第二十八章 霊媒師 三年後ー57
◆
休み明けの出社日は、強い雨が降っていた。
朝だというのに辺りは暗く、空を見れば分厚い雲が光を一切通さない。
足元が悪い中、僕は背中にリュックと姫を背負ってさ、傘をさしつつどうにかこうにか会社に到着したんだよ。
「おはよーございまーす!」
『うなー!』
ドアを開けて事務所に入ると、
「おぅ! エイミー、大福、モーニン!」←ガチな筋トレ中の社長
「おはようございます。雨は大丈夫でしたか?」←癒しのユリちゃん
いつもの2人の出迎えに、ホッと息を吐いたんだ。
「いやー、雨スゴイね。傘さしてても、跳ね返りでズボンの裾がビシャビシャだよ」
電車もやけに混んでたし、通勤だけで大変だった。
こんな日は、事務所の中でお茶飲んで、お喋りしながらのんびりまったり過ごしたい……と思っていたけど、今日に限ってそうは問屋が卸さなかった。
「エイミー、着いて早々悪いんだけどよ、これから埼玉に行ってほしいんだ」
ゴッ!!
両手に持ってたダンベルを、デスクに置いた社長が言った(1つ10キロ、2つで20キロ)。
「埼玉? うん、良いよ。依頼内容はどんな感じ?」
まずは即答。
ゆっくりまったりしたかったけど、依頼があるなら仕方がない。
その代わり、とっとと行って、とっとと終わらせ、美味しいものでも食べに行こう。
「ああ、場所は埼玉T市の外れ。内容は……なんだ、そこそこ悪い霊がいてな、ソイツを祓ってきてほしい。つーかよ、もうすでにミューズが入ってんだわ。それのヘルプに入ってくれ」
ん?
そこそこ悪い霊?
水渦さんのヘルプ?
「社長、行くのはぜんぜん構わないけど……その現場、ヘルプ必要?」
聞いてみた。
だって、入ってるの水渦さんでしょう?
あの人、霊相手ならほぼほぼ無敵なスキルの持ち主。
1人で十分対応可能な現場じゃないの?
その質問の社長の返しは、
「……うっ、」
言葉に詰まって頭に汗を浮かべてさ、いまひとつ要領を得ないんだ。
と、そこに横からユリちゃんが滑り込み、いつもよりも早口でこう言った。
「ほ、ほら! 水渦さんはスキルはとっても高いけど、内気というか……えと、どちらかというと、お話は得意な方じゃないでしょう? 岡村さんには悪霊さんの説得をお願い出来たらなぁって。マコちゃん、そうだよね!」
ユリちゃん?
会社なのに ”マコちゃん” 呼びになってるよ?(良いけど)
「お、おう! そうだ! ミューズは口下手だからな! エイミー、おまえが行って助けてやれ!」
社長?
なに急にユリちゃんに寄せてるの?
なんだか様子がヘンじゃない……?
そんなコトを考えながら、2人をジッと見ていると。
『うななうななな! うななな!』←訳:それはタイヘン! すぐ行くにゃ!
背中を姫にドンケツされて急かされて、あれよあれよと埼玉県に向かう事になったのだ。
~~~埼玉県T市・Cランク案件 水渦視点~~~
バ、バババ、バラバラバラ、
バババ、ババババババ、
バババババ、ババ、バラバラバラ____
____トタン屋根に雨、
頭上から、響き落ちるは鬱々しい水の音。
明け方から激しくなったこの雨は、ラジオ曰く、勢いを殺さないまま深夜まで続くという。
雨は好きじゃない。
冷たくて、淋しくて、不安になるから。
それはとても遠い過去、……そんな昔の記憶など、残っているはずもないのに覚えてる。
捨てられた赤子のあの日。
肌に打ち降る雨粒の、その感触が蘇る。
それでも。
昔程では無くなった。
昔の私は雨が降れば、雨に濡れれば、絶望的な孤独感に叫び声をあげていた。
今思えばどうかしてると思うけど、どうにも抑えが効かなかった。
どうして生まれてきたのだろう、
どうして生きているのだろう、
いつまで生きればいいのだろう、
何度も何度も自問自答を繰り返し、答えが解らず泣き叫び、髪を毟り肌を引っ掻き、壁に頭を打ち付けていた。
心の奥の深い場所では、”助けて助けて”、そればかりを唱えていたけど、口から決して漏らさないよう、奥底に住む弱い私を殴りつけ、唾を吐いて捻じ伏せた。
表面では。
口を開けば言葉は矢となり、辺り構わず誰それ構わず傷付けてきた。
そうすれば、もう二度と私なんぞに関わろうとしないだろうから。
独りでいたいと切に願った。
人の幸せがあまりに眩しく、見ていると目が潰れそうになった。
自分が持っていない物、欲しくて欲しくてたまらない物。
それを難無く持ってる周りが妬ましくて仕方がなかった。
だから独りが良い、独りの方が苦しくないと信じてた。
いつまで生きるか解らないけど、それまでどうにか時間を潰し、死んだら臓器も角膜も、すべて譲って灰になる日を今か今かと待っていた。
そう、……醜い容姿は人を不快にさせるけど、臓器なら他の人と変わらないはず。
取り出した心臓は、誰に嘲笑されるでもなく、誰かの役に立てると思った。
せめて最期にそれくらいの善行を、私にも出来る善行を。
人を傷付け生きていくしか出来ない私は、早く命が終われば良いと思ってた。
あの人に会うまでは。
あの人と初めて会ったのは4年前。
”おくりび” の中途採用、新入社員の評判は上々だった。
霊力が強く、素直で明るく覚えも良い。
OJTではたった1人でフィールドに隔離されたが、右も左も分からない中、霊の話をとことん聞いて呪縛から解き放ったという。
今はただの素人だけど、教え込めば相当な手練れになると……そう聞いた時、私には関係のない話だと思っていた。
仕事上で関わる事があったとしても、おそらくは、すぐに向こうが拒絶する。
小野坂とは組みたくないと、陰でこそこそ言われるのだと思っていた、……それなのに。
蓋を開ければ逆だった。
あの人は、私がどんなに酷い言葉を放っても、決して拒絶をしなかった。
なにを言われてもへこたれなくて、私の機嫌を取るでなく、委縮するでなく、ただただその都度、思った事を口にした。
____だからなんですか?
____施設育ちはそんなに偉いんですか?
____不幸な生い立ちなら他人を傷つけてもかまわないと?
____家族でハーブティーを飲む僕の言う事なんか聞く価値もないと?
____僕と水渦さんの過去を取り替えない限り、
____理解し合う事は出来ないと?
____冗談じゃない!
____そんな事は不可能だ!
____出来ない事をワザと言って他人を拒絶しているだけだ!
出会ったその日、あの人は顔を真っ赤にこう言った。
それを聞いた時、私は内心酷く驚いたのを覚えている。
大抵の人間は、暴言に顔をしかめて私と距離を取ろうとするが、それは正しい対処の仕方。
それなのにあの人は、あろう事か距離を取らずに詰めてきた。
暴言を流さずに、真っ向から反対意見をぶつけてきた。
だから私は、それ以上詰められないよう ”その正論には反吐が出る” とこちらから拒絶をしたのに、
____僕はこの会社に入社して、
____会社を通して水渦さんと繋がりが出来たんです、
____これから先、
____助け合ったり笑い合ったり、
____仲良くなれたら良いなぁと思っています、
____過去は関係なく、
____今日から新しくです、
そう言って綺麗な、……綺麗な笑顔を私に向けた。
茶色の瞳はどこまでも澄んでいて、そこには恐れも侮蔑もなくて、一瞬、自分が醜女である事すらも忘れてしまった。
頭の中が白くなり、その白い部分にあの人が流れ込んでくるような気がした。
それがあまりに温かすぎて、常に抱える負の感情が息を潜めて、戸惑う気持ちが徐々に膨らみ……自分の中で何が一体起こっているのか分からなくなる程だった。
それからの数日間、……私は、原因不明の体調不良に見舞われた。
呼吸が浅く、動悸息切れ顔の火照りが止まらない。
風邪を引いたと思ったけれど、喉の痛みも咳もなく、ただ、微熱だけは出続けていた。
仕事を休む程ではないが、なんとも気味が悪かった。
原因が解明したのは、更に数日経ってからの事だった。
神奈川のポ現の現場に、志村さんとあの人と3人で入った日。
あの現場には、揃いも揃ってふざけたオタクの幽霊達が、我が物顔で霊障を起こしていたのだが。
その中に一霊、やけに強気な霊がいた。
40代中頃の男性霊で、霊体が大きく声も大きい。
私はあの時、生者も死者も大勢が視ている前で、その男性霊に ”このブス女” と容姿について口汚く怒鳴られた。
ああ……と、思った。
またか……とも思った。
その手の侮蔑は慣れているけど、……それでも、言われるたびに胸は抉られ、逃げ出したい程恥ずかしくなる。
ましてやその場に会社の人が、志村さんとあの人もいて、それを思うと居た堪れない。
同情なんかされたくない、気を遣われたくない、私は何も気にしてないと思われたい。
無意味な虚栄に歯を食い縛り、顔を上げ、表情を消し去ったその時。
____おい、今の取り消せ!
____水渦さんはブスじゃない!
突然、
あの人が誰よりも大きな声でそう言った。
耳を……疑った。
一体どうしてしまったのか、
何をそんなに怒っているのか、
まさか私を庇ってる……?
否、そんな事があるはずがない、
私のような醜女を、
私のような嫌な女を、
自意識過剰も程がある、
でも、だけど、
訳も解らず頭の中は渦を巻き、
その直後、
私は再び体調不良に見舞われた、
呼吸が浅くなる、
動悸が始まり息が切れ、
顔と耳が熱くなる、
視界は霞み狭まって、
あの人だけが映り込む、
…………ああ、
体調不良の原因が解ってしまった。
きっと、そういう事なんだと自覚した時。
私は戸惑い、恐怖すら感じていた。




