魔術師の家
ロアンに連れられてやってきたアランの家は少し村はずれにあったが、この村では珍しい三階建ての家で、敷地面積も結構な広さがあった。木造屋が多い中でアランの家は石造りになっており、かなり頑健そうだ。
そんなアランの家にロアンはノックも何もなしで勝手に扉を開け、上がり込んだ。
ロアンに手を引かれている優奈もそれに引っ張られ、いいのか? と思いつつもアランの家に勝手にお邪魔することとなった。
(お、お邪魔します・・・)
優奈は相手に届くことはないだろうが、心の中で一応断っておいた。
他人様の家の中だというのに、ロアンの足取りには一切の迷いがなかった。
奥まったところにある階段に迷いなくたどり着き、スタスタと上へ登って行く。二階、三階まで登ると、また廊下を歩く。そうして一番奥にある扉の前までくるとガチャリと扉を開けた。
中は寝室にでもなっているのかと思いきや、壁際にずらりと並ぶ棚の数々、室内には幾つもの長机、そのさらに奥に一際大きな机が置かれていた。棚や机に置かれているのは本も多いが、それと同じくらい理科準備室に置いてありそうな色とりどりの液体、瓶詰めされた何か、骨格標本などが並んでいた。
そんな中の長机の一角にアランはいた。
「アラン」
ロアンは迷うことなく室内に足を踏み入れアランに声を掛ける。
だがアランは返事をすることも顔をあげることもしなかった。手元に持っているスポイトのようなものに集中しているようだ。
(理科の実験・・・)
優奈の頭にそんな感想が浮かぶ。
「おい、アラン」
ロアンはアランの前に立つともう一度呼びかけた。
だが、集中しているアランはやはり反応しない
「・・・おい」
痺れを切らしたロアンは少し苛立ちを含んだ声を発する。そして手を伸ばし、アランの肩を掴んだ。
瞬間、スポイトの様なものから液体がポタポタッと下のビーカーの様なものの中にこぼれ落ちる。
(・・・嫌な予感)
優奈の予感と共にボフンッという音と共にビーカーから煙が立ち上がった。
もくもくと何故かピンク色をしている煙が周囲を包む。匂いはなさそうだが、こんな色の煙が体に害がないはずがない。
優奈は手で口と鼻を抑え煙を吸い込まないようにする。
ロアンとアランはどうしているのか、と不安になるが視界が悪いため姿が全く見えなかった。手に伝わるロアンの温もりだけが今は頼りだ。
不意にその手が引かれ、優奈はバランスを崩す。たたらを踏むように前に進むと、ドンっと何かにぶつかった。
少し硬いそれは皮の香りがした。ロアンのつけていた鎧だろう、と予想をつける。
さらに優奈の肩に体を固定される様な強さで腕が回された。
その優奈を庇うように守るように包む腕の温もりに優奈は安堵した。
どれくらいたっただろう。次第に煙が薄れていき、お互いの姿が煙の向こうに見えるようになってきた。
『風よ、駆け抜けろ』
不意に不思議な響きを伴った声が聞こえ、次の瞬間一陣の風が吹き抜けた。そして風が吹き抜けたあとの室内には元の透明な空気が戻っていた。
あっという間の出来事に優奈は目をまたたく。
(何、今の? ま、魔法?)
「・・・ロアン、実験中に触れるな」
少し不機嫌そうな声はアランだろう。
ロアンの影になって見えないが声の抑揚のなさから不機嫌さが伺える。
「悪い、忘れてた。さっきのどキツイピンクの煙は何だ? 吸い込んじまったんだが、大丈夫か?」
「・・・問題ない。多少・・・効果があるくらいだ」
「げ、何だよそれ・・・変なもん作るなよな」
二人でボソボソ会話をしているのを優奈は黙って聞きながら待つ。
(何の効果があったんだろう? 聞こえなかった・・・)
で? とアランはロアンに聞く。何か用があったのではないか、とかそういった感じだろう。
明らかに文字数が足りていないが、ロアンには通じたようだ。
「あぁ、悪いがユーナを預かってて欲しい。ついでにいろいろ教えてやってくれ。知らないことが多いみたいだかからな」
「・・・いろいろ」
「あぁ。昼に一度戻るから、俺が仕事してる間悪いが頼む」
時間も迫っていたのだろうロアンは簡単にアランに説明し、優奈を預けると走るように出て行った。
去り際に優奈の頭を撫でて、いい子にしてろよ、と言って行った。
それはまるっきり子供扱いだった。
(一体、何歳に思われているんだろう・・・)
優奈は去って行ったのロアンの背を見送りながらそんなことを思った。
バタバタとロアンが去って行くと、室内には必然的にアランと優奈が残される。
無口なアランと、そこまで積極性もない優奈。
必然的に室内はシンと静まり返る。
優奈は自分から行動を起こした方がいいのか、どうしたものかと考える。
その時、アランが動き、優奈の側に寄ってきた。
突然動き出したアランにビクッとしたものの、すぐに優奈の目線に合わせるように屈みこんでくれた。
アランも身長が優奈より頭二つ分は高いため、立ったままでいられると、結構な圧迫感があるのだ。
「・・・風呂、いれてもらってないのか?」
(・・・はい?)
アランの唐突な質問に優奈は目が点になる。
何をどう見てその質問に至ったのかがわからない。
何故急に風呂?
(も、もしや臭う?!)
優奈は思わず自分の体臭を嗅ぐ。
確かに昨日はそのまま寝てしまったし、その前の魔王城でも入っていない。あちらの世界で入ったきり、だと考えれば結構な時間入っていない。
女としてそれはダメでしょう! とややも額然とする。
「・・・いや、臭いじゃなく、髪に砂埃がついてる」
アランはそう言って優奈の髪を撫でる。
(あぁ、髪か。たしかに櫛も通してないからなぁ・・・。というか、言われたらお風呂に入りたくなってきた)
サラサラと優奈の髪を梳くように撫でるアランは無表情のままだ。だが初対面の時に感じた怜悧な雰囲気はなく、むしろ温かみが伺えた。
髪を撫でる優しい手つきに優奈が思わずうっとりとしていると、不意にアランに手を掴まれた。
驚いて目を開けるとアランは立ち上がっており、優奈を見下ろしていた。
「・・・風呂、入るか?」
その言葉に優奈はパッと顔を輝かせる。お風呂を貸してもらえるなら貸して欲しい。他人様の家で図々しいと言われるかもしれないが、ロアンの家も他人様の家だ。
この際どこで借りようと同じだろう。
気になり出したら止まらないのだ。一刻も早く入れるのは嬉しい。
優奈が一も二もなく頷きを返すとアランはふっと綻ぶ様に口元に笑みを乗せた。
(う、うわぁぁぁ、笑うともっと美人さんだ)
その笑顔に優奈は打ちのめされた様に軽く眩暈を起こす。
「・・・大丈夫か?」
少しふらついた優奈を心配する声が上から降ってきた。
優優奈はそれに大丈夫だと返し、アランに手を引かれ廊下に進みでた。




