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覇者の遺産  作者: 小日向 冬馬
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在処の詩は東にて


 天音が見守る中、謎解きを試みる景が、天井を仰いで白旗を振る。


 「天音ちゃん……さっぱり分からないよ。分かっているなら教えて?」

 「そうよ! 天音だけ分かってるなんてズルい!」


 麻里佳も景の後ろから顔を出して威嚇する。


 「それはいいけど……麻里佳、財宝とか私らには全く関係ないんだからね」

 「分かってるって! でも、気になるじゃない」

 「確かに、こんなに高そうな絵画や骨董をたくさん持ってる人が、家族に内緒で隠してる物が何か気になるよな」

 「伊織川! 勿体つけてねぇで教えろよ!」


 加原も苛立ちを露にしながら地団駄を踏む。


 「その前に一つ言っておくけど、ここにあるものは全部レプリカだからね。何の価値もないよ」


 天音の言葉に驚愕し、周りを見渡す子供たちに景の祖母は「そうなのよ」と溢す。


 「でも、よく分かったわね。天音ちゃん」


 景の祖母が感心して言うと、天音はさも当然の如く呟く。


 「ここの作品は全て、世界中の名だたる美術館に所蔵されているものばかりですからね」


 天音の言葉に景の祖母は改めて感心する。


 「お祖父様はモノの価値について、独自の哲学をお持ちだったのでしょう。だから、レプリカでもわざわざセキュリティルームに収蔵した……」


 天音は一度俯いてから、景の祖母に目をやって、屈託のない笑みを見せた。


 「それでは、月影氏の宝物を見に行きましょうか」


 天音はそう呟いて、先に部屋を出ていった。

 その後にぞろぞろと皆が続いていく。


 この世の全てを手中に納めた覇者の遺産が、ついに日の下に現れる。



  * * * * *



 一同はリビングへ入り、先程まで加原が優雅にティータイムを過ごしたテーブルを囲むソファーに腰を下ろした。


 「景ちゃん、あの手紙を見せてくれる?」


 天音に促され、景は例の手紙をテーブルに開いた。


 「文言の意味は、タイトルにあったのよ。景ちゃんに言っていた『頭だけを使え』とは、そういう意味だったの」


 「つまり、『在処の詩は東にて』ってこと?」


 麻里佳が確認するように訊ねると、天音は頷いて指を差す。


 「ここ、鍵は『東にて』の部分よ」

 「東……イースト、卯、とう……」


 塩谷が東を様々に言い換えるが、何れもピンと来ない。


 「そうじゃないわ。ヒがシなのよ」


 天音が続ける。


 「詩の行の頭の単語のシとヒを入れ換えると、こうなるわ。


 『火の傍にある場所、白い床の四隅の一角、獅子の像の足元から、神の御前に歩み寄り、騎士に向かい天を仰げ』


 火の傍は暖炉、白い大理石の床、獅子の像、神を示す十字架、聖騎士の像……つまり、この部屋を指しているってことよ」

 「じゃあ……」


 景が天音の謎解き通りに暖炉の傍のライオンの像から、対面に位置する十字架まで歩き、聖騎士の前で天井を見上げた。


 「えっ……」


 景の瞳は、天井に備え付けられた鏡に映る己の姿を捕らえていた。


 「景ちゃん、それが世界中を飛び回った末に手に入れた、あなたのお祖父様の宝物よ」


 見上げたまま言葉を失っている景に、天音が静かに語る。


 「多忙を窮め、休みなく働いたお祖父様が、ようやく隠居して落ち着き、目の前にあっても届かなかった家族との幸せな時間……それを知って欲しかった……大切な家族の皆にね」

 「家族でこの謎を解き、天井を見上げた時に見える姿こそが、宝物ってことだったのか」

 「景ちゃんのお祖父ちゃんは幸せだったんだね。景ちゃんやお祖母ちゃんといた時間が……」

 「何か拍子抜けだなぁ。スゲェお宝だと思ったのにさぁ」


 当事者家族を目の前にして不謹慎な加原に、麻里佳が加原の顔を力一杯握り締める。


 「黙ってろ! ゴミ虫がぁぁああ!」


 意外に力のある麻里佳のアイアンクローで、ミリミリと軋む加原の顔。


 「あぎゃぎゃぎゃ……」


 痛みにもがいて麻里佳の悪魔の手から何とか逃れた加原は、赤くなった両こめかみ辺りを撫でながら、妖しく光る麻里佳の眼差しを畏怖の目で見返す。


 「……ありがとう。天音ちゃん」


 景が天音に向かい、円らな瞳を細めてニコリと笑みを見せると、目尻の縁から一筋の涙が頬を伝った。


 それは部屋の明かりを受けて、まるで宝石のように美しく輝いていた。




 月影氏の遺言の謎を見事に解き明かした探偵クラブの面々は、お礼にと豪華な晩餐をご馳走になり、送迎用のリムジンで、自宅まで送ってもらう際に、麻里佳が景の祖母に呼び止められて、何やらコソコソと相談していた。


 既に車に乗り込んでいた三人は、その光景をジッと見つめていたが、すぐに麻里佳がニヤニヤしながら車に乗り込んできたため、訝しく麻里佳に問う。


 「佐藤、何話してたんだよ?」

 「麻里佳! 教えろ!」


 しかし、いくら男子二人が問い詰めても、麻里佳は決して話そうとはしなかった。


 ただ、「来週には分かるから」と、謎の言葉をポツリと溢しただけだった。


 そんな三人のやり取りに全く関心を示さず、天音は流れる車窓の景色を眺めていた。



  * * * * *



 翌週―――。


 退屈なクラブ活動の時間が始まると、クラブの顧問兼担任の柳沢先生が、連れを伴って入ってきた。


 「皆さぁん! 今日から新しくクラブに加わることになった、月影景ちゃんです! 拍手~」


 ニンマリとほくそ笑みながら拍手する麻里佳の他の三人は、あまりの唐突な新加入者に目を真ん丸く見開いて呆然とする。


 「ヨロシクね」


 はにかみながら天音の隣の席に着く景に、天音は引き攣った笑顔で言う。


 「景ちゃん、わざわざこんなゴミ溜めの巣窟に来なくてもいいのに……」

 「……迷惑……だったかな……」


 悲しげに顔をしかめる景に、天音が慌てて否定する背後に殺気を感じ振り返ると、黒いオーラを纏った麻里佳が、天音を睨み付けていた。


 「何処がゴミ溜めだって? 私が天音のために作ってあげたのにぃ!」

 「ご…ごめんなさい!」


 新たに5人組となった探偵クラブ。


 その大事な最初の一歩から、前途多難の様相を見せるのだった。




  『覇者の遺産』

         《了》




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