家康、託される
慶長三年。
八月に豊臣秀吉が死去してから、豊臣家中の空気はどことなく張り詰めていた。
そんな中、徳川家康は前田利家を見舞う為に、大坂城下の加賀前田邸を訪れた。
「内府殿……。」
病床の利家が起き上がろうとしたので、家康は慌てて止める。
「加賀殿、ご無理をなさいますな。」
肩に手を置き、そっと寝かせる。
「かたじけのう、ござる……。」
利家は横になり、大きく息を吐く。
その肩は余りにも薄く、『槍の又佐』と戦場を駆け抜けた男の衰えに、家康は僅かにショックを受けた。
(この男でも、病には勝てぬか……。)
「……内府殿。頼みがござる。」
「む?なんでしょう?」
利家は横たわりながらも、家康を真っ直ぐ見つめる。
身体は病に侵されようとも、その目の光はまだ力を失っていなかった。
「佐吉……石田治部少輔をはじめ、豊臣の息子どもの事です。」
利家は大きく息を吸って、ゆっくりと語り始めた。
「あの阿呆ども、声は大きいし、人の話は聞かん。ちょっと目ぇ離したら直ぐ喧嘩ばかりじゃ……。」
「うむ。」
「特に、佐吉は……三成は口は悪いし、喧嘩は直ぐに買う。
清正と正則は直ぐに頭に血が昇る……。
もし……三成たちが、喧嘩しよったら、間に入って欲しいんです。あの馬鹿どもには、止める大人が必要じゃ。」
家康は目を閉じる。
思い浮かぶのは、あの冷静沈着、理詰めで相手の息の根を止める石田三成。
それから、六尺越えの恵まれた体格を活かして、戦場を駆け抜ける加藤清正と福島正則たち……。
「三成には、ついこの間伝えました。少しは人を頼れ、と。
あの阿呆、昔からなんでもかんでも、一人で抱え込もうとします。
なので……もし、三成が頼ってきたら、少しだけでも良いので、手を貸してやってくれませぬか?」
家康はゆっくりと目を開けた。
「………承知しました。
この家康、できる限りの力を尽くしましょう。
ですから、何も案じなさいますな。」
「……かたじけない。」
利家の目から一筋の涙が溢れた。
それから数週間後。
前田利家は、大坂城下の屋敷で息を引き取った。
秀吉の死から、わずか数カ月の事だった。
伏見城にて知らせを受けた家康は落胆した。
(あれほどの男……もう現れまいな……。)
家康は大坂城の方角に身体を向け、静かに合掌。利家の冥福を祈った。
利家訃報を受けた翌日。
家康の元に、北政所寧々より密書が届いた。
『石田三成が襲撃される恐れがある。三成の保護を願いたい。』
読み終えた家康はポカンとする。
「……殿?」
側に控えていた本多正信がそっと声を掛ける。
「北政所様は、なんと?」
「……三成の保護を求めてきよった。」
「は?」
家康は正信に密書を差し出す。
「襲撃とは……。やはり、朝鮮での戦の事でしょうか。」
「恐らくな……。帰国の際に、加藤清正らと揉めたとは聞いておったが。」
「加藤清正や福島正則とて、いくらなんでもそれは……。」
「うむ。あやつらも分別は付くであろう。」
そう笑っていたのに……。
「申し上げます!!石田治部少輔様が、加藤主計頭らに襲撃された模様!!」
伝令の言葉に、家康は固まってしまった。
「…………は?」
前田利家の弔問の帰りに計画していたようだが、三成は事前の密告により、難を逃れたそうだ。
そして今、ここ伏見城に向かっているという。
家康と正信は顔を見合わせる。
「まさか……。」
「やりよったか……。」
家康は自分の胃がキリッとなったのが分かった。
「……殿。治部殿は此方に向かわれておるとの事。……如何なさいますか?」
家康は腕を組む。
利家との約束、寧々からの依頼……。
「……出迎える支度をせよ。ここで見捨てれば、余計拗れる。」
「はっ!」
(やれやれ……難儀な事になったのぉ……。)




