天界‐昔話‐
再び訪れた天界で優奈はゆっくりとお茶を楽しんでいた。
目の前には恐ろしく完璧な造りの美形付きだ。
すきるけるような美しい湖と、青々と茂る草原。色とりどりの花とそれに戯れる美しい小さな光の球。そして空はどこまでも突き抜ける様に青かった。相変わらずの美しい景色には思わず感嘆のため息を禁じ得ない。
そして美しい湖のほとりに用意された真っ白なテーブルセットは、この景色によくなじんでいた。
けれども美しい景色の中にいるというのに、強烈な違和感を感じた。
それは初めて来たときには気づかなかったことだったが、長時間滞在した事によって、優奈はそれをはっきりと感じた。
「ここは、静かだろう?」
セインにそう切り出されて優奈はドキリとした。まさに今感じていた事だった。
そう、ここは静かすぎるのだ。
これだけ美しい景色の中、風のそよぐ音以外の音が一切ない。
人の声はもちろん、鳥のさえずりも、虫の鳴き声も・・・。
これだけの大自然の中なのに、何故か造り物の、切り抜かれた場所にいる気分だった。
セインは優奈の反応に、プッ噴き出したように笑った。
「君はすぐに顔に出るね。まぁ、そんなところが見ていて楽しいんだけど・・・」
可笑しそうにクスクスと笑っているセインを、何とも言えない表情で優奈は見返し、誤魔化す様に用意された紅茶を口に含んだ。
しばらくすると、笑いが収まったセインが口を開いた。
「勇者が決断するまでの間、少しばかり・・・昔話をしようか・・・」
そう口にしたセインの顔は、口元が笑みをかたどっているのにも拘らず、空をくりぬいたような青のその瞳が悲しみの色に染まっていた。
今は静まり返り、セイン以外の誰もいない天界も、かつては賑やかな場所だった。
一代前の勇者候補がいた時分は、まだ自分以外の多くの天空人がいた。
けれども、勇者候補が勇者として名乗りを上げず、世界の均衡が崩れたままこの世を去ったころから、天界の状況は一気に変わっていった。
最初は、新たな子種が生まれなくなった。
次いで、力なき者たちが消えていった。
更には、力ある者さえも実態を保てず、姿を変えた。
そしてとうとう、広大な領域をたたえていた天界は界を保つ事も難しくなり、端々から崩れていき、今も崩壊は続いていた。
「ここは、天界の中心部で崩壊から一番遠い場所にあたる。・・・といっても、ここから見える範囲以外はほとんどなくなってしまったけど・・・。そして、花に戯れる光球達は、私のかつての同胞だよ。姿を変え何とか命を永らえていた彼らだったけど、もう・・・だいぶ減ってしまった」
そういってセインは悲しそうに笑った。
けれども、失われた数多くの同胞の命に嘆き、崩れゆく天界に心痛め、それに浸る事をセインは許されていなかった。
いや、自分自身がそれを許さなかった。
天空人の最後の一人、天空人の長として、世界の歯車の一つとしての役目を果たす事を優先した。
干渉をあまり許されていない人間界に、セインは可能な範囲で干渉を行った。
本来ならば、対面することなど絶対にあり得ない魔王にも内密で対面し、協力を取り付けた。
その方法が、とてつもなく他人任せで、それどころか、異世界の全く関係ない者任せなものでも、それで世界の均衡が取り戻せれるのならばと頷いた。
異世界から来る者には申し訳ないとは思ったが、それだけだった。
それよりも、世界の崩壊を防ぐ事の方が、セインには重要だった。




