ベールの中の真相
いよいよ、大団円です。
名門と評判の私立の女子高・七条女子学園の校長、村山和江女史の逮捕は、一大センセーショナルをもって世間に衝撃を与えた。いち教育者の身にありながら、自らが運営する学園の生徒をあやめようとした事実に、市井の人々は恐れおののいた。
「――すべての犯罪の母、それは金なり、と、偉い人が言うたかどうかは知らんが……今度ばかりはまさに金にくらんだ欲目こそが始発点だったわけや」
事件がひと段落ついてから、鴨川浮音はゆかりと摩子、副級長を大文字山へピクニックに誘った。草の上にシートを広げて、佐原の手による弁当をつつきながら、鴨川浮音は握り飯片手に、事件の真相を語って見せた。
「いつだったか、あのフライデー娘に見せてもろうた縮刷版が、事件解決のスピードを早めてくれたんや。前理事長を中心とする裏口入学の黒いうわさは、噓偽りが微塵もない、恐るべき事実だったっちゅうわけ」
「あれは、本当だったんですか」
驚く副級長に、鴨川浮音は首を縦に振ると、話を続けた。
「その当時、村山女史は教頭を務めとって、理事長、そして時の校長共々、証拠の握り潰しに奔走した。この前津田が言うとったんやが、『お前を学校に残してやるが、数年したら入ってくるであろうお前の従姉妹、佐伯智津恵の合格は保証出来ない』――と、村山女史から言われたんやと。まあ、それは後でわかったことやけど、あの縮刷版と自主退学の件を聞いた時、その記事を書いたやつの周辺を探ってみるのがてっとり早いだろうと思うて、三宅はんを通じてOG連中に声をかけて、所在を調べたんや」
「でも、それじゃあ津田さんが『七条大橋の魔女』ってことになりませんか? 恨み重なる学校に通う生徒を襲えば本望。ぴったり合ってるじゃないですか」
自分たちが狙われていたことなどすっかり忘れて、摩子は佐原手製の卵焼きをつまんでいる。
「そう思うやろ? それが、村山校長の狙いやったんや。確実に、自分を恨んでいて、いずれ時が来れば武力行使なりなんなりをしてくるであろう相手がいる。その相手を合法的に葬り去るために、『七条大橋の魔女』のウワサが生まれたんや」
「――生徒を襲った罪を被せるつもりだったのね」
ほうじ茶の入った紙コップを持ったまま、ゆかりは合点がいったという顔をして、鴨川浮音のほうに視線を寄せた。
「ご名答。調べていけば、過去にああいう号外を作ったことがわかるし、それに関連して学校を去ったことも明らかになる。世間と警察は津田の逆恨みと断じて、奴さんは数年喰らい込む。その間に教職を辞して海外に高飛びしようと考えてたらしいで、村山女史は」
そこまで話し終えると、鴨川浮音は佐原の作った握り飯を口に放り込み、それを胃に落とし、
「考えてみい。いくら僕らが実績を持ってるったって、たかが知れてるがな。ほんまに生徒のことを思ってるんなら、普通は警察に頼みますワ。その辺から、なんだかくさいなあ、とは思っておったんや」
「そういえば、タクシーの運転手さんたちに聞き込んでたのは、どうなったんですか」
副級長がゆかりから聞いた話を思い出して尋ねると、それはね、と、佐原が答えた。
「村山女史の策略が露見したのは、タクシーが原因だったんだ。よせばいいのに、高いチップを運転手に渡して、出町柳でいったん降ろしたあと、紫明通りでもう一度拾うように頼んだんだってさ。運転手さん、顔写真を見せたら間違いないって何度も指さしてたよ」
「それもそやけど、決定打はドライブレコーダーの録画やったな。あんなにハッキリ写ってりゃ、言い逃れはできへんわなあ」
「でもさ、それはやっぱり、津田さんのアリバイが分かったからこそじゃないかなあ? あの人の無実が分かったからこそ、念押しのためにドラレコの録画をあたることになったんだし……」
佐原の言葉に頷くと、袂から取り出したロングピースを吸いながら、鴨川浮音は悠然とした顔で下界のほうへ目をやった。
「OG連中からの情報で、やつが退学以来ずっとコンビニでアルバイトをしてることがわかったんや。んで、わけを話したら、そこの店長はんが快く、事件のあった週のシフト表を見せてくれて、おまけに津田が犯行時刻にずっとレジ打ちをしていたことを証明してくれたってわけや。ちなみに、職場のコンビニは例の公園の近場にあって、仕事終わりの一服の指定席なんやと」
今まで自分達の元に降りかかった様々な出来事の辻褄が、寄せ木細工のようにぴったりとはまってゆくのがゆかりと摩子、副級長にはわかった。だが、最後に一つだけ、どうしてもわからないことが三人にはあった。
それは、津田の持っていた杖のことである。見た限り、彼女の足には不自由な気配は一切ない。どう控えめに見ても、何かしらの意図を感じずにはいられない持ち物である。
彼女達の疑問を察したのか、鴨川浮音が佐原に、担いできたリュックサックを取るように目くばせをした。
「――みんな、あの杖が納得いかんという顔をしとるなあ。ありゃあ、こういう目的のシロモノなんよ」
そういって鴨川浮音がリュックサックから取り出したのは、津田が持っていたあの杖であった。いきなりの事に目を白黒させる三人をよそに、鴨川浮音はにぎりを回し、ゆっくりとした手つきで杖を引っ張った。
スルスルという音を立てて、木製の杖の中から、銀色のものが姿を現したが、それはあるところまで来ると、なにかがはまるような音を立てて伸びるのをやめ、あとには一メートル五十センチほどの長さの棒が出来上がった。
「――写真撮るときに使う、三脚ってのがあるやろ? それの親戚で、一脚っていうやつがあるんやけどな」
そう言いながら鴨川浮音が杖の握りを今までと逆の方向へ回すと、カメラの底にある穴へ差すための、クロームメッキが施されたネジが姿を現した。
「スクープをものにしただけあってやっこさん、写真は得意なんやけど、手ぶれでパーにすることが多かったらしくてなあ。そのために常日頃から、杖型の一脚を持ち歩いとったんや。まア、今度ばかりは殺意がなかったとは言えんらしいけどな」
手品師の杖のように一脚を振りまわす鴨川浮音を、ゆかり達はじっと見つめていた。
「それにしても、遅いなあ。先に行っててくれって言うから、こうして先回りをしたのに……」
佐原は腕時計と、下界からここへ通じる道を交互ににらんで、来客を今や遅しと待っていた。
「ねえ、鴨川さん。――津田さんは、どうなるの? あの一件以来、佐伯さんも学校に来ないし……」
ゆかりの目に浮かぶ悲痛そうな表情に、鴨川浮音は一瞬ためらいの色を顔に浮かべたが、やがて満面の笑みで、
「それはきっと、本人たちが教えてくれるやろ。――おーい、こっちやでえ……」
下の登山道の方へ手を振る鴨川と佐原に釣られて、ゆかりは視線の先を覗き込んだ。そして、その先にいる人物の顔を見て取ると、笑顔にならずにはいられなくなった。
かなたの空に、薄暗い雨雲が見えた。いずれ、雨が降るかもしれない。しかし、雨のやんだあとには必ず、燦々と輝く太陽と、あたたかな日差しが待ち受けているものなのだ。
津田と佐伯の今後もまた、同じようなものであると、ゆかりは固く信じていた。
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