日常回4(太郎と舞のデート)
腕時計を見る。
8:45を針が指している。
出かけようと思いドアを開ける。
毎日の事ではあるが蒸し暑い空気が私に襲いかかってくる。
もうそろそろ初夏だろうか。
家の中は一年中26℃をキープしているのでよくわからないけど。
日差しは強くとても出かけたいとは思えないが、どうしても出かけなければならない理由がある。
「よしっ……」
私は呼吸を整えるためドアを閉めた。
外には運動会日和とでも言える青空が広がっており私の外出を祝福してくれている。
しかし私はインドア派。そんな青空は逆効果だ。戻ってこい2日前の積雲よ。
あ、昨夜の積乱雲さんはお引き取りください。
どうでもいい一人コントを脳内で繰り広げ呼吸を整える。
全身が映る縦長の鏡には精一杯のおしゃれをした私の姿が写っている。
私が今まで一回も装備したことのない麦わら帽子が頭の上で存在感を放っている。
「じゃあ、行ってきます」
私はリビングに顔を向けて言う。
すると呆れたような顔をした沙耶がアイスを片手に出てきた。
「おねぇちゃん……それ今日でもう5回目だよ」
そう言いながら沙耶はアイスを食べる。
それ、私が楽しみにしてたやつ……
いつもよりちょっとお高めのアイス。
「沙耶!それ……私が楽しみにとっておいた」
「そうだね。プレミアムバニラだね」
沙耶はスプーンを口へ運ぶ。
私のプレミアムバニラが妹のお腹の中へ消えていく……
「ところでお姉ちゃん。時間大丈夫?」
沙耶はスプーンを口にくわえたまま自分の腕を指でさしジェスチャーをするがそんなことは知ってる。
8:45……あれ?さっきから秒針が止まってる?
「い、行ってきます!」
「おねーちゃん!傘!」
「今日は晴れだからいらない」
「ちゃんとくじ……」
私は慌ててドアを開けて飛び出す。
太郎くんとの待ち合わせは9:00に公園だ。
走れば着くはず。
そう思いながら踏み出した最初の一歩は、昨夜の雨に濡れていたタイルのせいで滑った。
私の家は玄関まで階段がある。
体が宙に浮く。景色が回転する。回転する景気がゆっくりになった気がする。
『あ……これ頭から落ちるな……太郎くんとのデート楽しみだったのになぁ』
恐怖で目を瞑る。痛みに備える。
が不意に浮遊感が消える。その代わりに安心感というかあったかい感じに包まれた。
「舞さん。大丈夫?」
大好きな人の声がする。
私はゆっくりと目を開く……そこには太郎君の顔がすごく近くにあった。すごく近い。
太郎君のは美形だし声も凄くいい。
私の顔が熱くなるのがわかる。
それにこのまま私が少し起き上がれば唇同士が触れるんじゃないのかと言うくらい近い。
そして何より今の私は太郎君の腕の中にいる。お姫様抱っこというやつだ。
ゲームの中では何回もしてもらったけど現実でされると照れる。
「だ、大丈夫」
捻り出せた言葉はこれが精一杯だった。
本当はもっとちゃんと気持ちを伝えたいのにいつもこうだ。
[ありがとう]とすら言えない私に腹が立った。
「本当に?顔が赤いよ?」
太郎君はそういうとおもむろに顔を近づけてきた。わ、私を殺す気ですか!このままでは私はキュン死してしまう。私は少し期待しながら目を瞑った。唇が尖っているのはそういう経験がないから仕方ない。
おでこに額が当たる感覚がする。
太郎君の鼻息がわかる。
そこで私が息を止めていたことに気づいた。
ゆっくりと息を吐き出す。
それにしても、じれったいな……まだかな?
唇に何の感触もないので目を開ける。
「期待させちゃった?」
「……もー!太郎のバカ!」
本当にバカじゃないの?凛とか麗華ちゃんはそういうの普通にするよ?
私たちだけまだなんだよ?
「本当に舞は可愛いね」
「……バーカ」
「そういう風に照れたりするところも」
「……」
「可愛らしい顔も」
「……」
「その控えめな体も」
「…は?」
「全部好きだよ」
「おい、ちょっと待て。誰が小学生体型だって?」
ちょっと傷ついた。ちゃんと凛とか麗華ちゃんほどじゃないけどあるよ。なんなら触って確認してもらっても構わない。
太郎ならいいかなって…
「そんなこと言ってないよ。ただ俺は舞のことが本当に好きなんだよ」
「……っ!わ……わ……」
「わ?」
「私もしゅきです!」
……噛んだ。完璧に噛んだ。
太郎君が顔を背けた。私への配慮ですか……ん?太郎君の顔が赤い?なんで?
「こんなの反則だって」
「え?何が?」
「ううん、なんでもない。もう9:40だよ。何してたの?」
え?嘘っ……そういえばこの腕時計30分遅れてるんだった。
久しぶりに使うから忘れてた。
「……あれ?その腕時計もしかして壊れてる?」
「……うん、止まっちゃった」
8歳の誕生日プレゼントで貰って今までちゃんと動いてきた。
「じゃあ新しいの買いに行こっか」
太郎君がふわりと微笑む。
なんかふわふわした気持ちになった。
「うん!行こ!」
私も自然と笑顔になる。太郎君と一緒に買い物かぁ。元々は遊園地に行く予定だったけどWデートの約束もあるしその方がいいよね。
「……麦わら帽子似合うね」
「そう?……ありがと」
「ワンピースも似合ってる……ところで俺さっきから足触ってるけど大丈夫?」
「うん」
まだお姫様抱っこされてた。
階段から落ちたのにちゃんと捕まえてくれた。
意外と逞しい体つきだ。
「ねぇどこ触ってるの?」
「胸筋と腹筋。結構鍛えてるね」
太郎君はかなりの細マッチョだ。
私はガチムチよりこっちの方が好き。
「まぁ必要だからね」
「重くないかな?」
「全然軽いよ。もっと食べた方がいいんじゃない?」
そう言ってもらえると嬉しい。
けど知っているのだ。前同じことを言われて信用した結果2週間で2キロも体重が増えてしまったのだから。
「舞ちょっと背が伸びた?」
「え?」
やっぱりもっと食べた方がいいかな。
もしかして胸が大きくならないのは成長期にちゃんと食べないせい?
「やっぱりちゃんと食べるよ」
「どうしたの急に」
「ちゃんと食べて胸を大きくする」
「え?……あぁうん。そうなったら俺も嬉しいかな」
なんか冷たい。まさか……
「太郎ってロリコン?」
「違う!そんなくびれも胸も無いような人を好きになるわけないじゃ……今のは言葉の綾ってやつで俺は舞だからそんな体型でも好きなわけで……」
太郎君はあたふたしながら言い訳を連ねる。
私がナイスなバディになっても喜んでくれないのかな……
「わかった。大丈夫だから。私は太郎がロリコンでも太郎がす、好きだから……」
「ロリコンじゃないから、そこ重要。あと俺も舞のことが大好き」
太郎君と目が合う。
照れる。どちらから言うこともなく微笑みあった。
そんな雰囲気をぶち壊してくるやつがいた。
「おねーちゃんたち何やってるの?」
雰囲気が良かったのに沙耶が来たせいでぶち壊しじゃん。
沙耶は傘を持って短パンにTシャツというラフな格好をしている。
「ちょっと買い物行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
沙耶を見送るといきなり冷たい感触を頰に感じた。
昨夜お引き取りになった積乱雲さんが戻ってきたようだ。
「降ってきたね」
「降ってきちゃったね」
太郎と家の中に戻った。
することもなかったのでリビングで映画観賞をすることにした。
「ねぇ、どうしてもここに座ってないとダメ?」
「うん、ダメ」
「なんか恥ずかしいよ……」
私は太郎君の足の上に乗せられている。
ソファはまだ空いてるのに……
「やっぱり隣に座るよ」
「ダーメ」
私が離れようとするとお腹を両手でがっちりホールドされた。
恥ずかしいけど幸せな時間だった。
映画はラブラブな恋人同士のすれ違いや勘違いが重なって別れそうになるけど本当の思いを最後は知ってハッピーエンドというものだった。
映画が終わるともうだいぶ外は暗くなっていた。
「じゃあまたね」
「うん……またね」
……太郎君が帰っちゃう。
「ま、またねのキスとか、ない……の?」
恥ずかしい!……でもこんなことが言えたのはさっき見た映画のおかげだ。
「ごめん。キスとかしたら色々止まらなくなりそうだから……」
「止まらなくてもいいから!」
太郎君はいつも頑なにそういうことをしてくれない。
ここまで求めてくれないと私に魅力が無いんじゃないかと不安になる。
「ダメだよ。親父にそういう技術を教えられてるし……まぁ使い道はちょっと違うけど」
「キスだけでもしてくれないの?……私、不安なんだ。魅力がないんじゃないかって……」
「そんなことはないよ!舞は魅力的だから……その……俺が止まらなくなって傷つけるんじゃないかって思って」
「それでもいいから……キスだけでもお願い」
そういうと太郎君が固まった。
こんなにかっこよくて優しくて一緒にいると幸せな気分になれる太郎君が他の女の子に取られたら私はきっと立ち直れない。
私は太郎君が大好きだから。
本当に大好きだから。
「あぁもうわかった!どうなっても知らないからな!」
そういうと太郎君はゆっくりと近寄ってきて私の頰に手を添えた。
だんだんと顔が迫ってくる。
ちょっと期待しながら目を閉じた。
唇にあったかくて柔らかい感触が伝わる。
これがキス……か。
思ったより大したことないなぁ。
ん?舌が入ってきた?
ふわぁ……
あっ……もうちょっと……
「たろぉ……」
「ご、ごめん舞!またね!」
太郎は慌てた様子で玄関から出ていった。
「……」
何が起こった?!
なんか舌が入ってきたと思ったら……急に体に力が入らなくなって。
頭がぼーっとしてなんか気持ちが良かった……
「ただいま〜……お姉ちゃん?どうしたの?」
「たろぉ……」
「太郎さんがどうかしたの?」
「キスしたの」
「へぇー、爆発しろ。ところでアイス食べる?」
「食べる……けどちょっと手貸して」
「どうしたの?」
「腰抜けちゃって……」
「はいはい、爆発しろ」




