第二十八章 霊媒師 三年後ー2
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駅を背中に真っ直ぐ100m。
男の足で歩けば1分程度で到着する好立地にウチの会社がある。
レンガの外壁、蔦が絡まる三階建ての古いビルで『株式会社おくりび』の看板は、朝の光を優しく鈍く反射させていた。
2日前のH市からの帰り道。
あれから僕は、ヒューヒューゼーゼー息切れしながら駅まで歩き、タクシーに乗り込んだ。
行先の住所を告げて、お姫の頭をナデナデしたのは覚えているけど、その後の記憶がないの(半瞬で寝落ちした)。
意識を手放し次に目が覚めたのは…… ”お客さん、着きましたよ” という運転手さんの優しい声が聞こえた時で、僕は慌てて飛び起きたんだ。
も、もう着いたの!?
ってくらいの熟睡っぷりだった。
だけどそのおかげで、だいぶ調子が戻っていたんだ。
お金を払って領収証を頂いて、アパートに入るなり玄関先でスーツを脱いだ(一人暮らしだし、誰も見てないし)。
で、そのままお風呂に直行してさ、熱いシャワーを浴びたんだ。
なにせ現場に出ていた3日間、ほぼほぼ缶詰状態でお風呂になんて入れなかった。
眠るにしてもキタナイままだと落ち着かないし、大福にも嫌われちゃうから頑張って入ったの(嫌わないと思うけど)。
頭の先から足の先まで全身ゴシゴシ洗い終えると、体調は全回復ですっかり元気になっていた。
眩暈もないしグラグラもしない。
おなかがグーグー鳴っちゃうくらいの食欲もある。
なもんで、買い置きの冷凍パスタ大盛りを僕は1人で平らげた(僕にしてはよく食べた!)。
そんな様子の僕を視て、大福はホッとしたのか ”うなうな” 甘えてくっつき虫になっちゃって、そのままイチャイチャ僕得な2日間の代休をエンジョイしたのだ。
……
…………
『うなぁ? うななななな?』←体調は? どこもなんともない?
”おくりび” の門柱にちょこんと座る大福は、僕のほっぺをザリザリと舐めながら体調を気遣ってくれた。
「大丈夫だよ。ごめんね、いっぱい心配かけちゃった。朝からゴハンもたくさん食べたし、息切れもしてないし、めっちゃ元気だから安心して」
ラブリーでプリティーで毛並みが良くて360度どこから視てもマーベラスな大福姫。
僕は下僕失格だな……こんなに可愛いお姫様に心配をかけるだなんて、早く原因突き止めてなんとかしなくちゃ。
今朝の体調は絶好調、……でもそれは、この2日間は霊力を使ってないからだ。
現場に出たら、どうしたって霊力を使わない訳にはいかないけど、それをすると貧血に似た症状が出てしまう。
H市の3日間も辛かった……けど、あの現場は善霊さんが相手でさ、お話メインで助かったんだ。
もしも悪霊相手ならそうはいかない。
たまたま運が良かっただけだ。
先代、今日はいるかなぁ。
あんまり心配かけたくなくて、ずっと黙っていたけどさ……社長にも気づかれちゃったし、これ以上は内緒に出来ない。
それにさ、このままいくと仕事が続けられなくなる。
それはどうしても嫌だ、……だって好きなんだよ。
この仕事も、それから ”おくりび” のみんなの事も。
ずっとずっと、みんなと一緒に霊媒師でいたいんだ。
『うなぁ?』
お姫のキュートな鳴き声に、我に返って頭を撫でた。
撫でるとさ、三角お耳がペタッてなったり戻ったり、それがすっごく可愛いの。
「ごめんね、ぼーっとしちゃった。そろそろ中に入ろうか」
言いながら大福を抱き上げた。
フワフワモフモフひんやりボディは柔らかくって、この感触だけで白飯3杯食べられそう。
支える為に丸いオシリに手をやれば、お得な四尾が左右に揺れてくすぐったい。
ああ、可愛い。
この仔とはもう4年も一緒にいるんだなぁ、僕の大事なお姫様。
これから先も楽しく一緒に暮らしたいよ。
絶対に離れたくない。
「おはよーございまー!」
『うっなーん!』
背中にリュック、胸には猫又、いつもの僕のスタイルだ。
事務所に入って元気に朝のご挨拶…………って、あーーーーーっ!!
「あ、エイミーちゃんだ! おはよ、ひっさしぶりだなぁ!」
そこにいたのは長い髪をお団子みたいに一つにまとめた弥生さん。
相変わらずのハスキーボイスと、どう見たって20代後半な年齢不詳の美貌が眩しい。
来月の誕生日には41才になるはずなのに……特メイ班直伝のメイクの腕は健在だ。
その隣には、こちらもこちらで相変わらずの筋骨隆々。
弥生さんの10才上で51才のはず……はず……はずだよねぇ?
夫婦揃って年齢が良く分からん。
美人妻を2人持つ、宇宙で1番幸せな男(僕調べ)ジャッキーさんもいた。
「エイミーさん、おはよう。生身の身体では久しぶりになるのかな? のフィギュアの方なら先々週の現場で一緒だったけど貧血は良くなったかい? 心配だから近いうちにまたご飯を食べにおいで。栄養たくさんつけなくちゃ、……あ! コラ! 走らないの! ちょ、あぶなーっ!」
僕はさ、弥生さんにもジャッキーさんにも久しぶり! って言おうとしたんだ。
会えてめっちゃ嬉しいし、話したい事もたくさんあるし、でも、それは後回しにせざるを得ない状況だった。
だってさ、
「えーみ! えーみ!」
「だーふく! だーふく!」
わーーーーー!
とちっちゃな両手を上にあげてのバンザイポーズ。
ヨチヨチ歩きで突進してくる双子達がいたからだ。
ちゅるちゅるほっぺはほんのり赤く、ピンクとブルーの色違いのおそろの服がガチ可愛い。
パッチリおめめの天使が2人、僕らに向かって走って来るから、慌ててしゃがんで両手を広げた。
ヨチヨチヨチヨチヨチヨチヨチヨチ……ドン! ドス!
(走るのはヤヨちゃんよりも遅い)
「えーみートコちゅいたー!」
「だーふくー! ふわふわねぇ」
か、可愛いぃぃぃ! ←メロメロな僕
う、うななぁぁぁ! ←デレデレな大福
「あぁもぉ、アンタ達! お部屋で走っちゃダメだっていつも言ってるでしょ! 転んだらイタイイタイだよ! エイミーちゃんごめんなぁ。この子達エイミーちゃんと大福が好きすぎちゃってさぁ。会うたびこうなっちゃうんだよなぁ」
眉をハの字に僕にあやまる弥生さん。
ジャッキーさんも眉を下げて、両手を合わせて ”ゴメン” なんて言っている。
「ううん、ぜんぜん! あやまるコトなんてなにもないよ。僕もお姫も双子達が大好きだもん。だけどビックリした。前に会ったのは去年の暮れだっけ? この2カ月でまた大きくなったんじゃない? 子供って成長が早いんだなぁ」
僕に子供はいないけど、や、それどころか彼女すらいないけど、こうして懐いてくれるとさ、嬉しくて心がポカポカしてくるよ。
僕は両手で双子の髪をナデナデしつつ、朝のご挨拶をしたんだ。
「おはよう、久しぶりだねぇ。元気にしてた? 弥春ちゃん、茉春ちゃん、僕も大福も双子に会えてすっごく嬉しいよ」
そう、この双子ちゃんはジャッキーさんと弥生さんとマジョリカさんの子供達だ。
弥春ちゃんは男の子、茉春ちゃんは女の子。
2才の男女の双子ちゃんなのだ。
「えーみ! えーみ!」←ブルーの服の弥春ちゃん
「だーふく! だーふく!」←ピンクの服の茉春ちゃん
2人は僕と大福にピッタリくっつき離れない。
肩で揃えた猫の仔みたいな柔らかい髪、ミルクみたいな甘い匂いがふわふわ漂い、癒されまくって自然と笑顔になっちゃうの。
子供ってすごいな、なんでこんなに可愛いんだろ。
双子の名前はパパとママとママの名前が元になってる。
パパの名前はジャッキ……じゃなく、志村貞晴さん(普段本名で呼ばないから忘れがちだよ)、ママの名前は弥生さんとマジョリカさん。
この3人の名前を分解して再構築したのだという。
弥春ちゃんは弥生さんの ”弥” と貞晴さんの ”晴” を ”春” に変換して合体したもの。
茉春ちゃんはマジョリカさんの ”マ” を ”茉” に変換し ”春” と合体。
おめでたが分かった時、3人でめちゃくちゃいっぱい考えたのだと言っていた。
ふふふ、愛情たっぷりの良い名前だよ。
待望の赤さん達、待望の新しい家族。
初めてのお子さんが双子ちゃんで嬉しさ倍増の志村家は、家族総出で子育てを頑張っているのだ。
弥生さんは出産を機にしばらく仕事を休む事にして、それは今でも継続中だ。
ジャッキーさんは元々在宅勤務だし、仕事以外の時間はぜんぶ双子達にあてている。
ジャッキーさんの育児スキルは日に日に上がり、今ではレベル99までいってるらしい(弥生さんが言ってた)。
「ほらぁ、弥春も茉春も少し落ち着きな! エイミーちゃん、カバンも降ろせないじゃんか。エイミーちゃん、マジごめん! 大福も尻尾がヨダレでベトベトだし、あとで拭いてやるからな。ほら! チビ共こっちにおいで!」
弥生さんがアセアセしながらそう言った。
だがしかしだ、双子達はプーッとほっぺを膨らまし、
「イヤ! ヤヤヤヤ!」←首を横に振る弥春ちゃん
「ヤァ! イヤヤヤ!」←首を縦に振り ”イヤ” と言う茉春ちゃん(振る方向間違えてるYO!)
あははは、断固拒否だよ。
そしてこれが噂の ”イヤイヤ期” というものか。
ネットで見た事があるよ。
パパとママになにを言われても ”イヤ!” で答えるんだよね。
2才になって自立心が芽生えてさ、なんでも自分でやってみたい、そんな気持ちの表れだって書いてあった。
言うコト聞かない双子達、今度は逆さま、弥生さんがほっぺをプーッと膨らした。
ああ……ああ……不謹慎でごめんなさい。
弥生さんがこんなに大変そうなのに、”はなれない!” と僕と猫にしがみつく、双子に激萌えしちゃってます!
双子の ”イヤイヤ攻撃” はレベル99のジャッキーパパもお手上げだった。
強引に抱っこで引き剥がそうとするも、ちっさいながらに力が強くて離れてくれない。




