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水中の悪魔

「スタートから概ね、30分ちょいというところか?」


 整備されたコースを他の選手に混じりながら走り、時計を見る。


「そうだな。いまのところ……スムーズではあると思うが……」


 こういう場面では力が入りすぎる傾向にある椿芽も流石に緊張もあるようで、ペースは守ってくれている。


 我道の言うように序盤でダメージを受けたりするのは、やはりどこも避けたいようで、目立った妨害の類もない。


 この学園にしては一種、異様とも思える行儀の良いマラソンが淡々と続いている。


 確かに今のところは順調だとは思うが……。


「茂姫、いいか?」


『はいな、アニキ』


「いま……順位はどのくらいだ?」


『参加チーム450中、210位というところもきねー』


「ちょうど中盤か。どうなんだ? これは……いいペースなのか?」


『んー。微妙もきね。上位集団にはランカークラスばっかり集中しているもきから……』


「そうか……」


 確かに……。


 実力的な意味での配分としては、いくらか下というべきかもしれない。


「どうする? 椿芽……もう少し飛ばしていくか?」


「いや……むしろもう少し、抑えていこう」


(ほう……?)


 やはり……椿芽は冷静だ。


 これなら、懸念していたようなこともないだろう。


『そうですね、まだ第一競技にも差し掛かっていませんし』


「確かにな。しかし……いつまでこうして走らされる?」


 第一競技は水泳という話だったが……。


『もうそろそろ見えてきます。人造湖が……』


「人造湖?」


 こんな場所にそんなものがあったのか。


「あれか……?」


 椿芽が少し先を指した。


 なるほど、坂を越えたところで、ちょうど湖面が見えてきていた。


『アニキ、そこから第一種目の水泳もき』


「ここからか。ふむ……なるほど……」


 他のチームも適宜、水着に着替えて人造湖に飛び込んでいく。


「了解だ。それじゃ……ルールを教えてくれ」


『アニキ……やっぱり事前に見ておかなかったもきね』


「見ていると思うか。俺が」


『いばられても』


「グダグダ言うな。こういう時のサポートだろう」


『いや……サポートメンバーは、いちいちルールを選手に……しかも本番の最中に教える役ではないかと思うもき』


「むう」


『え、ええとですね……』


 押し問答(?)を続ける俺と茂姫に、羽多野が割り込んできた。


『そこからは、選手のどちらかが泳いで湖を横断します』


「ふむ」


『そこは学園内の貯水湖としては、小規模なほうなので距離的には大したことはないですけど、この嶽炎祭にあわせてトラップなどが仕掛けられていることが予想されます』


「トラップ? それは――」


 どのようなものだ? と俺が問いかけようとした刹那。


 ドカーン!


 人造湖の半ば辺りから聞こえる爆発音。立ち上る黒煙。



「……………………」


『え、ええとですね。過去の例からすると、機雷とか……』


「……なるほど」


『あと――』


 今度は更に先から大型の肉食獣があげるような声が聞こえてきた。



「ぎゃーっ!」


「水にっ! 水中になにかっ! 口が……巨大な口がーっ……!」


「……………………」


『あとは生物化学研の実験生物が放逐されているとか』


「…………なるほど」


『そういうようなトラップが設置されている可能性があります』


「……そのようだな」


 そしてそれはもう明確に『可能性』じゃなくなったんだが。


「とにかく……なんでもアリということだな」


「ら、乱世……」


「どうした? 椿芽。顔色が青いぞ」


 気づくと、横で椿芽がなにやらまたもじもじしている。流石にまたトイレという訳でもなさそうだが……。


「し、知っているだろうに……! わ、私は……」


「うん? なんだ……お前、まだ泳げなかったのか?」


「し、失敬な! 泳げないわけではない。ただ……あまり得手ではないということだ」


「ふむ……? そうか……」


 俺は俺で水泳に関しては『とある理由から』若干、小さな不安はあったものの……。


(この様子であれば……問題ないだろう……)


 他の選手を一巡り見渡してから、そう結論した。


「わかった、ここは俺が行こう」


「すまないな……」


「いや……いい。それより、荷物を代わってくれ」


「あ、ああ。それはもちろんだ」


 俺は椿芽に荷物を渡し、水着に着替え始める。


 更衣室は用意されているが……こんなこともあろうかと、下に水着は着用してきた。


「お前に荷物持ちをさせる時が来ようとはな」


「これくらいなら安いものだ。またあんな恥をかくくらいなら……」


「ん? なにか……言ったか?」


「い、いや……」


「?」


「り、陸路のコースは……ああ、あの橋を行けばいいのか」


「ふむ……」


 なるほど、少し先の方に橋が見える。


 陸路担当はあそこを渡って対岸にいくわけだな。


「いくらか遠回りになっているようだな。早めに出ておく」


 言って、椿芽は慌てたように走っていってしまう。


 いかな遠回りであろうとも、泳いで、しかも妨害を退けて行く前提よりは、余程に早く着くとは思うが……。


「なんだ、あいつ……?」


『ふふっ。椿芽さん……やっぱりまだ気にしてたんですねぇ』


『さんざっぱら笑われたもきからねー。シシシシ……』


「なんの話だ?」


『あ、ええと……』


『夏休み中にみんなでプール行ったもきよ。パンクラス直営のスポーツクラブの』


「ほう」


 一応あいつも苦手克服を考えてはいたのか。


『そんとき、椿芽ねーさんの泳ぎを見たもきけど……きしししし……』


『わ、笑っちゃ悪いですってばぁ……』


『そういう勇も笑ってるもき』


「あいつの泳ぎが……どうかしたか?」


『や、どうもこうも……』


『い、いえ……なんというか……ちょっと、個性的だったので……』


「ふむ?」


 あいつの泳法といえば……親父殿直伝の鳳凰院流、着衣古式泳法のことだろう。


 というか、それ以外をあいつは知らないはずだ。


 軽装の甲冑であれば装備帯刀をしたまま、川を遡って泳ぐこともできる優れた泳法ではあるが……。


 言われてみれば、いささか見た目にきびしい部分もある。


(しかし……それを椿芽が気にするとは、な)


 あの椿芽が……だ。


「おっと、そうぐずぐずもしては居られないな……」


『あ、はい! がんばってくださいね』


『溺れたらカッコ悪いもきよー?』


「誰が……!」


 俺は最低限度に体をほぐしてから……息を吸い込み、湖に飛び込んだ。


※        ※        ※


(ふむ……)


 だいたい半ばまでは泳いできたか。


 いまのところ大きなトラップには遭遇していない。


 恐らくは先行した連中が、かかるか破壊するかしているせいだろう。


 たまに周囲で水しぶきや爆音の類が聞こえることもあるが……。


(後の方につける、というのも……これはこれでメリットがあるものだな……)


 これならば椿芽を待たせるまでもなく、存外に早く到着するのかもしれない――。


(む……!?)


 気配を感じ、身を翻した俺のすぐ脇を鋭い『何か』が掠めていった。


(なんだ……!? 水中からか……!)


 水面で酸素を大きく取り込み、水中に没する。


(…………っ!)


 刹那……先刻の『何か』がまたすぐ横を掠めた。


モリ……? いや、もっとコンパクトな……水中銃の類か……!)


 水の中では気配を感じるというのもそうは容易な事ではない。


 注意深く目を凝らし、先をうかがうと……。


(あれか……!)


 ウェットスーツに身を包み、アクアラングとくだんの武器を装備した者が、いち……に……。


(3人か……)


 舌打ちができれば、しておきたい気分ではあった。


 俺も即座に迎撃の姿勢を取るが、連中は当然というべきか、一定の距離を保ったまま、牽制するようにしている。


 奇襲が外れたとしても見逃すというつもりはないようだ。


 すぐにでも仕掛けてこないのは例の水中銃はそれほど連射が利くものではない、ということか。


(まずいな……)


 距離を取っている……とは言っても、そうそうに然したる距離でもない。


 しかしそれでも俺が仕掛けるのに躊躇したことには理由がある。


(アクセラの……弱点……!)


 水中では、アクセラの効果は格段に低下する。


 その理由は二つある。


 ひとつは単純に地を蹴る地面が存在しないこと。


 アクセラの大きな利点は爆発的な瞬発力だ。


 それを生じさせる地面が無いということは、デメリットと言うにしても大きすぎる。


 しかし、それでも身体能力そのものや、脳内物質の過剰分泌による思考・判断能力の向上という恩恵は生じる。


 少なくとも、素で闘うよりはマシではある。


 あるが……。


(問題は……もうひとつ……)


 酸素の供給、だ。


 アクセラは全身にくまなく負荷を強いる。


 その為に必要なものは……酸素だ。


 ことに、人間の脳の酸素消費というものは、存外に大きい。


 無酸素状態で長時間、アクセラのギアを高段階に上げれば、深刻なダメージが残る危険性が生じる。


 脳までには至らなくとも、眼球などの細い毛細血管の破損の恐れもあるだろう。


 もちろん、水面で酸素を補給しながら、ということもできるが……。


 急激な酸素の摂取は、やはりそれはそれで血液の循環バランスを大きく崩してしまう。


 全身の細胞一片に至るまでのバランスを精密に制御する必要のあるアクセラにとって、それはやはり致命的だ。


 酸素を摂取する場合にはアクセラのギアを調節しつつ、クールダウンを挟まねばならなくなる。


 もちろん、目の前の連中は、そんな余裕や隙を見逃してはくれないだろう。


(どうする……?)


 連中は、攻撃の態勢を整えたようだ。じわりと……包囲を狭めてくる。


 今度は避けようがないように、と……。


(やるしか……ないか……?)


 俺が決心を固めかけたとき――。


『乱世ーッ!』


 俺の名を呼び、水中を高速で接近してきた『それ』が、連中の一角に体当たりした。


(興猫……!)


 彼女の突進を受けたアクアラングの男は、それだけで失神せしめられたようだ。


 武器すらも手放し、力なく水中に漂う。


『こんなことだろうと思った……はい、これ』


 興猫の声は、耳に装着したままの無線を通して聞こえた。


 俺は彼女の差し出した、『それ』を受け取る。


 ちょうど、スプレー缶のようなサイズのそれには、口に咥えると思しき部品があった。


(これは……?)


『簡易酸素ボンベ。多少、濃度は濃い目になってるわ』


(お前……!)


『そこそこ付き合い長いんだから……乱世、あんたの技のウィークポイントなんか、とっくに研究済み!』


(なるほどな……)


 苦笑をしつつ、ボンベを口に咥える。


 これなら酸素の問題は有る程度クリアだ。


『どうする? なんなら……あたしが連中を片付けるのを待っていてもいいけど?』


(まさか。それは……性に合わん)


『だろね。そんじゃ……』


 興猫の足から、ごぼごぼと猛烈な気泡が生じたと見るや……。


『あたしは……こっちをいただきっ!』


 その刹那、弾かれたように興猫の体が向かって右の男に向かっていった。


「………………!!」


 そのあまりの速さに、襲撃者はわかりやすい程に動揺を見せた。


 並の海洋生物などよりも、なお早い。


『ははッ! そんな……足ひれひとつで……このハイドロジェット装備のアタシ……水中型興猫、タイプP-10(ワンゼロ)に勝てるとお思いかいッ!』



 アクアラングの男は、それでも例の武器を発射はしたが……。


『効くかッ!』


 興猫は右手だけでそれを弾いてみせた。


『いただきっ!』


 興猫の二の腕からブーメランのようなものが発射され、襲撃者を襲う。


「…………!!」


 直撃した途端、電撃のようなものが走り……哀れな二人目は先刻の一人目と同じく失神して水中に漂う。


(俺も……負けては居られないな……!)


 アクセラのギアを一度にフィフスまで上げ……。


(地上と同じようにはいくまいが……!)


 一気に……水を蹴る。


「ばっ……ばけも……ッ!」


 男が武器を構え直そうとする前に、俺の拳が鳩尾深く突き刺さっていた。


 フィフスまで上げられる酸素があれば……この程度ならば軽いものだ。


 そのまま連中が力なく浮かび上がるのを確認し、俺と興猫も水面に顔を出した。


「やったね、乱世」


「ああ……しかし、危ないところだった。すまなかったな、興猫……」


「いやいや。あたしはサポートが役割だから」


「それでも……やはり助かった。礼は言わせてくれ」


「えへへ…………って、なにやってんの?」


 俺は……うつぶせに浮かび上がった連中を、仰向けに返してやっていた。


「助けてやる道理まではないが……こうしておけば、酸素が尽きても溺れはしないだろう」


「ンなことしなくてもだいじょぶだってー。リタイアはすぐ、聖徒会が救助するだろうしさ」


「ん? まぁ……しかし、一応な」


「やれやれ……にゃ」


 俺と興猫が一息をつこうとしたその時……。


「む……?」


「なんか……来る?」


 前方に見える、巨大な鰭……。


 それがこちらに接近してくる。


「あちゃー。一難去ってなんとやら……?」


「……のようだな」


「またぞろ実験生物だろうけど……どうする? こっからなら、逃げたほうがラクだと思うけど」


「そうもいかんな」


 ここで俺たちが逃げれば……標的になるのは、背後で失神している連中だ。


 聖徒会の救助とやらは……まだ来ないだろう。



「言うと思った」


「悪いな」


「うんニャ。もうちょいこの水中用装備も試してみたいし」


「そうか……。なら……!」


「うん……! もうひと働きっ!」


 俺と興猫は……その、迫り来る大きな影に対し、臨戦態勢をとった。


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