常識問題からのピンチ
ハルトが去って行った後、朝食にしようと言ってロアンがキッチンへ入って行った。
そしてすぐに戻ってきたかと思うと、パンが乗せられた皿を手に戻ってきた。
「悪いな。こんなんしかなくて」
「いえ、ありがとうございます」
優奈はそう言ってありがたくパンをいただく。
「あの、ハルトさんは大丈夫なんでしょうか?」
優奈が先程のハルトの様子が気になりそう聞けば、ロアンは少し難しそうに顔をしかめた。
「あぁ・・・大丈夫だ。あれの信仰心は一種の病気じみてるからな。ユーナが気にすることじゃない」
ロアンは優奈を安心させるように小さく笑った。
「はい。・・・あの、それとハルトさんが言ってた聖なる気配とか、加護ってなんですか?」
優奈はもう一つ気になっていた疑問も口にする。
(天界の加護って言ってたよね? 天界に連れていかれた時に何かされたのかな? 加護って言うからには悪いものじゃないんだろうけど・・・)
「加護っていうのは天界とか、精霊とか、なんかそういったもの達が、力を貸し守る事を与える事だ。まぁ、普通は見ただけじゃわからないんだが、ハルトは特別で、聖なる気・・・まぁいい気配? って言えばいいのか? それを見ることができるんだ」
ロアンの説明に優奈は成る程、と頷く。
「じゃぁ、さっきのハルトさんの発言からすると、私にその・・・聖なる気配の加護があった・・・ってことですか?」
「まぁ、そうなんだろうな。俺にはわからないが、ハルトがそう言ってたからには間違いないだろ」
適当に流すように答えるロアンの様子から、彼がそういったことに殆ど興味がないことが読み取れた。
優奈は質問攻めにして悪いと思いながらも、さらに質問を重ねる。
「さっき・・・ハルトさんが神々って言っていましたが、神様はたくさんいるんですか?」
(セイルが言ってた感じでは神様は一人っぽかったんだけど・・・)
「・・・神々っていうのは天界に住まう者達を指してる。だから当然複数いることになるな・・・」
ロアンはそう答え、優奈をジッと観察するように見つめてきた。
優奈は再び成る程、と頷いていたが、ジッと見てくるロアンに少しギョッとする。
何故こんなに見られているのかわからず、少々居心地の悪い気分になりながらロアンを見つめ返す。
「あ、あの・・・?」
「ユーナ・・・お前本当に何者だ・・・?」
優奈はその質問に体がカチンと硬直する。
(し、しまった! 色々と質問しすぎた?! や、やばいよね・・・これ疑われてる・・・)
優奈はロアンのの問いに何と答えるべきか頭をフル回転させる。その間もロアンの視線は優奈から外れることはない。ロアンの目は真剣そのもので、目をそらしたり泳がせれば不審に取られるだろうから優奈もじっと見つめ返す。
優奈が考えあぐねいているとロアンが先に口を開いた。
「神々にしろ加護にしろ、世界中の人間の常識のはずだ。天空人を祀る神殿は世界各地にあるし、加護の話は勇者物語を聞いたことのあるやつなら知っている。勇者物語なんてのは子供に聞かせる物語の代表作だ。聞いたことがない奴なんていない。・・・ユーナ、お前本当に何処からきた?」
(やっぱり! 常識だったんですね!)
どうしよう! と優奈は心の中で悲鳴を上げる。
頭の中での選択肢は、一 正直に全部話す。(信じるかどうかは不明)二 途中(魔界)を端折って話す。三 記憶がないふりをする。四 適当に誤魔化す。(難易度高そうだが・・・)
一、二は信じてもらえるかがまず問題だ。魔族に対するこの世界の人の感情がわからないだけに、魔界のことまで話してもいいのかもわからない。三が無難か、と思われるが記憶をなくそたふりを続けるなんて高度な技ができるかわからない。演技力なんてものが一般人の優奈にあるはずがない。四は・・・適当に誤魔化す「適当に」が思い浮かばないからまず却下だ。
それでも何か言わなければ、と優奈は口を開いた。
「あ、の・・・」
「・・・いや、そうか、悪い。変なことを聞いたな。どこから来たかわからないって言ってたのに・・・」
が、優奈が言葉を紡ぐ途中でロアンがそれを遮った。
優奈としては助かったのだが、ロアンのやけに鎮痛な面持ちに何と無く不安を覚える。
「え、あの・・・」
「いや、いいんだ。わかったから・・・無理に話さなくていい」
一体何をどう解釈してそんな表情になっているのか気になり優奈が声を掛けるも、ロアンがすぐにそれを打ち消してしまう。
「・・・は、はい」
優奈は仕方なしに頷いておいたが、彼の頭の中で優奈がどういう存在になっているのかが不明だ・・・。
どうも一人で納得してしまったロアンはその後出かける準備をし始めた。
白いシャツの上に皮で作られているっぽい鎧を身につけていく。
鎧と言ってもかなり簡易のもので、肩、胸、背当てにそれから腰回りにぐるっと一巻きするだけだ。
手慣れた様子でロアンはそれをつけ終わると最後に剣を腰にさした。
その様子を物珍しげに眺めていた優奈は、改めてロアンの体の作りに感心する。
無駄な肉がおよそどこにも見当たらないロアンの体は細く見えるのに、しっかりと筋肉がついている。そのことがよくわかったのが背中だった。薄っぺらい背ではなく、きちんとシャツの上からでもわかる筋肉のつき方をしていた。おそらく胸もともあばらが浮くことなく胸筋がついているだろう。二の腕は・・・大腿二頭筋は・・・腹筋も・・・
と、優奈は一人想像を巡らせていく。
(筋肉質な男っていいよね・・・目の保養だ・・・)
「ユーナ?」
妄想にふけっていた優奈は声をかけられハッと我に返る。
見るとロアンがすっかり支度を終えてこちらを見ていた。
(へ、変な顔してなかったよね?!)
優奈は慌てて表情を取り繕い、ロアンを見上げる。
「俺はまた村周辺と森を見回って来るから・・・ユーナは・・・家にいても暇だろ? おかみさんは・・・昼の仕込みもあって忙しいだろうからなぁ。ハルトは・・・また興奮しそうだし」
ロアンは一人でぶつぶつ言いながら思案し、出かけている間優奈をどこに預けるかを考えているようだ。
そりゃ他人を自分の家に一人残して行くのは不安が残るだろう。優奈としてもここに一人残されても色々と困るので誰かが一緒にいてくれた方がありがたい。
「・・・アランに預けるか。じゃ、行くか」
ロアンはそう言うと優奈に手を伸ばしてきた。
(これは、掴まれって意味でしょうか?)
その手をじっと見て固まっていると、ロアンがどうした? と言って手を掴んできた。
どうやら優奈の解釈であっていたようだ。
ロアンは手をつかんだまま優奈を覗き込んできた。
優奈は慌てて首を振り何でもないと答える。
ロアンはそうか、と言ってやんわりとした微笑みと共に優奈の頭にそっと手を乗せた。
「昼に一度戻るから、それまでは今日はアランといろ。あいつは色々知っているから、気になること、わからない事があればあいつに聞くといい。・・・昼飯は一緒に食おうな」
「はい。ありがとうございます」
ロアンは先程のやり取りで優奈がものを知らない娘だと理解したのだろう。そんな優奈の為に色々と気遣ってくれたっぽいロアンに優奈は素直に礼を言った。
ロアンはそれに対し破顔し、クシャクシャっと優奈の頭を撫でた。
そして優奈は少しクシャクシャになった頭のまま、ロアンに握られたままの手を引かれ外へと出た。
(髪の毛、直したい・・・)