第8話 『善と悪の狭間』
休むことなく、飛び続け。
見えてきた、かつての王都。
今は議会が治める首都。
到達する直前に、魔法発動。
火、風、水、雷。
燃え盛る大火球。
吹き付ける強風。
降りしきる豪雨。
天空に轟く雷鳴。
ただひたすら、悪が憎い。
人が憎い。
憎しみが力となり。
巨大な石像を生み出し、踏みにじる。
「滅べっ!! 悪は根絶やしだぁ!!」
蹂躙される王都。
逃げ惑う人々。
トドメとばかりに重力魔法で圧殺。
天変地異で生き残りも皆死んでいく。
そんな乱心した勇者のことを、本来の姿に戻って、うっとりとした眼差しで眺める魔王。
「ああ……やはり君は、素敵だ」
とうとう壊れた勇者。
それでも正しさを貫いた。
彼は笑っていた。
嬉しそうに人を殺して、哀しい涙を流す。
魔王もそれにつられて、泣いた。
勇者の怒りは世界全土に及んだ。
首都から放たれた魔法は地平を焼く。
悉くを破壊して、勇者は降り立つ。
かつての宮殿は議会の議場。
そこで焼け焦げた首相の遺体を見つけた。
その亡骸を踏みにじり、勇者は議長席へと腰掛けて、自らが見舞った特大の火球により天井に空いた大穴から、空を眺める。
真っ赤に染まった、黄昏時。
正確には違う。
勇者が世界を焼いたから、赤いのだ。
「お疲れ様、勇者くん」
魔王が膝に乗ってきた。
もちろん、向かい合わせ。
潤んだ赤い瞳で勇者を見つめる。
ぼんやりとその美しさに見惚れながら、勇者はどうでもいいことを尋ねた。
「全て、お前の思い通りか……?」
こうなることを見越して力を授けたのかと問うと、魔王は首を振り、否定。
「これが君の運命だった」
「運命……?」
魔王は赤い瞳で勇者を見つめたまま。
「ボクの魔眼は全てを見通す。君にこの未来が見えたその瞬間、恋に落ちた」
そっと、勇者に口づけをした。
それを拒むことはない。
世界を滅ぼした勇者は、既に悪だから。
「好き。好きだよ。君が好きだ。大好きだ。愛してる。可愛くて堪らない」
愛を囁き、何度も接吻を重ねた。
すると、その熱い想いが、ぽっかりと空いた勇者の胸の虚無を満たしてくれた。
すると自然に、その言葉が浮かんだ。
「俺もお前を、愛している」
それは初めて口にする言葉。
勇者は世界の終わりに愛を知った。
ようやく望みが叶った魔王は嬉し涙を流しながら微笑み、提案した。
「なら、赤ちゃんを作ろう」
これには勇者もポカンとした。
この魔王はこの状況で何を言ってる?
しかし、魔王はおかまいなしに急かす。
「早くしよう、すぐしよう」
「いや、待て、何を考えている……?」
「言うなれば、これは償いさ」
慌てる勇者に、魔王は説明した。
「ボクは結末を知っていた。そしてそれを阻止しなかった。だって、君に愛して欲しかったからね」
己の望みの為に世界を見捨てた、と。
魔王はそう語り、邪悪に微笑む。
とはいえ、実際に滅ぼしたのは勇者。
魔王にだけ、責任を押し付けるわけにはいかない。
「たとえそうだとしても、世界を滅ぼしたのは、俺だ」
「そうだね。それは紛れもない事実だ。だから、君は後悔している」
見透かされて、白状する。
「勇者と名乗る俺こそが、最大の悪だった」
「いや、君は正義さ」
「それでも、最終的に世界を滅ぼした」
自らを責める勇者を慰める魔王。
しかし、罪は消えない。
世界を滅ぼした、償いがしたかった。
「だから魔王、俺を殺してくれ」
頼む、と。
勇者は魔王に懇願した。
そんな勇者のほっぺをつねり。
「愛する君を殺すなんて、絶対嫌!」
べーっと、舌を出して拒否。
それから真面目な顔をして。
魔王は話を本筋へと戻す。
「だから、赤ちゃんを作ろう」
再び世迷言を口にする魔王。
それはさっき聞いた。
何度聞いても意味がわからない。
改めて拒否しようとすると、それに先んじて。
「そうすることで、君の望みが満たされる」
その甘言で、謎が深まる。
今の勇者の望みは死ぬことだ。
赤子を作ることとは関係ない。
首を傾げていると、魔王が魔剣となって、その具体的な方法と真意を伝えた。
《君は魔剣のボクを胸に突き刺すだけでいい》
何だそれは。
魔剣を胸に突き刺す。
要するに。
「俺に、自害しろと?」
すると、魔剣は何やら怒って。
《違うよ! 君はボクに取り込まれて生き続けるの! 魔剣は斬った相手の力を吸い取れるって知ってるだろう!?》
言われて気づく。
そうやって四天王の魔法を取り込んだ。
それと同じく、胸に剣を突き刺すことで、勇者を取り込むつもりらしい。
しかし、疑問が残る。
「それと子作りが何か関係あるのか?」
魔王は赤子が欲しいとねだった。
それとこれとの関係性について尋ねると、魔王は魔剣の姿で得意げに解説する。
《君は勇者だからね。悪の権化たる魔王のボクが取り込めば、必ず拒絶反応が起きる。つまり、取り込んだ君の正義を排出しなくてはならない。それは言うなれば出産であり、生まれた赤ちゃんはボクと君、両方の性質を兼ね備えたベイビーとなるのさ! おわかり?》
なんとも無茶苦茶な理屈。
真偽は定かではないが、証明するには剣を突き刺すしかないのだろう。
だから勇者は、最後の質問を口にする。
「それは償いになるのか?」
勇者は世界を滅ぼした。
その罪をそれで償えるのか。
尋ねると、魔王は優しい声で肯定した。
《ボクと君の子供が、きっと世界を再建してくれる。それで君の罪は帳消しさ》
太鼓判を押す魔王。
俺には未来を視ることは出来ない。
しかし、この魔王は全てを見透かす。
嘘でないなら、そうなるのだろう。
「わかった」
是非もなかった。
一切の躊躇なく、魔剣を突き立てる。
血は出ない。
痛みもない。
いや、むしろ。
《気持ちいいかい?》
魔王は、優しかった。
悪の権化の癖に、慈愛に満ちている。
代わりに嫉妬深い一面もある。
それもまた、愛の深さなのだろう。
正しいだけでは愛は生まれない。
それを知り、希望が生まれた。
《ボクらの赤ちゃんは、悪と正義の狭間で、必ず本当の正しさを見つける》
薄れゆく意識の中で、勇者は聞いた。
《悪を許容出来る、本当の正しさを備えた子供たちのことを、ボクは『人間』と名付けようと思う》
正義と悪の狭間の存在。
正義だけでも、悪だけでも破滅する。
その『間』に立つ『人』こそが、真の正しさを見つけられるのだろう。
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
路地裏での暴行を見ているだけで何も出来なかった勇者を、笑って許した祖母。
あれこそが、正しさだった。
強きを挫き、弱気を助けるのが正義?
それはそうかもしれないが、それだけでは正しいとは言えない。
魔王は悪を許容することこそが、正しさだと言った。
勇者は苦笑する。
最期の最期でよりにもよって悪の権化たる魔王に、それを教えられるとは。
魔王はその存在を『人間』と名付けた。
それに同意して、勇者は最期に愛する魔剣をひと撫でして、消えた。
「……美味しかったよ、勇者くん」
勇者を吸収した魔剣は、本来の姿となって、痛むお腹を愛しむ。
悪たる魔王が善たる勇者を取り込んだその拒絶反応は想像を絶する苦痛。
これから七日七晩、魔王は子供を産み続ける。
痛みに悶絶して。
その生命力を奪われながら。
勇者に対する愛を抱き。
沢山の人間を産み落として、死んだ。
そうして誕生した新人類は、善と悪の狭間で、時には正義を行い、時には悪に傾倒しつつ、世界を再建し、繁栄して、今日へと至る。
それが、今の我々なのです。




