二十六章 霊媒師 誠と真-25
『アガァァァァアアアアアッ!!』
針の触手に締め上げられて、田所は白目を剥いて叫んでる。
口の端からヨダレを垂らし、ただでさえ土気の肌がド紫になっている。
これ、……大丈夫か?
さっきの話じゃ最終的には地獄に送ると言ってたのによ。
このままいくと【闇の道】に乗せる前に奴を滅する勢いだ。
だが、無理もねぇ。
娘の仇は目の前で、しかもソイツは詫びも入れずに言い訳ばかりを垂れ流す。
そんなの視たら激高する、”今すぐこの場で滅してやる” と思って然りだ。
……
…………
真さんは目線を上に憎き仇を視続けていた。
悪鬼の顔で眉毛を寄せて口を噛み、時々大きく舌を打つ。
この時すでに、田所は消え入りそうになっていた。
触手に締められ、宙に浮いた霊体の下には血が溜まり、あれだけギャアギャア騒いでいたのがウソみてぇに静かになった。
このままトドメをくれるのか、……だがこの後、真さんは意外な事を言い出したんだ。
『…………田所。さっきおまえ、触手をほどいてくれって言ったよな。……ほどいてやっても良いぜ?』
あぁ!?
なに言ってんだ、そんな事してやらなくても良いだろうよ!
ほどけばコイツは逃げ出すに決まってる、逃げたって捕まえるがよ、でもよ、
文句を言いかけて、だがその前に、意識もまばらな田所が声を絞り出した。
『……………………ほ……とう……か……?』
聞こえるか聞こえないかのかすかな声。
こりゃ……逃げ出すどころか持ってあと数分だ。
だからなのか?
消えるから、最期だから、触手を解くのは最後の情けか……?
いや、……釈然としねぇな。
大事な娘を殺されたのに、情けなんてかけねぇよ。
モヤモヤするな……真意がまったく読み取れねぇ。
だがしかし、こんなもんじゃなかった。
一体なにを考えてんだか、真さんは更に続けてこんな事を言い出しやがった。
『ああ本当だ。触手を解いて、ついでにおまえの怪我を治してやる、』
「真さん!!」
気づけば俺は怒鳴っていた。
だってよ、あり得ねぇだろ!
田所を回復させる?
言っちゃ悪いがイカレてる、バカかよ!
『なんだ?』
俺に振り向き短く言って、真さんはその間にも手指を絡め、って……チッ!
その印は知っている、まんま回復霊術じゃねぇか!
「なに考えてんだよ! 触手を解くのはまだ分かる。でもよ、なんでコイツの霊体を治す! その必要あるか? ねぇだろうよ!」
義理の祖父とか関係ねぇ!
いやむしろ祖父だからこそバカな事を止めるんだっつの!
悪いこた言わねぇ、止めとけジジィ!
『ったく、声デケェよ。…………まあ、確かにそうかもしれねぇな。でもよ、今回ばかりは俺の好きにさせてくれ。なに、回復させても逃がしゃしねぇよ。キッチリよ、ケジメをとってケリつける。そうじゃねぇと俺も前に進めねぇからな、』
真さんは眉毛を八の字、困った顔でニカッと笑い、結び終えた両五指を消え入りそうなヤツにかざした数秒後。
”藤田林業”、刺繍の背から生えた触手が飛散した。
それと同時に田所は開放されて、宙から真下に落下する。
ああ……やっちまった……
地面に転がる田所は、霊体中の砕けた骨も、潰れた鼻も、血だらけだった削げた指も、すべてがキレイに治っちまった。
その田所はなにが起きたか分かってねぇから、テメェの霊体をテメェでさわってポカンとしてる。
……が、案の定だ。
田所は突然ガバッと立ち上がり、なにかを喚いて一目散に逃げ出したんだ。
クソッ!
逃がさねぇ!
後を追おうと駆け出す俺を、さっきのデジャヴか真さんが手で制す。
そして印だ。
ババババババババ……バッ!
これまた早くて目で追えねぇが、印は短くあっという間に工程クリア。
でよ、
『誠ォ! 下がれェツ!』
ドデカイ声で叫ばれて、あ? と思った次の瞬間、
「あっぶねっ!!」
俺はダッシュで後ろに逃げた、つーかよ……マジか……本当によ、どんな修行を積んできたんだ。
アンタどんだけ頑張ったんだよ……!
印は、平たく言えば ”炎属性”。
発動された霊力でもって、出現したのは真っ赤に燃えるマグマだった。
【闇の道】にあるのと同じでゴボゴボと音を立て、灼熱の多量のマグマが地面から沸き溢れると、真さんを中心にグルリと輪になり囲ったんだ。
真さんはマグマに赤く照らされながら、
『奴を止めろ、』
そう呟くと、まるでマグマは意思を持っているかのように、逃げ走る田所を足止めした。
『あ、熱い!! な、な、な、なんだよコレェ!!!』
腰を抜かして泣きわめく、田所は這うようにしてマグマから距離を取る。
その後ろには真さんが迫ってて、大きく息を吸ったあと____
『田所ォ!! 立てやァッ!! こっからが本番だァ!! 俺の拳で痛みを知りやがれェッ!!』
そう叫び、腰を落として鬼の構えを取ったんだ。
背中のマグマに逃げ場がねぇと覚悟したのか、田所はヨロヨロしながら立ち上がる。
ガタガタ震えて ”ちょっと待て” だの ”話を聞け” だの視苦しい事この上ねぇ。
真さんは悪鬼どころか閻魔の顔で睨みをきかせ、ザッ! と地を蹴り一瞬で間合いを詰めた。
『ヒッ……!』
田所の息を呑む声、その直後。
真さんの右の拳が唸りを上げて、奴の鼻を潰しにかかる。
『アガァァアアアアアッ!! 痛え!! 痛えよォォォ!!』
両手で鼻を必死に押さえて、その場に倒れた田所はゴロゴロと転がりながら泣きを入れていた。
鼻、また潰れちまったな。
『今のはよ、婆さんの分だ。11年前のあの日……死んだ貴子の遺体を見た日。婆さんは狂ったように泣き崩れてよ。”私のせいだ” と自分を責めて、……責めて責めて責めてよ……! ……陥没した貴子の鼻をなんとかして治してやろうと、縋りついて何度も撫でて……だがよ、何度撫ぜても治っちゃくれねぇ。婆さんは泣いて泣いて悲鳴を上げて、最後は気絶しちまった。変わり果てた娘の姿に耐えられなくなったんだ、』
真さんはそこまで話すと言葉を止めた。
力を込めて目を閉じて、かすかに顔を左右に振った。
田所は聞いているのかそうでないのか、怯えた顔で口をパクパクさせるだけ。
謝罪の言葉はいまだに出ねぇ。
地面にへたる田所。
真さんは躊躇う事なく襟首掴んで引きずり起こした。
そして二発目。
もう片方の空いた拳をヤツの顎に叩き込む。
『ガフッ……!!』
三発、四発、五発、六発、続けざまに顎を砕かれ、またもやヨダレが流れ出す。
『これはユリの分だ。かわいそうによ……子供は親を選べねぇ。おまえのような男の元に生まれちまった。働きもしねぇ、毎日酒を飲んだくれ、気に入らなければ怒鳴り散らして暴力だ。子供を育てる環境じゃねぇよ。本もおもちゃも買ってやれねぇ極貧で、物心ついた時には我慢をするのが当たり前だと思ってたんだ。それでも、ユリが曲がらず真っすぐに育ったのは、貴子の愛があったからだ。貴子は自分の食うもんさえもユリに与えた。ユリの為ならなんでもしたし、貴子にとってユリは唯一の希望だった。それはユリもおんなじだ。あの子にとって母親がすべてだった。過酷な中で、母と娘はお互いを支え合ってた、』
真さんは一旦ここで言葉を止めると、歯を食いしばり、その隙間から息を吐いた。
目が真っ赤になっている。
だが、食いしばった歯を解くと、低い声でこう続けた。
『……なのによ、おまえはユリから母親を奪っちまった。貴子が殺された後、ユリがどんなに苦しんだか……分からなくとも想像くれぇは出来ねぇか? 自分を庇って貴子が死んだ。後からそれが分かった時、ユリは口をきけなくなった。何年も声が出なくなったんだ。ユリはちっとも悪かねぇのに、自分を責めて泣いていたんだ』
真さんに吊り下げられた田所は、足をダラリと垂らしたまんまで押し黙っていた。
あえて何も話さねぇのか、それとも、痛みで口がきけねぇのか。
それはどっちか分からねぇ。
『貴子が死んで、ユリを引き取り11年一緒に暮らした。俺らはよ、ユリのおかげで生きてこられた。大事な娘を失ったが、目の前には傷ついたユリがいる。泣いてる暇なぞありゃしねぇ。なんとか笑顔にしてぇと思った、たくさん飯を食わせてよ、いろんな所に連れてってよ、楽しい、生きてるのも悪かねぇと思ってほしくて必死だった。俺らにとってはユリも宝だ、貴子と同じくれぇ愛しい家族だ、それを……テメェは死んでまでユリを苦しめやがって!』
振り上げた左腕が、重てぇフルスイングを決めた。
至近距離から拳が入り、田所は声も上げずにその場に落ちてへたり込む。
真さんは立ったまま、目線を下げてこう言った。
『田所ォ……、ユリの邪魔をするんじゃねぇよ。ユリは今幸せなんだ。結婚して、誠にも大和にも大事にしてもらってよ。ユリはこれからもっともっと幸せになる、……本当なら、この幸せを現世で貴子も分かち合えるはずだったんだ。生きていれば傍にいれる、いつでも会える、触れ合う事も出来るってのに、それをテメェが出来なくしたんだ……クソッ!』
拳の豪雨、拳には真さんの怒り、悔しさ、そういうものがこれでもかと込められてる。
散々打たれてグッタリとする田所、だがまだ意識はある……真さんはそれを視ると、疲れたように口を開いた。
『……貴子は…………未熟児で生まれたんだ。婆さんも、そう丈夫な方じゃなくてよ。命がけの出産だった。男はああいう時、なんの役にも立ちゃしねぇ。俺はただ病院でオロオロしてよ、ひたすら先祖に祈ってた。どうか母子ともに無事に生まれますようにってな、』
はぁ……と小さく息を吐き、真さんは地べたの上に座り込んだ。
すぐ前には田所が倒れてる、薄く目を開け真さんを視上げてる。
『……やっとの事で貴子が生まれた時、俺は声を上げて泣いた。嬉しくてたまらなかった。そりゃそうだよな。俺みてぇな中卒で、山の事しか知らねぇような男に貴子という可愛い可愛い娘が出来たんだから。……昔から優しい子だった。恥ずかしがりで気が小さくて、人前で話すのが苦手でよ。そのくせ誰かが困ってるとモジモジしながら助けに行くんだ。人に意地悪されてもやり返さねぇ、”ごめん” と言われりゃアッサリと許しちまう、……貴子はそういう娘だった。俺はそんな貴子が誇らしくもあり心配でもあったんだ。世の中は善人ばかりじゃねぇ、人の優しさに付け込むような下衆もいる。そういう奴に出会っちまったら大変な事になる……ってな』
閻魔の顔でギロリと睨み、真さんは田所を凝視する。




