4・予感
彼女を拾って、一週間が過ぎた。
そろそろ限界だろうとは思っていたが、とうとう彼は上職の呼び出しを受けた。
執務机の向こうで、腕を組んだ壮年の男は強面にいつになく真面目な表情を載せている。
客観的に見てかなり厳つい顔だが、ウィオルは特に何か思うでもなく彼を見返した。
「ウィオル・グラン。俺はこれでもお前を買っている」
「左様で」
「行き倒れを拾ったことは、まぁ良い。だがな、ここは連れ込み宿ではない。自室に隠したままとはどういうことだ。いつ報告があるかと待っていたんだが」
「とんと気がつきませんでした」
「嘘をつけ。わかっていてバックレていたことなど、とうに調べが付いているわ」
「アホたれ」と吐き捨てた男……隊長デガンは渋面を隠そうともしない。
対するウィオルは淡々としたものだ。
来るだろうと分かっていたものが来ただけなのだから、動揺するまでもない。
深々とため息をついたデガンは投げやりに促した。
「それで、どんな女なんだ」
「どんな」
問われると答えるのが難しい。
ウィオルは彼女の姿を思い描いてみる。
夜空の色の髪と瞳、それに黄みがかった白い肌。頼りなげに下を向く姿に、彼は同情を覚えていた。
外の世界に放り出すには、彼女は余りに無力に見えた。
「上手く説明できません」
「相変わらずだな、お前」
結局、身のないやり取りを幾ばくか続けたあと、ウィオルは解放された。
ひとまず彼女を連れてこい、そうでなければ追い出すと重々しく申し渡して、疲れたような表情のデガンにしっしっと手を振って追い払われる。
ウィオルとしては、デガンを馬鹿にしているわけではない。
前の配属場所の上司と比べ、格段に話のわかるデガンのことはそれなりに敬っているつもりだ。
……伝わっていないようだが。
自室に戻ると、彼女は部屋の掃除をしていた。
ウィオルに気がついて顔を上げ、パッと表情を明るくする。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
いまだに、やり取りがぎこちない。
まっすぐに向けられる笑顔に戸惑うのだと言ったら、少し情けないだろうか。
天涯孤独のウィオルには、お帰りを言ってくれるような人はいなかったのだから、多目に見て欲しい。
「ウィオルさん」
「何」
「……何かあった?」
問われて見れば、真顔の彼女が此方を見ている。
まっすぐ見つめる瞳の奥で、不安そうな色が揺れていた。
思わずウィオルは手を伸ばした。
ぱす、と彼女の頭の上に置いた手で髪を掻き回す。
彼女の年齢は不明だが、ウィオルよりは下だと思う。成人しているか、していないか位の年頃ではないだろうか。
「一度、うちのボスに会って欲しい」
「ボス?」
「隊長だ」
取って食いやしないよと言えば、彼女は少し照れたように笑った。分かってるよと肩を竦め、ウィオルの手を握る。
小さな両手にきゅっと力がこもる。
ウィオルは浮かんだ予感を胸の内に収めた。
この雪山にたった一人で倒れていた彼女。
事情を探ってしまったら、見送ることしかなくなるのだろう。
この部屋の外に出たら、きっと何かが動き出す。
それを止めることなど、彼にはできやしないのだ。