなく、親父の実家に住むことになった。
当時からもう親父の両親は亡くなっていたそうだ。
「実家の道場だけでは食っていけないから、親父自らよその道場とかに行って指南をして、何とか生計を立てていた」
「もしかしてそれが理由で……」
だからこそだ。
親父の苦労なんか知ったことではないように、えげつないほど現実が攻めてきた。
「母親の両親にとって母親は目に入れても痛くないほどかわいがっていたようだ。だけど親父曰く、それらを全て押し切っていたから、母親の両親は親父や俺を恨んでいたんだ…………」
怖い祖父母だった。
法事で顔を合わせるたびに、怖い顔をしていた。
多分親父はそれ以上に、辛いはずだった。
「親父は、母親が死んでからも、一人で頑張った」
最近は変な事ばっかり言ってくるけれど、昔は一生懸命で、身を削るような思いをしていた。
「俺を学校に通わせるために、俺の見えないところで母親の両親の追及を受けながらも、必死で頑張ったんだ」
俺はそんな親父の負担を一つでも減らしたかった。
仕事はできなくても、せめて家事だけでもと、遊ぶ時間を削って、友達よりも家の事を優先した。
だけど今思い返せば、それがかえって親父を辛い目に逢わせた。
『お前を護ってあげられなかった』
生活に苦はなかった。ノートだってペンだってあるし、食事だってできる。ゲームやマンガがなくても、俺は勉強して家事をしてそれで十分だった。
だけど、子どもらしく『遊ぶ』ことができなかったことを、親父は辛く感じてしまったんだ。
俺は護られていると思った。だけど親父が求めている物とは違っていた。
「今でこそ、母親の両親は引っ越して、実家の道場は安泰して続けていられるようだけど、そこに至るまで親父は……」
よくよく考えたらあの状況でよく身刀流とか考えられたな。
過労して死ぬんじゃないかと心配しそうだ。
「親父は言ったんだ。俺に、誰かを護れる人になってほしいって」
尊敬する人の意志を継ぐ。
そう言う風にあの言葉が響いた。
「……だから初めて会ったあの時……家にも学校にも居場所なんてなかったあたしに手を差し出したんだね」
「そうだ。だけど、初めはそうだったとしても今は違う」
「え?」
あの時、初めに会ったのが昼江であり、夜であったのは、今になって嬉しいことだと思える。
「お前は俺の最初の、大事な友達なんだから」
「……現在進行形なのね」
「そうだ。縁を切った覚えはない」
一度離れてしまっても、お前が殺し屋になっても、お前を友達であることを諦めきれなかった。
「お前は言ったよな。護るなら最後まで護れって。そのせいであいつを失って、取り返しがつかなくなって、お前はそのことに絶望した」
夜は、昼江を無くしてから自分自身を殺して昼江になった。
本心じゃない。けどそうせざるを得なかったお前に、俺は何も言えずに放ってしまった。
「俺が用心棒になったのは、お前がきっかけだった。お前が突き放すために言ったあの言葉は、俺に…………本気で誰かを護れるくらい強くなってほしいって、そう自分自身で願うきっかけになった」
諦めなかった。お前を諦めきれなかった。
どれだけ時間をかけても、手段を尽くしても、お前を護ると決めたんだから。
もう一度あの時のように、俺は……
「志だけでも、力だけでもない。昼江のように理不尽な暴力に苦しめられる人を護るために……そのために用心棒になった」
用心棒になれば、あの時の俺のように後悔することはない。また誰かを護れるのではないかって……
そう思っていたけど、それだけじゃなかった……
「あたしが第二の転機なら、第三の転機って?」
「十四の時、千代に出会ったことだ」
「! ……白零君の隣にいるあの子ね」
夜にとっては顔合わせの程度だからあんまり知らないだろうな。
けど、今の俺がいるのもあいつおかげでもあるんだ。
「あの子が今の白零君にとって、なくてはならない存在って事……?」
「……そういうことになるな」
あいつとの付き合いは四年。長いのか、まだ短いのかよくわからない数字だ。
だけど、一緒に歩んできたことの深さは結構なものだって言える。
だから……
「俺とあいつが用心棒として活動した時……」
2
零ちゃんとの話し合いの結果、明日は風精族さんの所へ戻る予定となりました。
零ちゃんの無事が確認されましたし、無事に帰ればラネットさんは喜びます。
ロビィさんやセーヴェさんにも、黙ってここへ行きましたから、また顔合わせをしたいところです。
そう考えて歩いていると目的の部屋の扉にたどり着くことができました。
中にいる人へ確認するために静かに扉を叩きます。
コンコンッ……
「あの……キノサキさん。少しいいですか?」
「んんん?」
扉を叩いて声をかけると、向こうから張りのある声が聞こえました。
まだ起きているようですね。お話ができるといいのですが……
「クロチーか? 入っていいよ」
許してもらえました。
扉の取っ手に手をかけて、静かに扉を開けます。
「はい。失礼します」
ガチャ……
静かに扉を開けて、室内に入ります。
この部屋……周囲にいろいろなものが乱雑に置かれています。物置でしょうか。
少し見回した後、部屋の中でヘルメスさんと一緒に寝転んでいるキノサキさんに、早速切り出します。
「実はキノサキさん。一つだけその、相談したいことがあるのですが…………」
「ん? 相談?」
……このことが相談できるのは、キノサキさんしかいません。
と言うより、今ここで相談できるのはキノサキさんしかいないからですが……
「実は、零ちゃんのことですけど……」
「おや、白髪ねぎのこと?」
……零ちゃんの呼び方がなぜ白髪ねぎなのかわかりませんが、
「零ちゃんが零ちゃんじゃなかった時のことについてです」
「…………それってあの時のことを言ってるのか?」
あの時……
キノサキさんは察しています。あの火蛇族さんの里から昼江さんを抱えて出てきた零ちゃんの事……
「あの時の零ちゃんが零ちゃんじゃなくて、零ちゃんのような雰囲気と言うか……そう言う感じがしなくて、それで少しでも零ちゃんが帰って来なくて私は少しだけ不安に…………」
「ヒャッハー、そう何度も繰り返して呼ぶんじゃねーよ。ややこしくなるだろ」
あ、すいません。
「あーあれね! いやーあの時の事はよく覚えている! 今さっきの白髪ねぎとあの時の白髪ねぎがぜんっぜん雰囲気も言葉も違っていたな! なんで?」
「ヒャッハー。けど今は元の白髪ねぎに戻っているんだろ? 大して気にすることじゃないんじゃないか?」
「それはそうですけど……そもそも零ちゃんは何であんなことになったのかって、気になる事なのですが……」
この世界に来てから、零ちゃんの身に何が起きたのでしょうか。
零ちゃんと離れているときに、いったいなにが……
「花粉症みたいに、この世界の自然現象で起きてしまったことじゃないのか? アナフィラキシーショッッッッックッ!!」
「それは花粉症と比較することじゃないと思いますけど……」
「ヒャッハー。クロチー、要はお前はこちらになにを相談したいのだ」
「それは……」
キノサキさんもヘルメスさんも集中してこちらの話に耳を傾けています。
私は一拍置いてキノサキさん達に話します。
「……零ちゃんに、このことを話してもいいのかと、悩んでいるんです」
「…………ふぅん」
零ちゃんはこのことに対して多分……自覚していません。
自分がどうやって里の外へ出たのかも、結界を破ったのかも、まったく覚えていないようです。
でしたら……
「ヒャッハー、話すべきじゃないのか? そいつ自身の問題なんだろ」
「クロチーの言ってることはあの白髪ねぎのことだ。まずは本人がそれについて知らない限りどうしようもないだろ」
「それはそうですけど……」
でも今の零ちゃんには、いろいろと懸念に思っていることがあります。
昼江さんのことも、元の世界に帰る事も、他の種族で捕らわれている人たちの事も……
今の零ちゃんは、ひとりでも心配するくらい多く抱え込んでいます。
「これは正直、直感のようななんとなくの感じですので確証はありませんが……」
命の危機とは……違います。
命とは別の危険が、なにか……あるのではないかと思えてしまうのです。
「あんまり零ちゃんを、この世界に置いてほしくないと思ってしまいます」
「……それはこの世界で生き延びるには厳しいからか?」
「それもあります。ですけどそれ以上に零ちゃんが、零ちゃんじゃなくならないかと思ってしまいます」
「……へぇ」
キノサキさんが言葉を含めたように相槌をします。
まだこの世界がなんなのかがわかりません。何が起きてもおかしくないって思っても、やっぱり動揺します。
「それに、ただでさえ零ちゃんにはいろいろと辛い事を抱えています。あんまり気になることを話すのは……」
「ヒャッハー。悩ましい問題を増やすなってことか」
「なるほどね。けどよクロチー、白髪ねぎは多分あれに気がついているんじゃない?」
「え?」
零ちゃんが……気づいている?
「まあこれはただの勘みたいだから当てにするな。降水確率三十パーセントぐらい信用するな」
「その例えはどうかと思いますけど……」
「クロチーがそう思うなら、自分の気持ちを尊重しろ。そう心配しなくても、悩ましげに考えるほどあの白髪ねぎは弱くない、だろ?」
「キノサキさん……」
「ヒャッハー、なんで上から?」
「いや~! 上から!」
キノサキさん……
でも……そうですね。
あれがなんなのかはまだ分かりません。それでももう少し零ちゃんのそばにいて、様子を見ようと思います。
零ちゃんが辛い時は、支えるって決めてますから……
「わかりました。キノサキさん。ありがとうございます。話すだけでも楽に慣れました」
「いやーいいってことよ! クロチーのお願いなら大抵のことは聞くよ」
「ヒャッハー! 本機もじゃないけど、キノサキが望むなら本機も協力するぜ!」
「キノサキさん……ヘルメスさん…………ありがとうございます」
そう言ってもらえると……嬉しいです。
心配していたことを打ち明けて安心した所で……
「それでは本題の方なんですけど……」
「え?」
「ヒャッハー?」
「え?」
あれ? キノサキさんとヘルメスさんが不思議そうに首を傾げてますけどなにか?
「クロチー? さっきの悩みが本題じゃないのか?」
「い、いえ、大事なことは最後に言う方なので、ここから大事なことなのですけど……」
先ほどのことも大切ですけど、今言う事も大切な事です。
「零ちゃんと昼江さん、キノサキさんやヘルメスさんにとって初対面の人と一緒に行動しますから……」
キノサキさんたちと零ちゃんたちが対立しないか、すこし心配するところです。
ですから私はキノサキさんとヘルメスさんに大切なお願いをします。
「零ちゃんは用心棒で殺し屋には厳しいですけど本当は優しい人です。昼江さんは殺し屋ですけど、零ちゃんが大切に想っている人ではないから本当はいい人だと思います。ですから……」
私は真正面のキノサキさんの顔を見て、次にヘルメスさんを見て言います。
「皆さんと仲良くしてくれませんか?」
「ヒャッハー?」
「へ? …………それが本題か?」
キノサキさんは、顔が隠れても意外そうにしているのは解ります。ヘルメスさんは顔がどこなのかわかりませんが……
確かに、それは頼むこととはどこか違いますし、これは私の心配のようなもので、そうであってほしいという私の願いです。
「はい、大切な仲間ですから」
「…………」
初めは、キノサキさん達が危ない人と思っても、誰かと仲良くする気持ちはあるのだと思います。
ラネットさんは今でもキノサキさんを警戒していましたけど、でも誰かと仲良くしてほしいと思ってますから……
「仲間ねえ……」
「ヒャッハー。そこに本機たちもいるってことか?」
「はい」
「…………」
「?」
キノサキさんとヘルメスさんが沈黙のまま静かになっています。
なにか、深く考えているようなのですが……
「……なぁクロチー。頼みは聞くからさぁ、こちらの要望にも乗ってくれないか?」
「え?」
キノサキさんの……要望?
なんでしょうか?
「クロチーと白髪ねぎって、確か同じ用心棒で仲間だね」
「はい、そうですけど…………」
「ヒャッハー、付き合い長い?」
「もう初めて会ってから四年は経っていますが……」
ですけど、どれくらい一緒にいれば付き合いが長いのかわかりません。
四年というのも、長いのかまだ短いのかわかりませんけど……
「零ちゃんと一緒によく用心棒のお仕事をしていました」
「じゃあそれ話して」
「え?」
話してとは……?
「ヒャッハー、なんだキノサキ。クロチーの昔話でも気になるのか?」
「そうだぜヘェルメェス! だってこいつも白髪ねぎも、まだ若いのにもう用心棒なんて仕事をしているんだぜ! 人間的に気になる事じゃない?」
「ヒャッハー! 誰かの過去に踏み込むなんて真似、なかなかできないぜ!」
キノサキさんとヘルメスさんが盛り上がっています。
私と零ちゃんのお話が聞きたい……
つまり……
「思い出話を話すの、ですか?」
「そうそう。気になるし暇なんだよ。満足に身体も動かせないし、話せ」
「そうですね……」
そうは言われましても、まずは何処から話せば……
……やっぱり、最初からですね。
「私と零ちゃんが初めて会ったのは……」




