午前中の過ごし方
湯上りのすっきりした爽快感に優奈はふうっと息をついた。
アランに案内してもらった風呂場は一面白いタイル張りで、その一角に猫足のバスタブがそこにおかれた様なところだった。
シャワーも蛇口もなく一体どこから湯を? と疑問に思っていたら、アランがあっという間に魔法で湯をためてしまった。
ビバッ☆魔法!
その後石鹸っぽいものや着替え、タオルなど用意してもらい、そして何故か手伝いはいるか? と聞かれ優奈は盛大に首を振って丁重にお断りし一人で風呂を使用させてもらった。
髪を軽くぬぐい、下着は仕方ないので同じものを・・・その上に用意してくれた服を着る。
と言っても女性用の服などアランが持っているわけもなく、アランのシャツをワンピース代りにした状態だ。
ベタベタだが、男のロマン的姿だろう・・・たぶん。
身長差から言ってアランのシャツは実際にかなりだぶだぶで、十分ワンピースで通るだろう裾の長さだ。膝丈まであるそれは優奈が当初はいていたショートパンツより全然長い。
袖口は何回か折り返してしまえば問題はどこにもないだろう。
優奈はだいたいの身だしなみを整えると部屋の外に出た。
廊下に出て何処へ行ったらいいのか、と首を巡らせる。
先ほどの三階の部屋に行けばいいのか、それともここで待っていればいいのか悩んでいるとアランが近くの部屋の扉から出てきた。
「・・・終わったか?」
「はい。ありがとうございました」
優奈はアランに向けてお辞儀をする。
優奈が顔をあげると、アランの手がゆっくりと優奈に向かって伸ばされた。
嫌な感じもしないので伸ばされた手の行方を目で追う。
「・・・ぬれてる」
そう言ってアランは優奈の髪を一房とった。
タオルドライしただけなので確かに優奈の髪は湿ったままだった。
優奈も自分の髪を一房とる。若干水がまだ滴っており、タオルドライも十分ではなかったようだ。
優奈はアランに手を取られ、先ほどアランが出てきた部屋へ連れ込まれた。
部屋の中は至って普通の居間といった感じで、ソファとローテーブルが置かれていた。居間らしくないところといえば、壁にぎっしりと敷き詰められた本棚くらいだろう。
そんな中のソファの一つに優奈は座らされた。
少しキョロキョロと部屋を眺めていると、ばさっと頭の上から何かを被せられた。
(な、何?!)
優奈は驚いて上を見上げようとしたが、被せられたタオルらしきものの上から頭を抑えられた。
そのままわしゃわしゃっと頭をかき混ぜられる。
ぐらんぐらん揺れる頭に目を回しながら恐らく髪を拭ってくれているであろうアランに対し優奈は大人しくされるがままにした。
頭頂部こそわしゃわしゃっとされたが、毛先の方へ移動すると丁寧に髪を一房ずつすきっては拭ってくれた。
その優しい手つきにくすぐったさを感じ思わず目を閉じる。
「・・・よし」
アランはそう言って優奈の髪から手を離した。
優奈はその声に顔をあげ、アランを振り返る。
「あ、ありがとうございました」
「・・・まだ、だ」
アランはそう言って再び優奈の頭をつかんで前へと向けた。
「『熱風、水を吹き飛ばせ』」
不思議な言葉の響きとともに優奈の顔周辺に暖かい風が吹き抜けた。それと共に風に乗って髪がふぁさぁっと舞広がった。
舞広がった髪はすっかり乾ききっており、耳の横をさらさらと音を立てて滑り落ちた。
「ま、ほう?」
「・・・魔術」
「魔術?」
優奈のつぶやきにアランから訂正が入った。
一体どう違うのかはさっぱりわからないが、今のは魔術というらしい。
アランは頷くと立ち上がって何冊かの本を棚から取り出してきて、優奈の前に積んだ。
「・・・この世界の歴史書、この国の歴史書、地理書、魔術書、天界教典、生活のススメ、勇者物語・・・字は読めるか?」
どうやらアランはロアンに言われた色々教えてやって欲しい、というお願いを実行しようとしているようだ。
基礎知識としてあった方がいいと思ったものを選んでくれたようだ。
優奈は表紙や背表紙の字を目でおう。
字は日本語でもなくもちろん英語なんかでもなく、見たことのないものだったが、そのどれもが苦もなく意味がわかることに目を見開く。
「・・・読める・・・と思います」
表紙が読めるのに中を開いたらさっぱりわからない読めないなんてことはないだろう。
一番上の本を手にとってペラペラとめくれば、問題なく読めた。
アランはじっとその様子を見守り、問題ないと判断したのか小さく頷いた。
「・・・ここの本は、好きに読んでいい。わからないことがあれば、先ほどの部屋に・・・」
「はい。ありがとうございます」
優奈は立ち上がってアランが出て行くのを見送ると、再びソファに座り本を手にとった。
世界の歴史、国の歴史も大事だろうが、何よりも大事そうな『生活のススメ』とやらを手に取る。
きっと生活して行く上で重要なことが書かれているのだろう。
優奈は期待に胸膨らませ本を開く。
プチ引きこもり状態だった以前の生活で身についた読書スピードで一気に読んで行く。
読み終わり、幾つかの疑問が残ったので次に『魔術書 入門編』とやらを手に取る。
その調子で教典、勇者物語まで読んだところで扉がノックされた。
「あ、はい」
すっかり本に集中していた優奈は慌てて顔をあげる。
「ユーナ、待たせたな。飯に行こう」
声と共に入ってきたのは朝以来のロアンとアランだった。
ロアンが来たということはもう昼時なのだろう。
優奈は慌ててソファから立ち上がり、自分の衣服を見る。
いくらワンピースっぽく見えてもこのままの姿で出かけるのは憚られるだろう。
そう思っていたらアランから朝着ていた服が差し出された。
「・・・洗った」
優奈は驚きに目を瞬く。
まさか・・・これも・・・魔術?!
優奈の疑問がわかったのかアランが無言で頷いた。
優奈はありがたく綺麗になった服を受け取ると、二人に外で待っていてもらい手早く着替えた。
優奈の着替えが終わると、昨日の晩も訪れた食堂へと三人で足を運ぶ。
店内に入ると、夜とはまた違った雰囲気で店内は賑わっていた。
定位置なのか店の奥へと足を進めると、すでにラグとハルトが待っていた。
待ってましたとばかりに合図する二人と、それに答えるロアンの様子から、どうやらこの四人はいつも集まって食事をしているようだった。
昼の食事は日替わりのセットから三択になっているようで、その中の一つを選ぶ。
優奈はパスタっぽいものを選ぶ。
食事はすぐに出てきて、優奈たちの前に並べられた。
「いただきます」
ロアンやアランが食べ始めたのを見て優奈も食事前の挨拶をしてパスタに手をつける。
味はミートソース。具などは特に入っていないシンプルなものだが普通に美味しい。
ロアン達は何か話しているが、うまく加われない優奈はもくもくとパスタをフォークに巻きつけて口に運ぶ。
「ユーナ、朝はごめんね」
不意にかけられた声に優奈は顔をあげる。
少し男性にしては高めの声はハルトだった。
眉尻を下げてシュンとした様子は捨てられた子犬のようで可愛らしく、悲哀を誘う。
「いえ、あの、大丈夫ですから・・・」
優奈は慌ててそんな様子のハルトに答える。
あの時は確かに驚いたがそんな悲しそうな顔をしてもらうほどでもない。
逆に優奈が虐めているように感じるので、そんな顔をするのはやめて欲しかった。
「なんだぁ? ハルトなんかやらかしたのか? 珍しいなぁ、お前がなんかやらかすなんて・・・」
そう言って話に割り込んでいたのはラグだった。
「・・・うるさいよ」
ハルトは少し拗ねたようなむくれたような声でラグにそう返すと、プイと顔を背けた。
ラグはそれに気を悪くすることなく、カラカラと笑った。
「おおかた、また神殿関係のことだろ? お前がなんかやらかすのは大概宗教関係で熱くなった時だけだ」
だろ? と確認するようにラグはロアンに目をやる。
「まぁそんな感じだ」
ロアンは曖昧に返事をして、詳しくは夜に、と言って席を立ち上がった。
「俺はそろそろ行くが・・・」
「お、じゃ俺も」
そう言ってラグも立ち上がる。
立ち上がった二人を優奈が座りながら見上げていると、ロアンがこちらを見て優しく笑った。
「また夜に迎えに行くから・・・」
そう言ってユーナの頭に手をおきくしゃくしゃっと頭を撫でる。
優奈は小さく頷き髪を撫でられる心地よさに笑みをこぼす。
しばしの沈黙が広がりロアンの手が優奈からゆっくりと名残惜しそうに離された。
「・・・アラン、ユーナを頼む」
ロアンはアランを見てそれだけ言うと足早に店を後にし、優奈はその後ろ姿を見送った。




