表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の声  作者: 霜月希侑
PR
1/8

プロローグ


 夜の病棟は、息を潜めたように静かだった。


 白い蛍光灯が廊下をぼんやり照らし、遠くから点滴スタンドの車輪が転がる音だけが響く。その静けさが、かえって胸をざわつかせる。


 私は中村由香、二十三歳。看護師になって二年目。この病棟で、毎日命と向き合っている。


 その夜、四〇二号室から怒鳴り声が響いた。


「ふざけるな!」


 聞き慣れた声だった。


 山田修司さん、六十歳。何度も入退院を繰り返している患者で、病棟では気難しい人として知られている。


「山田さん、どうされました?」


 私はできるだけ穏やかな声で病室へ入った。


 怒りに満ちていた山田さんの表情が、私を見ると少しだけ和らぐ。


「……アイスノン、持ってきてくれ」


「わかりました。すぐに持ってきますね」


 私は急いで準備室へ向かった。


 けれど、それで収まることはなかった。


 病室へ戻ると、山田さんは再び怒鳴り始めた。言葉は鋭く、容赦なく私へ突き刺さる。


 私は何度も落ち着くよう声をかけた。それでも怒りは収まらず、胸の奥が少しずつすり減っていく。


 限界だった。


 私は「すぐ戻ります」とだけ伝え、器材室へ逃げ込んだ。


 誰もいない部屋で壁にもたれ、息を吐く。


 叫びたい。


 でも、喉が締めつけられたように声が出ない。


 何度口を開いても、漏れるのはかすれた息だけだった。


 そのとき、不意に一人の笑顔が浮かんだ。


 佐藤桃香。


 高校時代、いつも隣にいてくれた親友。


 二人で自転車を走らせながら、「大人になったら一緒に暮らそう」と笑い合った夜。


 池のほとりで鯉を眺めながら、「勉強ばっかりの毎日から逃げたいね」と語り合った昼下がり。


 そして__


「死ぬまで、一緒にいよう」


 そう約束した。


 けれど、その約束は叶わなかった。


 高校を卒業したあと、桃香は突然この世を去った。


 警察は自殺だと言った。


 でも私は、どうしても信じられなかった。


 桃香が、自分から命を絶つなんて。


 今でも私は、あの日の後悔を抱えたまま生きている。


 深呼吸をして気持ちを切り替え、私は再び病棟へ戻った。


 カルテを確認し、点滴を交換し、ナースコールに応える。


 いつもと変わらない夜勤。


 そう思っていた。


 __次の瞬間までは。


 四〇二号室からナースコールが鳴り響く。


 駆けつけると、山田さんはベッドの上でぐったりと横たわっていた。


「山田さん!」


 さっきまで怒鳴っていた人とは思えないほど、顔色は青白い。


 その瞬間、私の中で二つの出来事が重なった。


 桃香の死。


 そして、山田さんの急変。


 胸の奥で、言いようのない違和感が膨らんでいく。


 これは、本当に偶然なのだろうか。


 __この病棟には、誰にも知られてはいけない秘密が隠されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ