5・雪の花は
巫女が姿を消したらしい。
そんな噂が耳に飛び込んできたのは、とある雪の日のことだった。
ウィオルも巫女については詳しいことは知らない。
何でも、魔王を倒すために選ばれた年端もいかぬ少女だとか。
多少、不思議な力が使えるらしいが、それが何の役に立つのだろうと仲間内で話したことがあった。
魔族や魔獣と戦う大変さは、ウィオル達がよく知っている。
大人でも逃げ出すような最前線に少女を送り出すとは、哀れである。
お偉い方々が何を考えているのか、ウィオルには理解しようもない。
どちらにしろ、彼には関係のない話である。
朝、いつものように起き出したウィオルは、寝癖のついた頭をくしゃりとかき回して欠伸を噛み殺した。
寝起きは良い方である。
少し離れた場所にあるソファの方でも動き出す気配があった。
背もたれのところから顔を出した彼女が微笑む。
「おはようございます」
「ああ、おはよ」
既に着替えているらしいリサに挨拶を返し、ウィオルは上着を羽織る。
ここ数日はリサを連れて食堂に行くようになっていた。
そろそろ、彼女の行き先を考えねばならないだろう。
今は平和だが、こんな場所に戦う術も持たない者を長く置いておくことはできない。
週に一度、食料や消耗品を運んでくる補給部隊に彼女を託そうかと考えていた。
町まで行けば、記憶のない彼女でも何とか暮らしていけるだろう。
身だしなみを整え、廊下に出る。
いくらも行かない内に声をかけられた。
「センパイ、おはよーございまーす」
「おはようございます。リサさんも」
ギルとリオスである。
二人が来ると場の賑やかさが増す。
リサとは既に顔見知りである。
騒がしい二人に最初は気圧されていた彼女も、今では笑顔で挨拶を返すようになった。
二人の方が幾分か年上であろうが、年齢も近いようだし、良いのではないだろうか。
このような場所にいると女性にとんと縁がなくなる。
リサの存在は好意的に受け入れられた。
肉食系男子達は、こぞってリサに声をかけに来たが、ウィオルが適当に追い払っておいた。
「そういえば、教団が躍起になって巫女様を探しているらしいですよ」
リオスがそんな風に話題を振ってきた。
「教団?」とギルが不思議そうな顔をする。
ウィオル達には縁のない集団である。
確か、国境を越えて唯一神を信仰する人々の集まりだったと思ったが。
そういえば、巫女とは教団が祭り上げている存在であった。その巫女が失踪したとなれば、大失態に違いない。
「みこ」
不意にポツリとリサが呟いた。
どうかしたかと振り返れば、彼女はなんでもないと首を振った。
ギルが話を続ける。
「巫女様といえば、体に雪の華の入れ墨があるらしいですね。……まあ、俺たちではお目にかかることも出来ないでしょうが、一度くらいは見てみたいです」
「俺たちには縁のない話だな」
「そうですね」
呑気な会話をしながら廊下を歩いていく。
食堂に着いて、ふとウィオルはリサがずっと沈黙していることに気がついた。常であれば遠慮がちに会話にも参加するのに。
彼女の方を振り返り、ウィオルは言葉を失った。
リサは傍目にもはっきり分かるほどに蒼褪めていた。そればかりか夜空色の瞳を見開き、ぶるぶると震えている。
「どうし……」
「センパイ、どうしたんですか?」
理由を尋ねようと口を開いた時、先に食堂に入ったギルが戻ってきた。その後ろからリオスも顔を覗かせる。
そして彼と同じように、彼女の異様な様子を見て絶句した。
彼女はふと顔を上げ、見つめているウィオル達に気がつくと、ハッとしたように表情を変えた。
「ごめんなさい。何でもないです」
「早く行かないと選べなくなりますよ」
何事もなかったように、彼女はギル達の後について歩いていく。
ウィオルは暫しその場に立ち尽くした。
初めて見せた彼女の表情が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
今の顔は、恐ろしいものに怯える顔だった。
彼女はウィオルに怯えていた。




