第四十九話
王都ディエーリスへと続く街道。静寂を切り裂いて、地鳴りのような咆哮が月夜に響き渡った。
劫斧竜の巨躯が、街道沿いの木々を塵のように薙ぎ倒しながら疾走する。その背後、漆黒の馬型魔獣を優雅に操るフェルゼンは、遠くに灯る王都の明かりを眺め、銀灰色の瞳を細めた。
「……ふむ。そろそろ着く頃だね。それにしても、ふふっ……実に心地よい夜だ」
王都の巨大な防壁が見える距離まで近づくと、フェルゼンは一度馬を止め、深く、満足げに息を吸い込んだ。空気中に漂う人間の営みの匂い——富、活気、そして無知ゆえの平穏。彼はそれを、極上のワインの香りを愉しむかのように、全身の細胞で味わう。
「さあ、まずは挨拶からといこうか。……劫斧竜、君の力……存分に発揮してくれたまえ」
彼の細い指先が、王都の象徴であり、一度も破られたことのない「獅子の門」を指した。
劫斧竜がそれに応じ、大気を震わせて咆哮すると突進を開始した。
──凄絶な、鉄と石の砕ける音が夜の街に轟いた。鉄壁を誇った門は内側へと無残にひしゃげ、火花と砂塵が夜空へ舞い上がる。逃げ惑う守備兵たちの絶叫。
それがフェルゼンにとっては、舞台の開幕を告げる至高の音楽となって耳に届いた。
彼は馬をゆっくりと歩ませ、破壊の跡を辿るように瓦礫の山を越えた。彼が門をくぐった瞬間、戦場の熱気は一転して凍り付き、居合わせた者たちは本能的な「死の予感」に身を震わせる。
「……うん、いい。この悲鳴だ。この絶望。やはり格別だ」
フェルゼンは汚れ一つない灰色の長衣を整え、人間には不可能な角度まで口角を吊り上げた。
「さて、迎えに行こうか。……ユー・ヴェルライトくんを」
──凄絶な轟音。王都ディエーリスを震わせた「獅子の門」崩壊の衝撃は、救護施設の一室で眠り続けるユーの元へも届いていた。
「……っ」
深い闇の底で、ユーの胸元が焼けるように熱くなる。 ポーチの中に収められた『紫の結晶』が、侵入したフェルゼンの放つ、あの吐き気がするほど冷徹な殺気に共鳴し、激しく脈動を始めたのだ。
「あ、つ……っ!」
一週間、死の淵を彷徨っていたユーの意識が、その熱によって強制的に現世へと引きずり戻される。 脳裏を過るのは、病を撒き、救世主を演じながら里を壊滅させた、あの男の薄笑い。
「……ユー! 気がついたの!?」
駆け寄ったリアナの声も、今のユーには遠い。
彼は剥き出しの殺意に突き動かされるように、カッと目を見開いた。
ユーは重い体を押しのけるようにベッドから起き上がると、壁に立てかけられた片手半剣を、その手に取り戻した。
「ダメ、まだ動いちゃ……外は今、大変なことになってるの! カッセルさんたちが食い止めてるけど……!」
「……何が起きているんだ? 結晶が、今までにないほど反応している」
ユーは短く告げると、ふらつく足取りで窓枠に足をかけた。 一週間前、武猿との死闘で覗かせたあの異質な力。人の手に余るはずのその「魔」の感触が、今、彼の四肢にどろりと溶け込んでいく。
「……リアナ、外には何がいる」
窓の外から響く阿鼻叫喚の声を背に、ユーの鋭い眼光が夜の闇を射抜いた。
その視線の先、門の方角から漂ってくるのは、忘れるはずもないあの冷たい拒絶感。
「あいつが、来ているのか……フェルゼンが!」
ユーは窓を蹴り、夜風の中へと身を投げ出した。
重力に従い落下しながらも、その瞳は正確に、炎に包まれる「獅子の門」を捉えている。月下の王都を疾走する。宿敵フェルゼンの待つ、地獄の門へと。




