出立 sideロアン
魔族が去って行った後、村は一時騒然とした。
その中でも一番騒がしかったのは、間違いなく領主だろう。
自分の領土が危機に晒されるのだ。それはもう必死にもなろう。
自分の領土が魔界のものになる。それはイコール自分の地位がなくなるということだ。ついでに国からもお咎めが下るだろう。国から与えられた領土を危機にさらし、奪われたとあってはただで済むはずがない。
まぁ、危機に晒した事実はもう起きてしまったことだ。・・・何らかのお咎めは免れられないだろう。
いい気味だ、とロアンは心の中で微かに思う。
それでも領主は大慌てで兵士を連れ帰って行った。
逃げるためなのか、国に助けを求めるためか、はたまた、ユーナを救出するためかはわからないが・・・。
領主も去った後ロアンは騒然とする村人をかき分け、自分の家へと向かう。早々に装備を整えて魔の森の中心部へと向かわなければならない。
中心部にある屋敷までは一日あればたどり着くが、ユーナの身が心配でならなかった。
自分がもっとしっかりしていれば、と悔やんでも悔やみきれない思いが後から後から沸いてきた。
「・・・っくそ!」
気づけばやり場のない怒りを口から漏らしていた。
ぐっと噛み締めた唇からは血がにじむ。
「ロ、ロアンっ」
甲高い声に呼ばれたが、無視を決め込む。
顔を見てしまえばユーナを奪われることとなった元凶に、八つ当たりをしないでいる自信はない。
声を聞き、そこにいるとわかっただけでも理性が飛びそうなのに・・・。
けれどもロアンの自制心を無碍にするようにニーナはロアンの腕を掴み、縋りつく。
「待って、ロアン。お願い、・・・ひっ」
怒りと殺気の入り混じった目で睨みつければニーナはおびえた表情で縋りついた腕を緩めた。
その表情に益々苛立ちを感じた。
三年くらい前までは、いや、つい最近まではこの女の事が好きでたまらなかったはずなのに、今はとても憎々しくてたまらない。
こんな簡単に気持ちが切り替わるものだとは思わなかった。
今は何よりもユーナの事が大事で仕方がないと思える自分がいる。それに対して違和感を感じる事はない。
ユーナはニーナと違って嘘は言わない。自分を押し付けてくることも、誰かを支配するようなことも言わない。
心やさしく、周りをいつも気遣える少女だ。
ロアンは腕から離れたニーナを一瞥すると、力なくまとわりついていた腕を軽く振りはらい背を向けた。
家に戻ると、部屋の奥から鉄製の鎧一式を取り出す。
普段は面倒で仕方ないため、こんな仰々しいものは着けないのだが上級魔族を相手取るなら持てる最強装備で向かうべきであろう。
重々しい鎧を身につけ軽く身体を動かす。
久々に身に付けた鎧だが特に問題はない。
腰に剣を差し、それ以外にも短剣を何本か仕込む。
上級魔族を相手取るには不十分すぎる装備だと言えよう。
けれどもユーナが待っているのだ。
あの魔族は三日という期限を設けたが、守られるかどうかなんてわかったものではない。
その間にユーナの身に何もない、と誰が保証できるだろうか。
ロアンはしっかりと装備を整えると、家の扉を開いた。
扉を開いた瞬間、ロアンは緊張に固まっていた表情を驚きへと変えた。
「なぁに一人で行こうとしてんだ?」
「魔族相手なら神官がいるでしょ? まったく、一人で突っ走ったりしないでよね?」
「・・・任せろ」
そこには普段から連れ合っている三人の姿があり、それぞれが戦闘用の装束に身を包んでいた。
ラグはいつもの軽装備などではなく、しっかりとした鎧一式。そして普段は決して使わない大剣。
ハルトは一見いつもの神官服だが、白地の布にはびっしりと細かな銀糸の刺繍、そして縁取りには金の布地があてがわれ、首から下げられた袈裟も金色だった。ハルトの神官としての正装である。
アランは全身真っ黒なローブ姿で、髪を一括りにしている以外変わったところはない。が、アランは魔術師だ。見た目でわからないだけで何か仕込んでいる可能性はある。
ロアンは三人それぞれの顔を見てふっと表情を緩めた。
自分同様に、三人もユーナの事を心配したのだろうか。何にしろ、心強い仲間ができた事に少しだけ心持が軽くなる。
「・・・よろしく頼む」
らしくもなくロアンは三人に改めて頭を下げた。
そんなロアンを三人は笑い、そしてロアンもそれにつられ笑った。
上級魔族を今から相手取りに行く、という緊張感はもうどこかへ吹き飛んでいた。
状況としては無謀な事には変わりなかったが、仲間ができただけでどんな事も可能になる気がした。
「よし、行くか」
ロアン達四人はそれぞれ気合いを入れその日の午後、幾人かの村人に見送られ村を出立した。




