第二十章 霊媒師 瀬山 彰司ー94
いつの間にかだ。
翔君が僕に寄りかかってうたた寝を始めた。
言っちゃえば反対側、大福も。
ふたりともスヤスヤで、鼻がぷーぷー鳴っている。
やだ……なんだか和んじゃうんですけど。
大上さんはそんな僕達を視て、『おまえらなんかカワイイな』と笑ってる。
”おまえら”じゃない、カワイイのは翔君と大福。
僕はどう視たって保護者でしょ? と小声で聞くと、『ん-どうかな?』と首を傾げた。
それ以上は話さずに(寝る子を起こしちゃうからね)、暇になった僕は、目の前の長を眺めていた。
此処に……滅すべき悪霊がいる、でも今は休戦中だ。
長はさ、残り僅かななけなしの霊力、それを使って僕をフィールドに引っ張り込んだ。
結局失敗に終わった長だけど、今度こそ、霊力は塵ほどしかないのかもしれない。
だって顔がさ、すごくお爺さんだもの。
もし今も生きてたら、100才越えの老人だ。
顔を刻む深い皺はさらに深く、顔色も悪い。
髪は薄く白髪ばかりだ。
眉も睫毛も、みんなみんな真っ白で、黙っていればショボくれた、ごくごく平凡なお爺さんにしか視えない。
そんな長を眺めていたら、不意に思い出したんだ。
____人の痛みがわからないって怖い事ですよ、
前に、先代が僕の部屋に泊ってくれた時、そう言っていたのを。
長は損得で物事を考える。
愛情が理解出来ず、瀬山さんが初めて恋をした時も、それを悪だと言い切った。
人を好きになるって素晴らしい事なのに、権力よりももっと尊いものなのに。
現世で一緒になれないならと、心中するほど追い詰められた瀬山さん。
息子の気持ちを汲むどころか、裏切者と辛くあたった長。
人の痛みがわかる人なら、そんな事は出来ないはずだ。
もし……もしもだよ。
長にも瀬山さんにも霊力なんてなければ、長が平凡なサラリーマンだったら、そしたら違ったのかな。
権力なんてなくってさ、僕の父みたいに小さな会社の中間管理職でさ、たまに胃薬とか飲んじゃうけど、「母さんと英ときなこ(茶トラ猫)がいるから頑張れるの」なぁんて笑うみたいに……長もさ、『彰司は私の大事な息子だ』なんて言っちゃって、瀬山さんはそれ聞いて嬉しそうに笑うんだ。
はは……なに勝手な想像をしてるんだろ。
現実は全然違うし、こんな事を考えたって意味がない。
ああ……うん、意味はないよ。
でも……でもさ、想像の中だけの世界だけど、霊力のない瀬山さん達は仲良し親子でさ、瀬山さんは幸せな子供時代を過ごして、初恋の女性と幸せな結婚をするんだ。
それで長は、可愛い孫を抱きながらめっちゃデレデレしてるの。
はぁ……そんな世界が本当にあったら良かったのにな。
ああ、なんだろ、鼻の奥が痛くなってきた。
僕は眠くなった振りをして俯いて、感情が落ち着くのを待っていた。
と、その時。
『…………なんだ……コイツ……どうしたんだ……?』
突然、ただならぬ大上さんの声が聞こえ、何事かと僕は顔を上げたんだ。
大上さんは驚いた表情で長を視ていた。
なんだ? と目線を移動する。
「え……? なんで……?」
そこには弱々しい表情をした長がいた。
口をへの字に歪ませて、鼻をグズグズさせて……でも、それだけなら驚かない。
信じられなかった……視間違いかと思った。
だってさ、皺の閉じた両目から、微かに水が……滲み出していたのだから。
長が泣いている?
いやまさか……僕は半信半疑だった。
頭の中でユルユルと疑問符が滑る中、少し遅れて別の考えが浮かび上がる。
もしかして……意識が戻ったのか?
そう思った途端、緊張が走った。
僕と大上さんは目を合わせ、黙ったままで長を視た。
手のひらがジトっと湿気り、僕はそれをシャツで拭う。
大上さんもおんなじなのか、銃のグリップを強く握り直していた。
……
…………
………………
だが、長は依然として動く気配はなかった。
目は固く閉じられて、視たはずの滲む水も今は無く、その跡すら視当たらない。
「……意識が戻った訳じゃ……なさそうだよね」
長から目は離さずにそう言うと、
『……だな。つーかさ、長……さっき泣いてなかったか?』
大上さんは訝し気に長を覗く。
「ん……僕もね、そうかなって思ったんだ。でもどうだろう? 目に水っぽいのが滲んでただけだし、今はない。そもそも……この霊って泣くのかな? 大上さんは、今まで長が泣いたの視た事ある?」
『ねぇよ! 長は怒ってるか、やーな感じで笑ってるかのどっちかだ。泣くなんてあり得ねぇ。ん……やっぱ、俺らの視間違いかな』
大上さんはそう言ったし、僕もそうかなって思うけど、でも、でもさ、2人揃って視間違うって中々ないよ。
ほんの少しではあったけど、やっぱり長は泣いてたのかな。
だとしたら……なんでだろう?
今頃は瀬山さんと話をしているはずなんだ。
もしかして、その影響なのかな?
真実はわからない。
長本人か、瀬山さんに聞かなければわからない。
気にはなるけど、それを聞いていいかもわからない。
それからすぐの事だった。
慌てたような先代の大声が聞こえてきたんだ。
『ショウちゃん!』
その声に翔君と大福がムニャムニャと目を覚ます。
そして僕と大上さん、それから散り散りだった他のみんなも一斉に、声の方向に目をやった。
そこには____
百色華の虹色が淡く揺れる真ん中で、ゆっくりとこちらに歩いてくる細身の影が視えた____あれは瀬山さんだ。
瀬山さんは花を踏まないようにしてるのか、時折止まり、よけながらまた歩き出す。
それを視ていた先代は、イライラ気分を隠す気もなく、
『ショウちゃん……! んもう! 走って来いよっ!』
そう言って、弾むように駆け出した。
”走って来いよ”と言いながら、自分が走って迎えに行くのか。
瞬き3つ。
そんな早さで瀬山さんの傍に行き、2人はなにやら話を始めた。
ここから声は聞こえないけど、瀬山さんは俯いて細い肩を震わせる。
先代は手振り身振りで何かを言って、そして、垂れた頭をクシャクシャに掻きまわすと、ガシッとハグして薄い背中をバシバシ叩いた。
____ショウちゃん、本当に大丈夫かよ、
____またコッソリ大泣きするんじゃないのか?
____長と話すと決まって後で泣いてたもんな、
ああ……そうだ。
長のフィールドで先代はこう言ってたっけ。
からかうような顔だったけど、本気で心配してたんだな。
だからああやって、だから走って傍に行ったんだ。
僕達はその様子を静かに視守っていた。
やがて、少し気持ちが落ち着いたのか、瀬山さんは先代と一緒に歩き出し、目の前まで来てくれたんだ。
そして、
『みなさん、私のわがままでお待たせしました。それから……これまでの父の非道、大変申し訳ありませんでした。本当に……本当に……本当は私が滅するのが筋かもしれません。ですが……みなさんに託したい。みなさんに父を滅してもらいたい、…………どうか、どうかお願いします』
目を真っ赤にした瀬山さんは、振り絞るようにそう言うと、深く、深く頭を下げたのだ。




