胃薬片手に天下統一
慶長十一年。
江戸城。
「大御所様。」
本多正信が一礼する。
「傭兵事業の件にございます。」
「うむ。」
家康は帳面を開いた。
「島津は?」
「真っ先に名乗りを上げました。」
「早いの。」
「朝鮮より依頼がございまして。」
「ほう。」
「『北から来る騎馬民族を追い払ってくれるなら、金は払う』とのこと。」
「それで?」
「島津殿が出陣されました。」
「うむ。」
「現在、蒙古まで進軍しております。」
沈黙。
「……。」
「……。」
家康はゆっくり正信を見る。
「なんで?」
「某が聞きたいです。」
「朝鮮は何と申しておるか?」
「『何であそこまで行ったんですか』と困惑しております。」
「……島津じゃの。」
「島津です。」
家康は帳面へ「島津」とだけ書いた。
もう説明する気も無かった。
◇◇◇
「大友は。」
「島津殿が行くなら、と志願されました。」
「そうか。」
「欧州方面へ派遣されまして。」
「うむ。」
「現地では。」
正信は少しだけ言い淀む。
「『首置いてけ族』と呼ばれております。」
「……。」
「敵将の首級ばかり挙げるので。」
「……大友じゃの。」
「大友です。」
◇◇◇
「伊達は。」
「最上家の相続問題に巻き込まれそうになりました。」
「うむ。」
「ですが、傭兵事業に興味を示しまして。」
「ほう。」
「『外国の戦、面白そうではないか』と。」
「……あやつらしい。」
「結果。」
「うむ。」
「最上家の件は忘れております。」
「それで良いのか。」
「良いのでしょう。」
◇◇◇
「真田は。」
「信繁殿が立候補されました。」
「………え?なんで?」
「『戦があると聞きまして。』とのことです。」
「……そうか。」
家康はそれ以上聞かなかった。
聞いても仕方がないと思ったからである。
「……そういえば、福島は?」
「辞退いたしました。」
「は?辞退?……珍しいの。」
「佐和山の警戒を優先するそうです。」
「……。」
家康は頷いた。
「実家を手伝うのも、大事なことじゃ。」
「幕臣らも、そのように受け止められております。」
その頃、佐和山城。
「市松。」
「何や?」
「猪。」
「またか!」
槍を持った二人が庭を駆け抜ける。
「待たんかぁぁぁ!!」
「今日は逃がさんぞぉぉぉ!!」
幕府は今日も、「福島殿は実家を支えておられる」と感心していた。
本人は猪を追い掛けているだけだった。
◇◇◇
そして、月日は流れ――。
慶長十六年。
大坂城には華やかな花嫁行列が入城していた。
豊臣秀頼と千姫。
七歳での婚礼を止めたあの日から八年、ようやく二人は夫婦となる。
高台院は満足そうに頷き、茶々はどこか安心したように二人を見つめていた。
「収まるところに収まったわね。」
「ええ。」
家康もまた、小さく笑った。
祖父として、そして豊臣を支える一人として。
今日という日を、心から祝福していた。
(加賀殿……これで良かったのじゃな。)
◇◇◇
そして、翌年の慶長十七年。
「大坂城、広ない?」
茶々の一言が全ての始まりだった。
「警備に人手掛かる。」
「はい。」
「修繕にも金掛かる。」
「はい。」
「儀礼の度に京と大坂を往復。」
「はい。」
「面倒くさい。」
大蔵卿局は返事に困ったが、茶々は真剣だった。
「そもそも、うち今は摂家やろ?」
「はい。」
「なら都の方が便利やない?」
「それも……そうですね。」
大蔵卿局は、茶々に一礼する。
「では、幕府へ書状の手配を。」
大蔵卿局は仕事が早かった。
そして、豊臣家より『ウチ摂家やから、拠点を京に移したいん。』と相談された家康は、額を押さえる。
「淀の方様より……。
大坂城広過ぎる、警備大変、修繕費も無駄に掛かる、大坂と京の往復が面倒、往復にも金が掛かる……との事です。」
家康は胃を押さえると、正信はそっと胃薬を差し出した。
こうして、豊臣家は拠点を京都新城へと移した。
空いた大坂城はというと……。
『管理よろしく。』
豊臣家に押し付けられる形で、大坂城は幕府の天領となった。
◇◇◇
元号が慶長から元和に変わった、夏のある日……。
ゴロゴロゴロ……。
昼過ぎから、大坂の空は灰色の厚い雲に覆われ、雷鳴が響き続けていた。
そして――
ドォォォォォォン!!
三の丸と山里丸の火薬庫に落雷、大爆発を引き起こした。
更に、玉造の武家屋敷の落雷し、炎は瞬く間に大坂城を覆う。
「急げ!」
「水を!」
「城代様!」
松平忠明は叫ぶ。
「消火を優先せよ!」
しかし、火は止まらなかった。
翌朝。そこにあったのは、灰となった大坂城だけだった。
忠明は、燃え尽きた大坂城を、暫し呆然と見つめた。
「……再建に取り掛かる。幕府へお伺いを。」
「「はっ!!」」
忠明は再建に向け、直ぐに動いた。
◇◇◇
大坂城炎上の知らせは全国にもたらされた。
京都新城にて、知らせを受けた茶々は暫く黙り、その隣に座る高台院も、神妙な面持ちである。
「燃えたそうです。」
高台院は頷く。
「らしいな。」
庭では秀頼と千姫の子が笑っていた。
「寂しいですね。」
茶々が呟く。
「あの城には。」
少しだけ目を伏せる。
「色んな思い出があります。」
高台院は小さく笑った。
「せやけど。」
一拍。
「形あるもんは、いつか壊れる。」
茶々も笑う。
「……そうですね。」
二人は静かに庭を眺めた。
その頃、佐和山城。
「父上ー!」
「何やー!」
重家が走って来る。
「大坂城、燃えたらしいで!」
三成は薬草を干す手を止めた。
しばらく空を見上げ、ふっと笑った。
「……太閤殿下が燃やしたな。」
「え?」
「役目を終えたんや。」
重家は首を傾げる。
「そういうもんなん?」
「そういうもんや。」
その時、ガサガサ……と、聞き慣れた音に三成の目が細くなる。
「……おるな。」
「ん?」
「猪や。」
槍を掴む。
重家は笑った。
「父上。」
「何や。」
「天下泰平やな。」
三成も笑う。
「せやな。」
そう言って、今日もまた、猪を追い掛けて走り出した。
豊臣は残った。徳川も残った。
人は田を耕し、子を育て、笑い合う。
そして今日もまた、石田三成は猪を追い掛けていた。
――完――




