バトル開始?!
魔王サマと一緒に森の中心にあるという館に来てから迎える二回目の朝のこと、優奈はリリィともう一人の美少女によってふんわり可愛らしい桃色のドレスを着せられた。髪もばっちりセットされ、頭の上には小さなティアラまで乗っている。ドレスの中はもちろん苦しいコルセットだ。
(・・・く、苦しい・・・)
コルセットをしめるなど、ウェディングドレス以来だ。その時も、本格的なのは厳しそうだったので、簡易コルセット的な物で済ましたのだ。やはり本格的なコルセットで、しかも容赦なく締め上げられるというのはかなりきつい。
「り、リリィ、ドレスを着るってことは、誰かがここに来るの?」
「そぉですよ~。勇者が来ました。今魔王サマ達がお相手してますので、ユーナ様も急いでくださいねぇ」
優奈がコルセットの苦しさに耐えながら尋ねるとリリィが事も無さげに答えた。
「え・・・?」
それは、ロアン達が来たという事だろうか?
優奈がそう尋ねようとするとリリィがせかす様に優奈の手を引っ張る。
「さ、では行きましょう!」
「え、ちょっと・・・」
優奈はたたらを踏みながらもリリィに引かれるままに足を踏み出すが、ヒールが高いため大変歩き辛い。
少し待って、と足を止めようとするともう一人の少女によって背をぐんぐん押された。
「ささ、どうぞ行ってらっしゃいませ」
「ちょ、ちょっと、お願いだから・・・」
(足がもつれるから押さないで~!)
◆◇◆◇◆◇◆
「よく来たな、勇者のなり損ない」
優奈が心の中で悲鳴をあげた頃、館に入ってすぐのエントランス部分でロアン含む四名の人間と魔王サマが対面していた。
魔の森を抜けてきたというのにロアン達に疲労の色はない。
「ふん、さすがは勇者といったところか? ・・・外の役立たず共とは比べ物にもならんな」
魔王サマはククッと笑いをもらし、自分の前に立つ勇者の天啓を受けたにも関わらず、のらりくらりと平凡な生活を営んでいた男を見た。
さすがは勇者の資質のある男、といったところだろう。
魔の森と呼ばれるこの森に蔓延る魔物たちは中心部に近づけば近づくほど強くなる。
弱い下級魔族が返り打ちに合うくらいには強い。
それを証明するかのように、領主の男が派遣した騎士どもは森の中心部にたどり着く前に全滅。
恐らく国が派遣したと思われる騎士どもは館の前でへばってしまっている。
「ユーナは・・・無事なんだろうな?」
ロアンは魔王の言葉に特に反応する事もなく、自分の知りたい事を尋ねた。
ハルト辺りは他に聞きたい事もありそうだが、ロアンの興味の対象はそこにはない。
優奈が今どうしているのか、それだけが気になっていた。
「あの娘ならば、手厚く保護してやっているぞ。・・・貴様よりもよほど大事にしてやっている」
魔王サマは挑発するようにニヤリと口の端をあげ、ロアンを見返した。
ロアンはその答えにやや不快そうに眉をしかめる。
魔王サマはその様子に少し満足したのか喉を鳴らして笑うと指をパチンッと鳴らした。
「え、きゃぁ!」
指がなると同時に室内に女性の小さな悲鳴が響き、その場にいなかったはずの優奈の姿が現れた。
「ユーナ?!」
ロアンは突如現れた優奈に手を伸ばすが、それよりも先に魔王サマが優奈を腕の中に収めた。
優奈は突然襲われた浮遊感に目を瞬き次いで感じた包まれるような温もりに驚いたが、周囲の様子に目をやり自分の状況を悟る。
リリィと共に廊下を走っていたところを魔王サマに強制的に連れてこられたのだ。
チラと見上げた魔王サマの顔はひどく愉快そうで、凶悪だった。
そしてチラリと見たロアンの表情はそれとは逆に、ひどく不快そうで凶悪だった。
(な、なんてところに連れて来てくれたんですか?! 魔王サマ!)
優奈は凶悪な顔の二人に挟まれながら一人冷や汗を流す。
見るとロアンの他にラグ、ハルト、アランもおり、緊迫した面持ちをしている。
逆に魔王サマの側にいつもいるお付き二名の姿が見えない。
優奈がその事に疑問を持っていると、ロアンと魔王サマの話が進む。
「どうだ? お前などではこのような宝飾品も、ドレスも揃える事は出来んだろう? ここにいればこの娘は溺れるほどの贅沢を味わい、狂うほどの快楽を得ることもできる。ここに置いてやる事がこの娘の幸せではないか? そうだな、もしこの娘を置いて行くのならば領主の土地は見逃してやってもいい」
魔王サマはそうロアンに言い、そのまま優奈の耳元に顔よせたかと思うと優奈耳をかぷりと口に含み、舌で耳朶をつっと舐る。
「ひぁっ」
その感触に優奈は身体をビクリと大げさなほどはね上げた。
「っ貴様! ユーナを離せ!」
ロアンの怒声が響く。
「ククッ。交渉は決裂か? なかなか感度がいいな。娘、お前はどうだ? このまま私と来るか?」
魔王サマはロアンの返答を流し、優奈にも尋ねるが、優奈は顔を赤く染めながらも大きく首を横に振る。
(セクハラ男のところに誰が行くか! しかも公衆の面前で!)
優奈は怒りの意味も込めて魔王サマを睨みあげる。
魔王サマはそれに気を良くしたのか更に笑みを深めた。
「どうやら嫌われたようだな。・・・だが、勇者よ。お前達で私に勝てると思うか?」
その問いにロアンの表情は暗い陰りを帯びる。
その表情からまず不可能だという事が優奈にも読み取れる。
そりゃぁ魔王サマ相手だ。
無理だろう。
こんなセクハラ魔王サマの元にいるのは嫌だが、四人には怪我をしないうちに帰ってほしい・・・。
優奈がそんな願いを抱いた時であった、一瞬、そうほんの一瞬だった。
辺り一帯が光に満ち溢れ、魔王サマの身体が硬直した。
その機をまるで待っていたと言わんばかりにロアンが剣を抜き去り魔王サマに斬りかかった。
身体が硬直した瞬間を狙われた魔王サマは一瞬だけ防御が遅れ、抜き身の剣を生身の腕で受け止める羽目になった。
だが・・・
「残念だったな」
その一言と共に魔王サマは受け止めた剣を弾き飛ばした。
剣を弾き飛ばした魔王サマの腕は血はもちろん、傷一つ付いなかった。
優奈はその事に思わず安堵し、ホッと息をつく。
けれども、次の一瞬何かが優奈めがけて飛んできた。
優奈は飛んでくる何かに驚きギュッと目をつむり身を固くした。
(な、何?!)
目を閉じた次の瞬間身体がぐっと何かに引っ張られる感覚と、浮遊感を感じる。痛みはない。
「勝てはしねぇが、お嬢ちゃんをその手から奪うくらいはできるぜ?」
硬く目をつむった優奈のすぐ傍でハスキーな低い声が聞こえた。
そのよく聞き知った声に優奈はそろそろっと目を開ける。
「よ、嬢ちゃん。よく頑張ったな」
ニカっと人のよさそうな笑みを浮かべ優奈を覗きこむのはラグだった。
優奈はあっという間の出来事に目を瞬く。
何がどうなったのか、目を閉じていたせいでさっぱりだった。
優奈が無事にラグの手の中に収まったのをみてロアンはホッと安堵の息をついた。
「・・・ユーナはとりもどした。条件は満たしたはずだ。手を引け」
魔王サマは再び素手で受け止めていたロアンの剣をはじくと、もう片方の何故か煙をあげている手を見て口の端をあげた。
「上手く考えたな。私が庇う、そう読んでの攻撃か? あぁ、庇わずともこの娘に防魔結界があったか」
これは自分の手落ちか、と魔王サマは自嘲気味に笑う。
自分で掛けた魔術だというのに、その存在を忘れるとは・・・。
いや、覚えてはいた。
けれども、思わず優奈に降りかかる炎を手で防いでしまったのだ。
この魔王たる自分が思わず反射的に庇ってしまったのだ。
その事実に笑いがこみあげてきた。
「ハハハッ! ・・・まぁいい。約束だ。今回の事は不問にしよう」
魔王サマの突然の笑い声に再び剣を構えたロアンだったが、魔王サマは特に意に介した様子はない。
「そして、勇者のなり損ないパティー共、お前達も合格だ。その娘しばし預けよう」
魔王サマはニヤリと笑うと一瞬にしてその姿を消した。




