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鬼哭の湊  作者: 無暗道人
第四章
22/22

4

「抜刀!」


 河上を取り囲む兵が全員、銃器を仕舞い、刀を抜く。その数ざっと、八十。

 銃器ではむしろ不利と考えたようだ。床に落ちた銃器も、拾い集めて後方に搬送している。広いと言ってもたかが知れている倉庫内で、ただ一人を相手にするのだから、その判断は間違っていない。だが斬り合いで河上を倒せると思っているのか。

 残念ながら、その判断も当たりだった。今のところ平然として見せているが、かなり体力の限界が近づいてきた。浅手が重なれば、さらに急速に体力を消耗するだろう。

 だからなんだというのだ。勝ち目が、切り抜けて、生き残る光明が見えない。それは戦う事を辞める理由にはならない。

 勝つか負けるか。生きるか死ぬか。それは、戦うか戦わないかとは、全く別のところに在る事だ。

 勝つためにここに来ているのではない。戦うためにここに来たのだ。だから、まだ戦える。大事なのは、それだけだ。

 右手に突っ込んだ。いや、突っ込む直前で跳び退り、振り向いて、追って来た背後の一団に斬り込む。

 虚を突かれた格好の一団を斬り伏せながら突破し、また反転して、もう一度後ろから斬り込む。今度はその向こうに居た、最初に突っ込むと見せた一団にまで、そのまま突っ込んだ。

 大きく駆け回りながら戦う。それは、体力に余裕があるからでは無かった。むしろ逆で、その場に踏みとどまって、皮一枚で攻撃を見切り、返り討ちにするだけの余裕が無いからだ。

 常に先手先手を取り、敵を振り回し続けなくては、持ちこたえられない。見る間に息が上がる。全く情けない事に、この五年間で体が鈍った事を感じずにはいられなかった。

 また何人か斬り倒した。後ろから来る。脚が重く、思うように動かない。背中に熱いものが走った。まだ浅い。腰を落としながら振り向き様に、相手の腰部を薙いだ。

 刀ももう限界だった。切れ味がほとんど無くなっている。使い方が悪いので、切れ味の落ちも早いのだ。新しい刀を拾う余裕も無い。

 足を払い、倒れてくるところを突き上げる。コンテナの上から跳躍し、大上段から唐竹割にする。首に刃を当て、のこぎりでも引くように引く。(もも)を切り払い、倒れたところに突き立てる。すでに刃には、はっきりと分かるだけの刃こぼれがあった。

 上段から打ち込んできた。振り下ろされる腕を払う。浅い。まるで浅い。刀を返して袈裟切りに斬る。引っ掛かる様な抵抗が酷かった。

 こんなものでは殺せない。腹を突いた。突いただけでは駄目だ。刀を捻じり、腹をえぐる。刃を上にして、そのまま強引に振りぬいた。

 雨が降ってきた。血の雨だ。血の雨に濡れるのは、一体何年振りだろう。


「下がれ」


 声がした。杉の声だ。取り囲んでいた兵が、油断無く構えながらも退いて行く。囲みの一角が割れて、杉が近づいてきた。


「すげーもんだな、河上。お前一人で百人ほど()っちまったぜ。見ろ、辺り一面血の海だ。大した地獄じゃねーか、なあ?」

「そんな地獄に、わざわざ降りてくるお前は何だ? 杉」

「さあな。お前と同じ、鬼かもな」


 杉が刀を抜く。河上もいい加減棒切れ同然になった刀を捨て、まだ切れそうな物を拾った。

 コンクリの床は血だまりで滑る。屍が無数に転がっていて邪魔だ。杉はピンシャンしているのに、河上は無数の浅手を受けて肩で息をしている。

 およそ一対一の決闘にはそぐわない条件の悪さだ。だが端から決闘をする気など、どちらにも無い。

 これは戦争なのだ。例え一対一になろうとも戦争であり、対等の条件での戦いなど、望む方が間違っている。

 杉が斬り込んでくる。鋭い。太刀筋も、気もだ。かわしたが、辛うじてだ。やはり、思う様に体が動かない。いや、万全の状態だとしても、杉の太刀筋の鋭さは、十分脅威だった。

 馳せ違い、向き合う。それを何度も繰り返した。杉が攻め、河上が防ぐ。杉の気は、鬼気迫るものがあった。気そのものが、切り裂いてくるように思える。

 対して河上は、気を内にこもらせて、耐えた。もはや体力も気力も尽きようとしている。気を内に溜め、練りに練り、ただの一撃で勝負を決する。

 それでしか勝てないではなく、それ以外に納得のいく剣は、もう振るえない。

 杉が面を打ってきた。身を退いてかわす。杉の殺気が膨らんだ。体が危険を告げる。身を捻じって、血だまりの床を転げまわった。

 刀を打ち下した杉は、そのまま踏み込み、突きを繰り出していた。あのままいたら、胸の中心を貫かれていただろう。


「恐ろしい腕をしている。改めて思い知ったよ。義勇兵の指揮など取らず、一兵卒として戦場を駆けていれば、お前も異名持ちになっていた事だろう」

「だろう? 自分でもそう思うぜ」


 この期に及んで、冗談とも本気ともつかない事を言う。杉は、何処まで行っても杉だった。

 左脇腹が痛い。杉の手下のチェーン男にやられた肋骨が、今になってまた痛み出した。右脇腹が痛い。杉に刺された傷が、開いたかもしれない。

 頬が痛痒い。銃弾が掠めたところが、軽い火傷を伴っている。右腕の防御創が痛む。この傷による差が、致命傷になるかもしれない。背中の傷が痛む。浅いはずだが、見えない。確実に、命は流れ出している。

 傷が痛むという事は、まだ生きているという事だ。死が近づくと、痛みは遠くなっていく。

 不意に、何かを突きぬけたと感じた。辺りが明るく、いや白くなる。だが河上には、太刀筋しか見えていなかった。太刀筋だけを見ていた。

 来る。まず逆袈裟、次いで刀を返して上段から。その太刀筋では、殺せない。逆袈裟をかわし、上段を受け流して、逆に上段からの打ち込みを返した。

 太刀筋は消えない。しばらく向かい合う。河上は、ただ無心だった。また太刀筋が動く。今度はさっきよりも鋭い。だが、まだ殺せない。

 誰と対峙していたのか。この太刀筋は、誰が放っているのか。ひょっとしたら、自分と向かい合っているのではないか。

 一太刀ごとに、太刀筋は鋭くなっていった。それに伴い、太刀筋の向こうに影が見えて来た。

 初めはぼんやりと。ただ何かがそこに在るという程度に。やがてそれは人の形になり、顔の無い影が剣を取っている様に思えた。影に目が、鼻が、口が現れた。

 刀を構えた杉がそこに居る。白かった世界が、いつの間にか暗闇になっている。闇の中で、河上と杉だけが向かい合っている。

 何かが聞こえる。足元から、何かが立ち上ってくる。ささやく様な、泣くような、それとも笑う様な、声。よく聞き取れないが、懐かしい声の様な気がする。

 鬼哭。鬼の、つまり死者の、()き声というやつか。だがそれにしては、恨めしそうには思えない。

 耳を傾けると、確かに聞こえる。この世ならぬ場所から発せられる、この世ならぬ声。それが聞こえるという事は、俺は死んだのか。だが上手く聞き取れないという事は、まだ生きているのか。

 生死の狭間に居る。そういう事なのかもしれない。自分も、そして自分に向かって刀を構える杉も。

 杉よ、聞こえるか。ああ聞こえるとも、鬼どもが哭いている。どうやら俺達は三途の川辺いる様だ。だが死ぬ前に、この決着は着けなければな。お前を斬るのは俺だ。どちらでも良い事だよ。

 杉が踏み込んできた。河上も前に出る。真正面から斬り合った。体は軽い。刀は思うように動く。手ごたえは無かった。

 額を突き合わせそうな距離に、河上と杉は居た。杉の肌に、ぷつぷつと赤い玉が浮かんで来た。やがてそれは繋がって一本の線になり、開いた。血が噴き出し、河上の顔を濡らした。

 声が聞こえる。葛城の声だ。そう言えば、必ず行くと言っていたな。だが一足遅かったな、葛城さん。もう全部終わっちまったぜ。声が出なかった。

 視界が光に包まれていく。痛みは無い。音も遠くなっていく。さっきまで、ぼたぼたと水が垂れる様な音が聞こえていたはずだ。あれは何の音だったのか。

 しっかりしろ、河上。そう自分に叱咤したが、何の意味も無かった。掌から刀が滑り落ちていく。それが河上の、最後に感じた感触だった。


                                            <完>

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