第二十八章 霊媒師 三年後ー56
◆
~~~それから僕は、僕達は~~~
「もしもし? あ、社長、お疲れ様です、岡村です。F県の現場、少し前に無事終わったよ。うん、依頼者への説明もお会計もぜんぶ完了。ん? 大変じゃなかったかって? ぜんぜん、ヨユー! だから明日は代休だけど、もしも急ぎの依頼があったら僕が行くから連絡を……えぇ? ちゃんと休めって? んー、でも僕、忙しい方が性に合ってるみたいなの。だから急ぎの、……わっ! そんな怒んないでよー、分かった、分かりました、ちゃんと休みますって。うん、明後日は事務所に出社する。うん、うん、じゃあ」
担当現場の完了報告。
通話を終えて、スマホをポッケにしまった僕は、隣のお姫に笑いながら愚痴を吐く。
「大福ぅ、社長に怒られちゃったよ、ちゃんと休めだって。よく言うよねぇ。あれから社長は、ハードな現場に次々僕を行かせたクセして、今度は休めときたもんだ」
当然お姫は、僕の味方をしてくれるものと思っていたのに、
『うなななななっ! うななな!』←訳:あたりまえにゃ! 休むにゃ!
社長に同意で、肉球パンチを食らってしまった(ご褒美……!)。
「うぅ……お姫にまで怒られちゃったら仕方がない。明日はゆっくり休むとするよ。でもその前に、なにか美味しいものを食べて帰ろう。ささ、れっつごー!」
『うななー!』←訳:ゴハンー!
……
…………
ひみちゃんが消えてしまったあの日から、早いもので数か月が経ち、季節は秋になっていた。
あの時、ひみちゃんの最後の言葉に従って、3日間だけ悲しもう、彼の事だけ考えて、彼の為だけ時間を使おう、……そう思って、無理してもらった休みの間は僕と大福、それと、心の中のひみちゃんと、みんなで一緒に水族館に行ってみたり、はたまた実家に帰ってみたりと、そんな風に過ごしてた。
休みが明けた次の日は、僕なりに区切りをつけて会社に出社。
心配かけた社長やユリちゃん、先代や瀬山さん、もちろん他のみんなにも、心の底から ”ごめんなさい” と ”ありがとう” を言わせてもらい、今まで現場に出られなかった分も含めて、ガンガンアサインしてください! と言ったんだ。
そんな僕に社長以外の全員が、”復帰早々、そんなに無理をしなくても……” と、気を遣ってくれたんだけど、唯一社長は真逆でさ、
____本人がイイって言ってんだからイイだろ!
____ハードな現場は全部おまえにアサインしてやる!
____張り切って行ってこい!
すこぶる笑顔で、ガチでハードな現場ばっかり割り振ったんだ。
もうね、泣けてきた。
だってすぐに分かったもん、社長らしい励まし方だよ。
悲しい時は時間が出来るとその事ばっかり考えちゃう。
だからあえてのハードな現場、だからあえての連続アサイン。
落ち込む時間を与えない作戦だ。
強引だけど、無茶振りだけど、気持ちがすごくありがたかった。
そんな調子で毎日毎日忙しくって、ひみちゃんを思い出せば辛いけど、最初の頃より幾分マシになったんだ。
仕事が僕を救ってくれる、まわりのみんなが救ってくれる、…………そして、水渦さんも。
あの春の日の、ひみちゃんの為の3日間。
最終日の朝、水渦さんが僕の前に現れた。
彼女は僕に、
____岡村さん、大変申し訳御座いません、
____私は貴方を愛しています、
____4年前に出会った頃からずっと、
こう言った、…………が、それだけだ。
あれから彼女は僕になにも言ってこない。
僕もなにも言えずにいた、……いや、聞こうと思った事はあるんだ。
でも、その事には触れてくれるなという圧がすごくて、そのままになっている。
だけど代わり、彼女はなにかあるたびに、僕の事を気にかけてくれるんだ。
F県で美味しいゴハンをたらふく食べて、スヤスヤ眠った新幹線。
東京駅で電車を乗り換え、座れたのを良いコトに再びコクコク居眠りしてさ。
なんのかんのとアパートまで戻って来たのは、意外と早い23時頃だった。
すごいや、F県って遠いようでそうでもない。
今日中に帰って来れると思わなかったよ。
新幹線って偉大だな。
で、帰って早々、僕はすぐにシャワーを浴びた。
今日も1日よく働いた。
熱めのお湯は汗も疲れも流してくれる。
気持ちがゆっくりほどけてく、……ほどけきりはしないけど。
シャワーを終えて、髪を拭きつつ部屋に戻ると、ベッドの上ではお姫がスースー眠ってた。
キミの野生はドコ行った!?……な、お腹丸出しヘソ天スタイル。
その寝姿は癒ししかなく、これが四尾の妖力高き猫又だとは思えにゃい。
ああ、可愛いなぁ。
この仔がいると救われる、視ているだけで幸せだ。
うぅ、このお腹、このおてて、ピンクのオハナがチョーキュート!
めっちゃナデナデしたいど……だがしかし、ココはガマンだ。
猫の下僕は己の欲より猫の安眠、決してジャマはするべからずだ。
僕はお姫を起こさないよう、静かに静かにお湯を沸かしてお茶を淹れ、床に座ってそれを飲む。
今夜のお茶はリンデンだ。
気持ちが落ち着き、安眠効果もあるからね。
これから寝るのにうってつけの一杯なのよ……って、忘れるトコだった。
そろそろ0時、スマホをバイブにしておかなくちゃ。
メールの音で猫が起きちゃう、そしたら下僕失格だ。
時刻は0時、3分前……そろそろ来る頃かな。
片手にカップを持ったまま、テーブルに置いたスマホの時計表示をジッと見る……2分前、1分前、30秒前、20秒前、10秒前、……3、2,1、
ブブッ、
来た。
震えたスマホ、画面上にはメール受信のマークがあった。
指先でタップをすれば、届いたメールが展開された。
~~~~~~~~~~~~~
FROM:水渦さん
TO:daihukudaisuki@xxx.ne.jp
件名:
F県の現場お疲れ様でした。
今夜は満月です。
《添付ファイル(1件)》
~~~~~~~~~~~~~
………………ぷっ!!
や、もう、いつもながら素っ気ないメールだな。
件名は入ってないし、文章硬いし2行だし。
笑いを堪えてメールを読んで、添付ファイルを開けてみた。
するとそこには、青みがかったプラチナ色の満月が、……ああ、キレイだな……帰ってくる時気づかなかったよ。
僕はスマホを握ったまんま、そっと立って窓を見ると……あ……あった。
写真と同じ、プラチナ色の満月だ。
そのまま僕は、月をしばらく眺めてた。
この時間、あたりは静かで、聞こえてくるのは姫の可愛い寝息だけ。
…………メール、毎晩来るんだよな。
時間は決まって深夜の0時。
春のあの日の数日後から、毎日欠かさずくれるんだ。
件名無しで、文章は1行ないし多くて3行。
必ず写真が添付されてる。
最初の頃は返信してた、でも……
____返信は不要です、
____そんな時間があるのなら、
____とっとと早寝をしてください、
と言われてしまって、今では時たま返すだけ。
メールが来だして数日は、そのうちに止まるだろうと思ってた。
なのにぜんぜん止まらなくって数か月。
何の気なしに読んでたメールが、今では深夜の楽しみに変わってる。
笑っちゃうほど素っ気なく、まるでそれは業務連絡みたいなのに。
硬い文章、絵文字なんかもちろんなくて、感嘆符すらないのよね。
添付の写真も ”映え” なんか気にしない。
水渦さんが見たモノを、そして僕に見せたいモノを淡々と送るだけ。
それなのに、……そう。
いつの間に、僕は彼女のメールが来るのを心待ちにしてるんだ。
月の写真を保存して、電気を消してベッドに上がる。
お姫はスースー、掛布団のド真ん中でお眠りあそばしてるからさ、僕はそれをジャマしないよう、はじにゴロンと寝転んだ。
うぅ、狭いな、でもダイジョウブ。
こんなのはしょっちゅうだもん、慣れっこだ。
そのうち姫も起きるだろうし、そしたらその時布団に潜ろう。
それまでは、薄い毛布をこうして掛ければ……ほらね解決、問題ナシ(姫に布団を取られるから、常に毛布を畳んで置いてあるのよね)。
猫の寝息を聞きながら。
薄暗い部屋の中、僕はぼんやり天井を眺めてた。
可もなく不可もない白い天井、……いや、今は暗くて薄灰色か。
実家から独立し、このアパートに移り住んで約10年。
初めての一人暮らしにウキウキしていた20代、それが今では34だ。
なんだか年々、時の流れが早くなってる気がするよ。
特に、霊媒師になってからは一層それを強く感じる。
特殊な仕事のせいなのか、それとも、”おくりび” の面々が面白すぎるせいなのかは分からないけど。
でもさ、この仕事に就いて良かったと思ってる。
そりゃあ色々大変だけど、霊媒師にならなかったらみんなと出会ってないんだもの。
”おくりび” の人達だけじゃない。
偉大な師匠の瀬山さん、マジョリカさんに大和さんと朋さんご夫婦、中村さんや翔君達、ユリちゃんのご家族だってそうだ。
生者と死者の垣根を越えて、たくさんの人達に出会えた。
それってすごい事だよね、本当に僕は幸せ者だ。
出来る事ならこの幸せを、ひみちゃんとも分かち合えれば良かったな……なんて事が、ふと浮かび、叶わぬ願いにかすかに胸がチクリと痛む。
痛むと同時に首元に手をやると硬い感触、……僕はそれを大事に大事に手に包む。
首元の硬い感触、それはペンダントだ。
とは言っても、普通の物とは訳が違う。
一般人には目に見えなくて、霊力者には視える塊。
花豆くらいの大きさで、僕の霊力で造ったチェーンに通してあるの。
これはひみちゃんの形見、彼の霊力と僕の霊力を混ぜ合わせてさ、猫又の妖力で楕円に固めたものなんだ。
その昔、瀬山さんの霊力を集めて造ったペンダントとおんなじ。
あのペンダントは僕が呑んでしまったけれど、今はこうして、姿を変えたひみちゃんがココにいる、そう考えれば気持ちが少し救われる。
今はいないひみちゃんの霊力、それは例のタオルに付着していた。
泣き虫な彼の為、僕の霊力で造ったタオルだ。
春のあの日、マフラー代わりに巻いてたけれど、残る霊力を集めようとは思わなかった、その発想は抜け落ちていた。
それに気づいて霊力が消滅しないうち、急ぎ集めて塊にしたらどうだと、僕に助言をくれたのは……他の誰でもない、水渦さんだったのだ。
思えばあれが始まりだった。
~~~~~~~~~~~~~
FROM:水渦さん
TO:daihukudaisuki@xxx.ne.jp
件名:
岡村さんが首に巻いてたタオルには,
ペルソナの霊力が残っているはずです。
それが消滅する前に霊珠にしたらいかがでしょうか。
《添付ファイル(1件)》
~~~~~~~~~~~~~
あのメールがあったからこそ、ペンダントを造る事が出来た。
本当にもう感謝しかない。
ただ、添付の写真は謎だった。
開いてみたらフリカケまぶしたオニギリで、見た時は訳が分からず首を傾げて考え込んだ。
で、たぶんだけど、霊力を混ぜて固めるから、そのイメージが彼女の中ではオニギリだったのかもしれない。
ま、聞いても答えてくれないから、予想でしかないけどね。
僕はあの後、助言のお礼にささやかながらプレゼントをあげたんだ。
中身はお茶のセットでさ、色んな種類のハーブティーとマグカップの組み合わせ。
それを渡すと彼女は固まり、“気を遣わせてすみません” と俯いた。
その反応に僕はなんだか焦ってしまい、余計なコトをしちゃったか? 返って迷惑だったかな? と気を揉んだけど、後日の深夜のメールには、お茶をそそいだカップの写真の添付があって……あれ? これってもしや喜んでくれたのか? そうなのか? なんて、ホッとしたのを覚えてる。
……はは、ははは、
まったくもって、水渦さんは取り扱いが難しいや。
他の人ならプレゼントだって、”おっ! コレくれるのか? サンキュー!” で終わるのに(参考モデルは弥生さん)。
彼女は僕に優しくするのに、返されると戸惑うの。
まぁ、そうは言っても最初の頃よか難しくはないけれど、でも、でもさ、……本当に変わったよ。
自分の意見はハッキリ言うけど、そこにトゲはなくなった。
隠れていた優しさが、やっと表に出るようになったんだ。
彼女が変わればまわりも変わる。
昔あれだけ水渦さんを怖がっていた嵐さんも、今では普通に話してる。
それがなんだかすっごく嬉しい、……嬉しいの、
……ああ、
眠くなってきたな……
……目を開けてられない、
今にも眠りに落ちそうだ……
……ここ最近、
眠る前は彼女のコトを考えちゃう、
そうしようと……
思ってるわけじゃないのに…………すぅ……




